54 海咲(ミサキ)
KJ=宮里賢太(7)小学生でありながらサングラスをかけた町の問題児。父・賢治の手紙で夏休みの間、奄美大島へ来ている。
宮里賢治(36)KJの父、売れない作家。失踪中から、ひょっこり顔を出した。変な奴。
花巻若葉(18)KJの叔母、賢治の亡くなった妻、涼子の妹で、押し掛け女房のような事をしている。KJの保護者。
愛人(32)奄美大島で観光ガイドをしている。賢治の亡くなった妻・涼子に瓜二つ。
海咲(8)徳浜ビーチで出会った女の子。愛人の娘。今は、祖父母である加計呂麻病院の院長夫婦が無理矢理引き取っている。
徳山虎雄(76)加計呂麻島病院の院長。
徳山夏海(28)加計呂麻島病院の院長の愛人あいじんとの子。院長夫人が強引に引き取り養女として育てられた。
徳山節子(78)島の名士の娘で虎雄の妻。
――――屋敷の奥の一室。
海咲は表の騒ぎの中で、まるで閉じ込められたような一室で、今夜招かれた作家の来客の挨拶へ声を掛けられ誰かが呼びに来るのを待っている。
それまでは、静かに机へ向かう。いつもなら、家庭教師役の夏海がつきっきりで夜更けまで小学生1年生でありながら、先駆けの英才教育で、英語、数学、科学を習うのだ。でも、今日ばっかりは来客だからお休みだ。
手持ちぶさたの海咲は、あの少年のことを考える。大阪から来て、つかの間だが、海咲を母なる海へと連れ出した少年――――。
大阪は加計呂麻島とは違って人と人との活気と賑わいに溢れている。お婆様の秩序に固まったこの島とはまるで違う。
海咲は部屋を見回した。明るい白の壁紙とカーテンに、風を運ぶ薩摩切子のガラス細工の風鈴が風に揺れても、海咲を縛る島の名士としての顔と、島の医者にならねばならぬ使命が鎖となる。
だが、KJは違う。自由で生き生きとして果てしない空に生きている。
海咲は、KJとの違いを痛感した。一瞬でも少年は外の自由な空気を味わせてくれた。それで、いいのだ。
海咲は、深いため息をつく。
もう一度だけ。あの海で過ごした輝く時間を甦らせないものだろうか。
海咲が祈るような気持ちで天を仰いだその時だった――――。
一陣の風が、微かな声を運んで来た。
外から入る月明かり――――小さな人影が飛び込んで来た。
宮里賢太――――大阪から来た作家の息子のKJだ。
「海咲ちゃん!」
つづく




