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異世界から「こんにちは」  作者: 青キング
民族とサラリーマンの夏
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スーツ姿の来訪客3

 夏休み二日目、眠りから目覚めた俺は布団から身を起こす。


 薄手の寝間着が汗でグッチョリ濡れ、素肌にはりついていて気持ち悪い。


「あっつ」


 掛け布団を押し飛ばし、窓を開けようとカーテンをレールに走らせた。


「まぶっ」


 窓越しの日差しが、俺の目を襲う。


 じわっーと目が光に慣れてきて、視界が元に戻ってきた。


 ロックを外し窓を開け放ったが、風も何もありゃしなかった。……暑い。


 寝間着を脱ぎ、時間を確認する。朝の8時半。意外に早く起きた。


 半袖半ズボンというできるだけ涼しい服を選び、それに着替えて部屋を出た。


 階段を降りるとリビングから、何かを揚げる音が漏れ聞こえてくる。


 誰だろうか? 俺はリビングを覗く。


 キッチンにピチッとしたTシャツとフリフリしたミディスカートのラフな服装で、紺之崎さんが小気味いい音を出す揚げ物用の鍋を前にして佇んでいた。



「何してるんですか」


 俺が声をかけたら、スッと鍋から目を離してこちらを向く。

 だが相も変わらず、無表情でにこりともしない。


「剣志、おはよう」

「おはようございます。朝から、何を」

「朝食作り」


 抑揚のない声で答えて、鍋に目を移す。


「何、作ってるんですか」

「…………」

「紺之崎さん?」


 黙り込んで返事をしてくれない。

 不意に背中を、何者かにはたかれる。


「太刀先輩、おはー」


 後ろを振り返り、はたいた者を確認する。

 朝から清々しい笑顔のシャマだった。


「紺之崎さん、何作ってるんでしょうね」

「なんだろうな、聞いたけど答えてくれなかったよ。あの鍋使ってるから、揚げ物ではあるだろうけど」

「なんか楽しそうに作ってます。できるまで待った方が、いいですね」

「でもお客に作らせるのは、後ろめたい感じがあるんだよな」


 そうこう話しているうちに、紺之崎さんは詮を回して火を消した。


「完成したみたいです」

「いや、ちょっと待て」


 頃合いだと見計らってか、キッチンに向かおうとしたシャマを俺は声で制止させる。


 紺之崎さんが横にずれて見えた鍋の傍のキッチン台に、アイスキャンディーの箱が寝かせて置いてあった。

 嫌な予感がした。まさか、アイスキャンディーを揚げ物にしようとしたのでは?


「なぁ、シャマ。何でアイスキャンディーの箱がキッチンにあるんだろう」

「まさかとは思いますけど……」


 シャマは半ば諦めたような顔をする。

 俺達の諦念をしらないであろう紺之崎さんは、鍋の傍の皿の上のキッチンペーパーに棒の揚げ物を乗せていく。


 全部乗せると、やおら俺達の方を見て、皿を持ち控えめな様子で寄ってきた。

 その目にやはり感情は窺えない。


「ごめん、失敗作」

「そのアイスキャンディーを、揚げたんですか?」


 こくん、と無言で頷く。

 俺とシャマの間に、やっぱりかーと言い知れない空気が流れた。


「食べてみて、シャマちゃん」

「え、私ですか? ……先輩、代わりに試食してくれません?」


 シャマが言いにくそうながらも、俺にお願いしてくる。

 作った本人の前で嫌だ、とは言えない。


「じゃあ、一つだけ」


 俺は元アイスキャンディー、現挙げられた棒を一本手に取り、口の中に咥えてみた。

 ……油だ。油の味しかしない!


「どう?」

「まぁ……食べられないことはないかな。人によっては好みかも」


 全く本心から来た感想でないのに、紺之崎さんは誠に受け取ったようで次は成功させる、と意気込みの台詞を、なんの気も無さそうな顔をして言う。


 悪気があるわけではないので、責めるのも性に合わない。


「代わりに私が、何か作りますよ。なんでもいいですよね」

「シャマちゃん、ありがとう」

「気にしないでください、朝食が作るの一番好きですから。ところで太刀先輩?」


 急に俺に話を振ってくる。


「何?」

「リアン先輩を起こしてきてくれませんか? いつも朝、遅いんですよ。太刀先輩が起こせば、すぐ起きると思うので頼みたいなぁ、と」

「ああ、わかった。起こしてくるわ」


 俺はリアンの眠る、リアンとシャマの相部屋で元々は母の私室だった部屋へと足を向けた。

 部屋の前で、念のためノックしてみた。

 返事はない。まだ寝てるみたいだ。

 慎重にドアを開ける。


「おーい、リアン起きろー」


 驚かないように少し控えた声量で、周りが視覚できるぐらいの薄暗い室内に敷いた布団の上に、ぐっすり寝ているであろうリアンに呼びかける。


 すると、ごそごそっと足元で衣擦れの音が聞こえた。

 俺の爪先の間近に、敷き布団が二枚隣り合わせてある片方の上に、掛け布団を手放さんばかりに抱えて、ぐっすり寝ているリアンの体があった。

 度重なる寝返りのせいか、服の裾がめくれ厚みの薄い横腹が覗いている。

 その場に屈んで、再び呼び掛ける。


「リアン、起きろー」

「……ふぁー、むぅ、誰ですか?」

「俺だ。シャマが朝食を用意してくれるから、起きろよ」

「太刀さん……ですか?」


 寝起きの横目で、数瞬間じっと俺の顔を一点に見つめて、はっとした様子でめくれた服の裾を素早く下ろしたあと、避けるように身をよじった。


「あまり素肌は見ないでください……恥ずかしいです」

「パジャマ姿は、毎日見てるぞ」

「そういうことじゃないです、いつもは服越しで、その……もう言わせないでください!」


 頬をほんのり赤くし、リアンは何か言おうとして止め、俺を叱責する。

 訳もわからず叱られた俺の背後から、トーンの起伏のない声が唐突にしてきた。


「二人とも、青春してる」

「紺之崎さんしてませんよ。それより、何かわからないことでも?」

「違う、部屋を見に来ただけ」


 そう愛想もなく答えて、視線をリアンの方に遣って近づき、


「リアンちゃん、パジャマの裾にほつれてる所がある」


 咄嗟に自分の服を見下ろして、どこですかどこですか、と見回す。


「うーんと、ここ」


 言いながらパジャマの裾をつまんで、さっと早業で胸元までまくりあげた。

 紺之崎さんの異様な行動で、突如垣間見られたリアンの素肌とそれを部分的に隠す下着に、俺はああっ、と変な声を漏らしてしまった。

 リアンは顔を真っ赤にして咄嗟にまくりあげられたパジャマを下ろして、紺之崎さんをいさめる。


「ちょっと紺之崎さん、何するんですか!」

「シャマちゃんの料理、早く食べたい」


 澄ました顔でそう言い、そそくさ部屋を退出していく。


 居心地の悪い静寂が空間を包む。


「太刀さん」


 リアンの涙声が聞こえた。


「出てってください」

「……ごめん、すぐ出る」


 言い様のない疲労感と逃げ出したい衝動が、重いなりに足を速めた。

 俺、何かをしたわけじゃないのにな……。



 朝の抗しがたい事故から、リアンは俺と顔が合うたびに、むくれて合った顔を逸らす。

 そうして刺々しい俺とリアンの雰囲気のまま、四人揃っての夕食の時間になった。


 リアンが使い慣れてきた箸を、ご飯茶碗の縁に渡すように置き、シャマと紺之崎さんの会話とテレビの音だけが小さく響くリビングで、演技ぶりもなく立ち上がって冷淡に口火を切った。


「太刀さん」

「……何?」

「私の食器の片付け、お願いします」


 数口しか手をつけていない食器の片付けを押し付けて、すげない一瞥を俺に寄越しリビングを出ていく。

 リアンの足音が途絶えると、我知らずため息がこぼれた。


「心配しなくても大丈夫ですよ、太刀先輩」


 俺のため息を拾ったシャマが、安心させるような言葉を顔を緩めながら笑って言ってくれる。

 すると急に、さっきの笑いが自信ありげな笑いに早変わりした。


「私が後で、リアン先輩にいろいろ聞いてみますから」

「何、聞くの?」

「それは太刀先輩でも、言えません」

「だろうな、そう言うと思った」


 バレてたか、と楽しそうにシャマは笑った。

 突然リアンが席を離れて出ていったので、心配なのか紺之崎さんが聞いてくる。


「リアンちゃん、機嫌悪そう。どうして」

「なんだろう、怒ってるのかな?」


 リアンがそうなる原因を引き起こしたのは、紛れもないあなたですけどね。


「とりあえず食べましょ食べましょ。リアン先輩は、そっとしておいてあげた方がいいと思いますし」

「そう……するか」


 俺が無駄にリアンをなだめようとしても、聞く耳すら持ってくれないに違いない。

 あえて行動しないのは嫌われたくない、と思ったから。

 隣の椅子が空席で、左腕を広げられるのがどうも空々しかった。





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