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異世界から「こんにちは」  作者: 青キング
民族とサラリーマンの夏
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歴代No.2剣士の放浪記ー侍の呪怨ー

 キーーン! という長く引くような金属音を伴って、両方の刃が接触し火花を散らす。


「軽いな」


 ロンリー剣士は両刃の長剣で、空気を滑るように横振りされた刀を受け止める。

 腕の力自体はロンリー剣士の方が上らしく、受け止めた刀を難なく押し返された。

 渾身の一振りを押し返されたローブの青年は、ばっと後ろに飛びすさって惜しそうに言う。


「残念なことに、パワーでは勝てないみたいですね。それなら……」


 刀持ちの青年は腰を落とし、上目遣いに剣士の顔を睨み付ける。左腕を手ごと背中に回し、刀を地面と平行に構えた。

 激然と硬い地面を蹴った。


「はぁっ!」


 回している左腕を肘から出してくる。

 剣士は剣を右からの横振りに、対抗できるように縦に構えた。

 __うそ?!

 剣士の顎下に、静刀若草の柄の先が突如出現し、頭が勢いよく後ろに弾かれた。

 弾かれた勢いのままよろめきながら後退し、剣士は目の前の青年を驚愕の顔で見た。

 刀の柄の先を上に向かせて、刃先を手で持っている。

 __そういうことか。

 状況を理解し剣士は、諦念の面持ちになる。ささやかな興奮に身が温まり始めていた。


「一本いただきました」


 青年はそれとなく嬉しそうな笑みを浮かべて、勝負が決したことを口にする。

 久しく忘れていた負けの感覚に、剣士は愉快になっていた。

 ついその愉快が口からこぼれる。


「お前、スゲーな。あまりのスピードに反応すらできなかったよ」


 昂る興奮のまま剣士がそう青年に言うと、「ありがとうこざいます」と律儀に返してくる。

 青年はそれじゃあ、と続けた。


「条件通り、場所は提供しますから肉を分けてください」

「ああ、そんなこと言ってたな」


 バカ面になってそう言った剣士に、肩透かしを喰らったように青年はガクッと一歩たたらを踏んだ。


「忘れてたんですか?」

「おう」


 呆れた口調で青年は剣士に尋ねると、バカ面のまま答える。

 青年の口から大息が吐き出された。



 場所は、街から少し外れたそれでいて農地からも少し外れた、街と農地の中間くらいにある小さなログハウス。

 そのログハウスのリビングで、寂しい歓声が上がる。


「おおー!」


 猫の額ほどしかない一人用のローテーブルの下で、足を投げ出し床に尻をつけている寂しい歓声を上げた張本人こそ、歴代No.2とのいわれがあるロンリー剣士だ。

 剣士は目の前の煮込まれたクログロンに肉片を見て、瞳を爛々とさせる。


「なんて豪勢なメニューだ!」


 一人でエキサイトし出した剣士を見て、豪勢なメニューを作ったコックである青年は期待外れで遠い目をする。


 __憧れの人類最強の剣士が寂しい独身者に見える。

 青年がそんなふうに考えていることを知らないであろうロンリー剣士は、ガツガツ煮込みを食らい始めた。


「ああ、そうそう。聞きたいことがあったんだった」


 なのに突然、剣士が今思い出したかのように飄々とした口ぶりで尋ねてくる。


「何で俺に勝負を挑んできたんだ?」

「それは……」


 青年は息を呑んだ。

 答える必要があるのか迷い、青年の口は上下の唇がくっついているかくっついてないか微妙なくらいに開いていた。

 それを見て、剣士は気遣わしげに言う。


「言いにくいことがあるなら、言わなくたっていいよ」

「あっでも……」


 理由を言いたい気持ちが口を動かして、言葉を吐かせる。

 剣士は何? というような顔をする。

 一度視線を下に外し言いたいことを整理し終えてから、青年は質問よりも真剣さを増した返答をする。


「あなたにしかできないことを、依頼したくて。だからとりあえず実力がどのくらいなのかと思って……その、すいません」


 言っているうちに自分があの時どれだけ失礼なことをしたのか、青年は身に沁みて感じ段々語気が弱くなっていった。

 急に弱々しくった青年に、剣士は励ますように言う。


「謝る必要ないぞ、それより俺にしかできないことって何?」

「頼むと迷惑な気がする……」

「気にするな気にするな。こんな美味しい料理を作ってくれたんだ、たのみごとの一つくらいなら何でも聞いてやるよ」


 青年の視線の先にある頼りがいのある心配事など無さそうな笑顔が、青年をホッとさせた。同時に信用も芽生えた。

 青年は話し出す。ローブの中に隠れた目が真面目な光を帯びた。


「あなたに依頼したいこと、それは……」


 これは重要な話だと剣士は緊張の面持ちになる。

 青年はおもむろに口を動かした。


「僕を殺してください」

「…………はああああ?」


 青年の言葉に、剣士は舌を巻いた。そのまま唖然と口をオープンにする。

 自分の言ったことが、あまりに抽象的過ぎると言ってから気づいた青年は、動揺隠せぬまま早口に謝り倒す。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ぼぼぼぼくの説明がすすすすくなすぎました。すいませんすいませんすいませんすいません、低俗なぼくなんかが頼みを聞いてもらうなんて価千金のなにでもありません。お許しをお許しをお許しをお許しを、あなたを不快にさせるつもりは……」

「死に物狂いで謝られると、罪悪感でこっちが逆に謝りたくなるよ!」


 あまりの謝辞の長さに、剣士は青年がすべて口にお終える前に突っ込んだ。

 その突っ込みを叱責とでも捉え間違えたのか、青年は剣士の横に素早く正座して両手を腕立て伏せをするときのように床につけて、至極深々と頭を下げた。というか叩きつけたに近かった。


「お詫び申し上げます! 遊びもて余します! あわび吊し上げます! ですから、どうかお許しをーーー!」

「遊びもて余すって、ただそれ遊び倒して人生終える楽々スマート人生ルートだよ! あわび吊し上げるって言ったけど、あわびってまず何?」


 現実世界の生命保険で似たような名前のコースが、持病のある老人達の間で人気となっていたような……?

 そんな現実世界のことなど一切知らない剣士は、突っ込まれている間も謝り続ける青年を宥めるように言う。


「謝るのはもういいから、とにかく事情を説明してくれないか?」


 そう問われて、おずおず青年は床に接地していた世の女性が憧れそうなくらい白い額を剣士に向けて、怯えながら上目遣いに問い返す。


「もう怒ってませんか?」

「もとから怒ってないよ」


 出来る限りの優しい笑顔を作ってひきつらせながら、歴代No.2剣士はそう答えた。作り笑いって意外と難しい。

 たとえ作り笑いでも本人の口から怒ってない、と聞きホッと息を吐いたローブの青年。

 必死に謝り続けて体が火照ってきたのか、ローブの胸元をパタパタさせ始めた。


「熱いですね。依頼内容の詳細を話する前にローブ脱いでいいですか?」


 どこまでも律儀を貫き通し、敬語で許可を求める。


「それ、聞く必要あるのか?」

「おかしい……ですか?」

「おかしいわけではないが……こうなんというか、面倒じゃないのかなぁ? と思って」


 滅相もありません、と困惑気味に両手のひらフルフルさせる若い日本刀使い。

 それを見てなのか、あるいはただ会話の流れが読めないのか、長剣使いは再び煮込みを口に運びだして、盛られた最後の一切れをゴクンと飲み込んでから唐突に口にする。


「何で俺に殺されたいんだ?」

「急に軌道修正しないでください。すぐに答えらません」

「それもそうだな。ハハハ」


 なぜ、ロンリー剣士が声に出して笑ったのか訳は知らない。もしかすると独り身だからかもしれない。


「何が面白いんですか?」


 少し憮然として、静刀若草という謎の武器を使う青年は尋ねた。

 ロンリー剣士は表情を突然なくして、真顔で答える。


「なんも」

「へぇ、そうなんですか。何か意図があるのかと思いました。それなら、本題に入っても問題無さそうですね……あっ、ローブ脱ぎますね。さっき脱げなかったし」


 そう伝えてフードに手をかけ、頭から抜くようにローブを脱いだ。

 青年のフェイス全貌が露になり、剣士は想定を遥かに超えていたその面貌に、小さく息を詰まらせた。


「お前……男だよな?」


 息を詰まらせながらも、何とかして出した息で剣士が問うと、多少冷ややかに返される。


「なんで、そんなわかりきったことを聞くんですか」


 剣士が聞くのも無理はない。サラサラしている濃い藍色の髪は、ストレートのショートカットよりも少し短く、スポーティーな女性と同類の雰囲気を纏っている。加えて、肌は真っ白で張りがありツヤツヤしている。さらに加えて、目鼻立ちは中性的で整っている。

 そんな見た目女性の日本刀使いを剣士が凝視していると、その顔の眉間に皺が刻まれ語気く話題を矯正させる。


「僕のことはいいですから、本題に入らせてください!」

「ごめん」


 悪いことをしたのかどうか定かではないが、剣士は珍しくシュンとして短く謝った。

 剣士を見て我関せずの顔をして、中性的顔立ちの青年は本題について話し始めた。


「なぜ、僕があなたに殺されたいか。理由は僕のたぐいない刀さばきにあります」

「ああ、俺と一本交えた時に見せた柄攻撃のやつ?」


 藍色の髪の毛先を揺らして「そうです」と頷き、青年は左手のひらを剣士に向けるようにして自身の顔の傍に掲げる。


「僕の左手のひら、おかしくないですか?」

「えっ?」


 短兵急な問いに、向けられた手のひらを注視する剣士。

 そしてすぐにあっ、と目を剥いて声をあげた。


「マメが……一つもない。なぜだ?」


 訳を尋ねた剣士に、青年は柔らかくしかし虚しさが滲んだ微笑みを見せた。


「あなたのように努力を積んでいる剣士ならば、普通指の付け根の下にマメができているはずなんですよ。でも、僕の左手にはマメができてません。あ、ちなみに……」


 と口にして左手同様右手のひらも見せる。

 右手のひらには左手のひらには無かったマメが、親指以外の四本の指の付け根よりちょっと下に、ポコッと固く膨らんでいた。

 固くなったマメは長年の継続的な努力なくては、どうしようともできない。

 

「右手にはカチカチのマメができてます。でもなんで右手だけなんでしょうか? そりゃ日々の鍛練では両手で刀を持つことが多いですけど、左利きだから主に使うのは左手なんですよね。左手のひらにマメができないのはおかしいと思いませんか?」


 共感を促され、剣士は「確かに」と頷いて依頼との関係性を尋ねた。


「そのことと依頼は、どう繋がってるんだ?」


 すると、口にするのも恐ろしいかのように青年は俯いてしばし沈黙して、ポツリとトいた。

 その声は医師に余命申告された診察者と似た、絶望的で苦渋が滲み出ていた。


「呪い……侍の呪い」


 __侍の呪い!

 聞いてすぐ何も言葉が出ず、数秒後にやっと出た声で剣士はその恐怖のワードを反芻する。


「侍の……呪い」


 反芻された四文字に「そうです」と、気弱く青年は返した。

 それに次いで、剣士は記憶の一片から噂で聞いた話をそのまま口にする。


「殺戮を繰り返し、至っては国一つを血で染めたという自称侍。もしくは……」

「歴代最強の剣士であり、神になった男」


 剣士が恐る恐る口にした言葉に続く形で、青年は抑揚なくそう呟いた。

 しばし二人は黙り込み、沈黙が場を支配し出した頃、不意に青年はロンリー剣士があぐらの上に何気なく置いていた手を、包むように両手で掴んで真っ直ぐな視線で懇願した。


「お願いです! この呪いが実態の力になる前に、僕を殺してください! そうなればきっと呪いは、居場所をなくしてやがて消失するかもしれないんです」

「それで呪いは消失しない」

「えっ……」


 青年の目が驚きで大きく開かれる。

 掴まれたマメだらけの手に、青年の思いの丈を長剣使いは感じ取るが、毅然と否定的台詞を返した。

 衝撃的な憧れの剣士からの台詞に、青年は訳を問う。


「それってどういうことですか?」


 問われた剣士は言いにくそうに視線をはずしてから、おもむろに口を動かして答えた。

 その口は過去の悲痛に堪えているように歪みが生じていた。


「呪いは強者を求め続け、特に適性のある者に乗り移った時、その者の体を借りて実態化する。だから、俺が君を殺すと呪いは俺を強者と見なして、今度は俺を呪う。それを繰り返していき何百年もさらには何千年まで、適性者が見つかるまで呪い続けていく。それが俺の知っている限りの呪いについての知識だ」


 呪いの恐ろしさを改めて聞かされた青年は、男にしては長い藍色の髪を張りなく垂らして顔を俯けた。前髪が陰となり、顔がはっきり見えなくなる。


「ごめんなさい」

「突然どうした?」


 青年の口からおのずと漏れでた言葉に、剣士か反射的に聞き返す。

 すると、青年は情けない声で言った。


「人から聞いた嘘かホントかもわからないことを信じて、一人で浮き足だって関係無い人を巻き込んで……僕は」

「聞いたって誰から聞いたんだ?」


 突如、ボリュームを上げて尋ねる剣士。

「えええ!」と急に尋ねられて困惑を隠せないまま青年は、その時の状況を整理し答えた。


「確か……街の広場でチラシ配りの人かららったチラシに載っていたお店に行ったんですけど、そのお店が占いを専門とする喫茶店だったんですよ。その時した占いで、近いうちにあなたの体内の何かが世界に災いをもたらすでしょう、みたいなこと言ってたから……それを信じて」


 __故意的だ。偶然の可能性はかなり低い。

 この時剣士は、明日何をするかもう決めていた。それは一つ、自らそこに乗り込む。


「明日、付き合ってほしいところがある。朝早いからもう寝ろ」


 なんの前ぶりもなく明日の予定を告げて、命令口調で床につくことを促す剣士。

 突然告げられたのに青年は、驚かず呆れていた。

 憮然とした顔で青年は剣士に言う。


「もう寝ろって、ここ僕の家だから僕に判断を預けるのが常識じゃないのかな。それに食べるなら早く食べてください。食器の片付けができません」


 言われて「そうだな、食事の最中だったな」と湯気の絶えた食器を手に取った。


「もう、冷めきってる」

「そりゃそうですよ」


 呆れ果てた声と顔で青年は「この人が人類最強の剣士とは思えない」と聞こえないように口にした。

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