42 医者は島民の希望
KJ=宮里賢太(7)小学生でありながらサングラスをかけた町の問題児。父・賢治の手紙で夏休みの間、奄美大島へ来ている。
宮里賢治(36)KJの父、売れない作家。失踪中から、ひょっこり顔を出した。変な奴。
花巻若葉(18)KJの叔母、賢治の亡くなった妻、涼子の妹で、押し掛け女房のような事をしている。KJの保護者。
愛人(32)奄美大島で観光ガイドをしている。賢治の亡くなった妻・涼子に瓜二つ。
海咲(8)徳浜ビーチで出会った女の子。愛人の娘。今は、祖父母である加計呂麻病院の院長夫婦が無理矢理引き取っている。
村田(26)東京の芸大から戦時中の画家田中一村に憧れて渡って来た絵描き。
徳山夏海(28)加計呂麻島病院の院長の愛人あいじんとの子。院長夫人が強引に引き取り養女として育てられた。
徳山虎雄(78)加計呂麻島病院の院長
虎雄はKJを院長室へ連れ来ると夏海を下がらせ、KJを椅子に座らせた。虎雄は、壁に掛かった若い白衣の男性を見つめながら話しかける。
「私には息子があった。知ってるかね?」
さっきの威厳が掻き消えて疲れた一人の老人のようだ。
「海咲ちゃんのお父さんですね」
KJは来客用の皮張りのソファにちょこんと浅く腰を下ろしたまま答えた。
「この離島の島唯一の病院の希望だった男だ・・・」
虎雄は深い溜め息をついた。「孫の海咲には、本人の望む通り結婚させたいと私は思っている」
「そやったらボクと海咲ちゃんも――」
勢いKJが口をはさむと、虎雄は威厳を取り戻し言葉をつづけた。
「条件がある!」
KJが口をつぐみ、唾を飲み込んだ。
「相手は少なくとも医者だ。これが1つ。そして、加計呂麻島に住み、私に代わってこの病院と加計呂麻島の島民の健康を守ること」
「それならーー」KJには、未来がある。必死で勉強し医大へ通って医者になれば望みはある。
「でも、君が医者になるのは相当な試練だろう。誰でも勉強さえすれば医者になれるなんて大間違いだ。世の中の本質は、政治家の息子が政治家になるように、医者の子は医者。学者の子は学者が現実なんだ」
「院長先生は海咲ちゃんの幸せより病院の方が大事なんだ」
「君は世間の厳しさをまだ知らない。幸せなんてホンの一時の夢。多くの人々の救いと比べたら個人の幸せなんて犠牲にする価値がある」虎雄は、天に訴えるように両手を広げつづける。「君は私が妻と結婚した事情を知らないようだ」
「ええ・・・知りません」
話の成り行きにKJは、すべては理解出来なかったが驚いた。大人の虎雄が、子供のKJへ心の内を吐露しているのだ。
虎雄は机にもたれかかり、思い出話を始めた。




