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異世界から「こんにちは」  作者: 青キング
民族とサラリーマンの夏
59/100

スーツ姿の護衛人

 蒸し暑い眠りを誰かに揺り起こされた。


「起きて起きて」

「なんなんですか紺之崎さん、こんな深夜に」


 俺は眠たい目を擦って紺之崎さんを見る。

 焦って心配している表情だった。


「何かあったんですか?」

「シャマちゃんが誘拐された」  


 胸を針で刺されたみたいな衝撃を覚えて、俺は紺之崎さんに心乱れて声を上げる。


「なんで、なんでなんですか!」

「落ち着いて。まず私の話を聞いて」


 俺の両肩を掴んで宥めてくれる。

 少しは気持ちが落ち着いた。


「全部の部屋、見てきましたか?」

「ううん、でも気配がない」


 今すぐにでも家を飛び出して、シャマを連れ去った野郎を見つけ出しぶん殴ってやりたかった。

 紺之崎さんは続ける。


「誘拐したと思しき人物が私を金縛りにさせて、動けないようにしていった。私が護衛ということを知ってたみたい」

「情報が漏れたんですか?」

「情報が漏れるとかそんな事後の要因じゃない、たぶん事前に知られてた」

「俺は何をすればいいですか?」


 佐藤さんの言葉を思い出した。頼れるだけ、頼るんだ。

 紺之崎さんの指が俺の後ろの窓を指す。


「窓、開けて」

「窓を開ければいいんですね」


 俺は跳ねて勢いで立ち上がり、窓の鍵を外して開放する。

 その開放した窓から紺之崎さんは身を乗り出して、夜の住宅街を上から右に左に首を巡らして眺める。


「ダメ、痕跡もない」


 乗り出した身を部屋の中に引っ込ませて、沈んだ声を出した。

 痕跡もない……ってことは捜しようがないじゃないか。


「どうにかしてでも連れ去った野郎を捜し出して、シャマを助けないと……」

「最悪のパターンでないだけ、まだ可能性はある。でも方法はひとつだけ、それも命の危険にも晒される」


 暗澹としてきた俺の心に、ごく細い光が射し込んだ。そんな心が自然と口を衝いて俺は言った。


「それでもいいです、シャマを助けることができるなら」


 俺が見通しもなく命を懸けるような台詞を言うと、紺之崎さんは微笑む。


「そういうのカッコいいと思う。でも最も命の危険に晒されるのはリアンちゃん、剣志君じゃない」

「またリアンが危険な目に遭うんですか」


 知らず知らず、俺は下唇を噛んでいた。


「あわよくばの話だけど、狙われないという保証があると思える?」

「思えません……悔しいですけど」


 異世界でリアンの体が乗っ取っられていた時の様相が、まざまざと思い出される。


「辛いのはわかるけど、まず行動。剣志君はリアンちゃんを起こして来て、玄関に動きやすい靴を取りにいき部屋に戻ってきて」

「わかりました」


 紺之崎さんの手早く明瞭な指示をうけて、俺はリアンの寝室へ足早に向かった。



 ノックも忘れて寝室を開け放つと、布団が無造作に捲られていてもぬけの殻だった。


「リアン、どこにいる?」

「あなた、誰ですか!」


 背後から声を掛けられ振り返ると、リアんが俺のことを不審がって見つめていた。          

 不審がっていたリアンは急に体をのけ反るようにして驚き、口がぽかんと開かれる。


「泥棒ですっ!」

「よく見ろ、俺だ俺!」


 暗いせいか俺のことを泥棒だと思い込み、両手をワタワタさまよわせ狼狽している。


「リアン、俺だぞ俺。目、見えてるか?」

「オレオレ言ってます、よく聞くオレオレ詐欺の人ですっ!」

「そんな単語どこで覚えた? ってこんなギャグみたいなことしてる場合じゃない!」


 詐欺怖いです、とリアンは背を向けて玄関の方に逃げ出した。

 俺はその肩を掴んで引き留める。


「リアン! 話を聞け!」

「この声は、太刀さん?」


 寝ぼけから覚めたらしいリアンは、俺の顔をまじまじ凝視してどうかしたんですか? と事も無げに尋ねてくる。


「シャマが誘拐された」


 俺は端的に説明した。

 意味がわからない顔で何を言ってるんですか太刀さん、と寝言まがいの扱いをされた。


「悠長に喋ってる場合じゃないんだ、行くぞ」

「えっ、えっ、ちょっと待ってください! なんで引っ張るんですか!」


 有無を言わせずリアンの腕を掴んで、紺之崎さんのいる俺の部屋まで連れていく。

 リアンは抵抗してきたが弱くて、気に留めるのも億劫だった。

 リアンを腕で掴んだまま、俺とリアンの靴を持ち出して部屋に引き返す。


「紺之崎さん、靴を持ってきました」

「ありがと、私も戦闘の準備ができた」


 物騒な単語を平然と口にする紺之崎さんの腰には、一挺の黒く静謐な感じのする拳銃が備え付けてあった。って拳銃!?


「紺之崎さん、なんでモデルガン携えてるんすか!」

「モデルガン? なにそれ?」


 紺之崎さんは冗談抜きで、疑問を抱いた様子で首を傾けた。



「その拳銃のことですよ!」

「これモデルガンって言うの?」

「え、そうでしょ」


 若干、話しが噛み合ってない気がする。

 紺之崎さんは表情を引き締めて、俺を見る。


「剣志君、準備いい?」

「はい、って準備も何も戦闘したことありませんよ」


 ついでリアンを見る。


「リアンちゃん、準備いい?」

「あっ、はい。大丈夫です、はい」


 もたついた返事のリアンは、どこか元気がないように思える。寝起きだからかな?


「それじゃあ剣志君から。靴を履いて窓から外に出て、塀の傍に車が停めてあるから、それに乗って」 

「わ、わかりました」


 靴が履き終えたかどうか判断しかねるぐらい俺は急いで、窓から屋根を降りて塀の外まで辿り着く。


 遅れて紺之崎さんが屋根に出て、その後をリアンが手を借りて一緒に降りてくる。紺之崎さん何者なんだろ? 護衛しに来たって言ってたけど、実感が湧いてきた。


 俺達が着地した細道に、一台のバンが停めてあった。

 そのバンにもたれ掛かる鬼を模した仮面を被った長身の男性。誰?


「早く乗れ」


 こちらに顔を向け、バンの後部座席のドアを親指で示す。

 俺は状況が呑み込めず当惑するばかりだが、シャマのことを想うと自然に疑いもなく仮面の人に従っていた。

 バンに乗り込むと火薬のようなツンとする臭いがした。

 リアンが俺の隣に座り、紺之崎さんは運転席でハンドルを片手で持つ。もう一方の手は横のシフトレバーの丸い頭を握っていた。ってこのバン、マニュアルじゃん。


「青春、運転は任せたぞ」


 助手席に座る仮面の人は、紺之崎さんに抑揚の少ない渋味のある声で言った。ほんとに誰?


「任された」


 その返事と同時に、バンは前に進みだした。

 狭い住宅街の道を低く深いエンジン音が、窮屈そうに空気に響く。


「シフトが上げられない、詰まらない」


 運転席から拗ねる声が聞こえる。


「我慢しろ、ここはサーキットではないからな」

「うー、左手がウズウズする」


 助手席の仮面の人は膝に地図らしき紙を広げた。暗くてどこの地図なのかはわからない。仮面つけてて地図見えてるのかな?


「大きな道に出た。スピード上げる」

「余計な時間を費やすだけだぞ、山まではあと100メートルほどしかないんだ。ブレーキ踏んでから停止までのロスが多い、やめとけ」

「いじわる」


 仮面の人に淡々といなされて、唇を尖らして拗ねる紺之崎さん。

 俺の座る右手の窓から見慣れた小山が、いつになく険しい

 山に感じられる距離まで来ていた。この山をここまで間近で望んだことはない。

 仮面の人が後部座席に座る俺とリアンを振り向いた。


「二人とも降りる準備をしておけ」


 バンが木立の鬱蒼とした山の脇に停まる。

 エンジンが鳴り止むより早く仮面の人が車外に出て、仮面を片手で颯爽と剥ぎ後ろ手でシートに投げつけた。


「急ごう、ゲートが閉まる」


 仮面をとった仮面の人は、駆け足で山林に踏み込んでいった。キリリとした眉の下から頬にかけてだいぶ前につけられたであろう深い傷痕があった。

 俺の隣でリアン側のドアが開かれる。

 紺之崎さんが車外から、リアンに手のひらを差し出した。


「行こう、リアンちゃん。シャマちゃんを助ける」

「足手まといじゃありませんか?」


 不安で体を小さく縮ませて、差し出された手を見つめている。


「リアンちゃんがいないと、ダメ。他に魔法使いがいない。魔法がないとゲートを通れないし、リアンちゃんを一人にできない。厚顔なお願いかもしれないけど、一緒に行こう」

「はい、わかりました。できるだけのことはします」


 リアンは差し出された手に手を乗せた。

 紺之崎さんがリアンの肩越しに俺を凝視して、目に角を立てた。


「剣志君、早く出る」

「はっ、はい」


 俺は紺之崎さんの角張った視線を受けつつ、慌てて車外に飛び出す。

 リアンと手を繋ぎ引っ張るようにして、紺之崎さんは足早に山林の中へ駆けていった。

 俺はその後ろをついていった。



































































俺も紺之崎さんに護ってもらいたい。

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