一つ手前の角での出来事
一泊二日の小旅行から、出発時に集合場所にした駅前まで帰ってきた。
藤田さんがわざわざ車のトランクから、俺と冬花の分の荷物を担ぎ出す。
「車内に忘れ物ないか?」
「大丈夫です」
「私も大丈夫です」
荷物を渡され、旅行の疲れのせいか往きよりもずっしり重く感じる。
トランクを閉めて、藤田さんが言った。
「二人とも楽しかったか?」
「楽しかったですよ、二日だけだったのに夏のイベントを遊びつくした気分です」
「影雪は?」
「私も剣士と一緒で楽しかった。でもなんで私が誘われたんですか?」
「それは剣志に訊くといい。それじゃ、俺らはこの後も用事あるからもう行くな」
そう言って、藤田さんは運転席に乗り込んだ。
去り際に一度手を掲げてみせる。後部座席の紺之崎さんも感情の読めない顔で冬花をじっと見つめている。車は走り出した。
俺は荷物をしっかりと持ち直して、冬花に向く。
「俺達も帰ろうぜ」
不意をつかれたような顔をして、冬花は振り向いた。
「ええ、帰りましょう」
俺と冬花は並んで歩き出した。
人の多い繁華街を抜け、住居の密集する住宅街に入る。
夏は日が長く、まだ日が暮れる時間ではない。
冬花は疲れたのか話をしようとしても、必ず反応が遅れていた。
なのでこちらから話をするのは、以降やめておいた。
俺の自宅までは、もう一つ角を曲がるだけだ。
角に差し掛かったその時、ふと冬花が足を止めた。
「どうした、突然止まって」
不思議に思って俺が尋ねると、冬花は俺を愕然と見て、
「ここ曲がると、剣志の家だよね?」
「そうだけど、お前そんなこと知ってるだろ」
何を言ってんだ冬花は?
冬花は心なしか名残惜しそうな顔をする。
「ねぇ、剣志」
おもむろに顔を伏せ、喋り始めた。
「なんだ?」
「うーん……なんて言えばいいのかなぁ」
言いたい台詞が頭の中でまとまらないらしい。
俺は冬花の言葉を待つ。
「ごめん、一分待って」
「あ、ああ」
何かを口にするのに、一分も待ったためしはない。
重大なことを言おうとしているのだ、きっと。
「あっ……あっ」
言いかけて、消え入り、呻く。
根気強く、待ってみるしかない。
「あのね、剣志」
ようやく言葉らしい言葉が聞き取れた。
冬花は指をちょっと内へ折った左手を胸に当てながら、
「私ね…………」
冬花の唇が震えているように見えた。
零れ出るのを堰き止めるみたいに、上下の唇を閉めて、しばらくしてまた開いた。
「私ね、剣士とまた遊びたいな。今度も誘って」
快活な笑顔で冬花は言った。
「ああ、わかった」
「それじゃあね、剣志」
言い終えると軽く手を振って、角を違う方向に曲り駆け去っていった。
今回の突然の旅行は、冬花には好感触だったようだ。
同日夜、某マンションの一室。
テーブルを囲む四人の集団。
テーブルにはデリバリーのパーティーセットと各自好きに選んだ飲み物。
四人のうちの一人、左頬に深い傷のあるざんばら髪の男、藤田である。
彼は缶ビールのプルタブを開けて言った。
「作戦成功を祝して、乾杯」
左右に座る二人は藤田のご機嫌な音頭を黙殺した。
向かいに座る坊主頭の青年が苦笑いを返す。
「すいません、作戦隊長じゃなかった藤田さん。俺、未成年なんでお酒での乾杯はご遠慮します」
「なんだ、工作員アールもとい玲。異世界じゃお酒飲んでたんだろ、だのに現実世界では法律遵守が優先か」
「言っておきますけど、俺は異世界でもお酒は一口も飲んでません」
藤田は渋面を作り、左隣の線の細い男に矛先を向ける。
「おい、佐藤。ここは日本の一般的なマンションの一部屋だ。ヨーロッパの貴族みたいなワイングラスで飲むな」
眼鏡をかけた知的な風貌の佐藤は、藤田を鬱陶しそうに見遣った。
「ヨーロッパの貴族みたいな、とは。なんとも偏見的な見方だ。貴族でなくともワインは飲まれている」
「さすがは財団社長の元・ご令息だ。一日飽きるほどの回数社交界パーティーをしていらしたんでしょうな」
「一日に飽きるほどパーティーなどは、まずあり得ない。パーティーばかりにかまけていたら、財団はたちどころに破産だ」
「それもそうだな」
藤田が素直に納得する。
佐藤がふっ、と過去を見返した時に似た含み笑いを浮かべ、
「独善的で頑固な父親のことを思い出すよ。財団の後継者としか僕を扱わなかったからね」
「懐かしいな、それより!」
藤田は自らの記憶も思い起こしたが、すぐに右隣のほぼ無心でコップを手に持つ女に絡む。
「おい、青春。お前にいたってはなんだその白い液体は?」
「これ?」
紺之崎はゆっくり反応して、コップを掲げて示す。
「これ、牛乳」
「牛乳だと、お前はこれ以上発育しなくていい」
「発育、どういうこと?」
「わからないままにしておけ、牛乳をこれからも飲みたいだろ?」
紺之崎はこくんと頷く。
「それなら知らない方が身のためだ」
「わかった」
「紺之崎に興がないのはいつものことだからさておいて、作戦費用の負担は誰が支払う。今まで最大規模の作戦だから、すさまじくかさむよ」
苦り切った顔で藤田が、
「佐藤こそ、興がないな。今ははじけようぜ」
「現実的な話し合いだ。四人揃った時に決めてしまった方がいい」
「そもそも廃墟を改装してまで旅館を仕立てる必要があったのか? 工事費用が高すぎる」
「工事費用は僕が負担する」
「女将の変装に使った和服もな」
「それも僕が持つよ、でも証拠記録用のカメラと肝試しで川に流したインク代は企画した藤田が払うべきだ」
「インクは払ってやろう、しかしカメラ代は持たないぜ、管理していた紺之崎が払う。賛成だよな、玲?」
玲はチキンフライをつまんだ手が止まった。水を向けられ驚く。
「俺に賛成も反対も権利がないですよ、費用負担の割り振りまで巻き込まないでください」
「言われてみれば、その通りだな。期限付き雇われ工作員だもんな」
「そうですよ、三人だけで相談しててください」
玲はチキンフライにかぶりついた。
藤田は黙々と牛乳をすする紺之崎に目を向け、
「紺之崎、カメラ代はお前持ちでいいな?」
「いいけど……」
変な間を置いて、紺之崎が打ち明ける。
「カメラ、ばらばらにした。修理不可」
「はあ、何を馬鹿げたことを」
「ほんと、記録もお釈迦」
藤田の目が険しくなる。
「……なんでだ?」
「必要ないと判断したから」
佐藤がワイングラスを丁寧に置いて、紺之崎をじっと見る。
「正気かい?」
「うん、いたって正気。異常ない」
「なんてことしてくれたんだ!」
身を乗り出し佐藤が叫ぶ。
「剣志君と影雪君の隠し撮りツーショット写真の記録が、僕の目につく前に葬り去ってしまったというのか!」
「すごい悪趣味」
「うるさい、二人の恋の痕跡をぜひとも目にしたかったんだ!」
「佐藤さん」
口の中のチキンフライを飲み込んで、玲が意見を挟む。
「人の恋路に他人のお節介は迷惑なだけっすよ。波風は本人たち以外立てない方がいいっすよ絶対」
藤田と佐藤が意想外の進言に目を丸くし、
「玲、ひょっとしてお前って恋愛慣れしてるのか?」
藤田が代弁して言った。
玲は苦笑いして、
「そんなわけないっすよ、ラノベを読んでる経験からです」
「なんだ、そんな理由か」
安堵のある肩透かしに藤田がはははと笑った。
紺之崎が口に当てているコップのガラスに隠れて、玲君に賛同と声には出さず口だけ動かした。
次回の更新はいつになるか、わかりません。他に書きたい作品がありまので、そちらが一段落しましたら更新したいと思っています。
ご理解をお願いします。




