せかんどあどべんちゃーず
昔書いたまま埃被ってたお話。
「なあ雅臣、何か面白いことないか?」
僕は丁度カップ焼きそばの湯きりから戻ってきた友達の時津雅臣の肩をつついて問う。
「なんだ透、お前さっきまで授業そっちのけで世界大会出てたんじゃないのか……ってあ~なるほど」
そういって雅臣は僕の持っている携帯ゲーム機を覗き込んでその眼を細めた。
「ベスト16、まあ流石に趣味デッキじゃメタに限界があったか。でもお前やっぱすげーよ、初めて半年でこれだなんて」
「逆に言うと半年でここまで来れるんだからこのゲーム底が知れてらぁ~」
そう返し、鞄に保温材と共に入れておいた紙パックのコーヒー牛乳を取り出し、雅臣から受け取ったお気に入りのカップ焼きそばにソースとマヨネーズを投入し、混ぜ、胃に流し込む。この瞬間こそ自由って感じがするので何かやり遂げた時のご飯はこれと決めている。
「で、底が知れたカードゲームはもうやめて他のもっと面白そうなゲームがやりたい、と?」
「まーゲームじゃなくてもいいけど、あっさり始められてあっさり辞められる奴ならなんでも」
雅臣のカバンから一冊の雑誌が引っ張り出される。
「64ページ」
「”World Symphony”……剣技拳技銃技何でもござれのオンラインARPGか。ファンタジーものにしては珍しく魔法が無いんだな」
「それがこのゲームの特徴とも言えるけど、一番の見どころは対人戦によるランクマッチ」
「要するに?」
「面白い」
「乗った」
「というと思って」
雅臣は携帯端末からQRコードを写し差し出す。こいつはよく自分の集めた情報をサイト化して、高校の新聞部が発行している小雑誌にその入り口となるQRを載っけたりしている。確か最新号では”沼生駅周辺、旨い油麺納得油麺!!”と銘打って各油麺の写真やレビュー、自画による携帯からでも見やすいミニマップが載っていた。僕はニコニコ麺が載っていなかったことを今でも許していない。
「おい待て、油麺にマヨネーズかけるだけな上アンケートによると食べると寒気頭痛吐き気等の症状が発症すると言うニコニコ麺は間違っても載せるわけにはいかないだろ!」
「それは春日亭の油麺を食べた時の症状だろ!!」
アンチニコニコ麺派との間にこれ以上議論の余地はない、よって情報の可否は不明と表記しておく。
◆
QRコードを読んだところまでの記憶は残っているが、自分がどうやって日課をこなして19時現在PCの前に座っているのか分からなかった。ただ、今やるべきことはハッキリしていた。
初月無料とデカデカ書かれた公式HPからゲームをダウンロード、引き続きインストール、ダブルクリック。
複数あるサーバー(同じゲーム上でもサーバーが違うとキャラクター等の行き来が出来ない。このゲームでは下級ユニットは1つのサーバーのみに存在でき、上級ユニットは初期サーバーに加えて”未開拓サーバー”に行くことが出来る)の中から雅臣に教えられた”ぽぷらサーバー”を選択、そしてキャラメイクを終えた僕に世界は意思を示した。
「”Welcome To The World of Symphony”」
いかにもありがちであった。
チュートリアルステージに召喚された僕ことHN”命ねらう緒”は教官役のNPCの指導の下ファーストミッションと題された基本動作群をマスター、ミッションを遂行し雅臣の待つ(はずの)第一の街サラマタウン(なんだかなー……)に向かうのであった。
そう、つまり着いていない。ロード画面が唐突に一面特有の草原ステージに僕のキャラがのんびりてくてく歩いている画面に切り替わる。不意にガサガサ鳴る草むら、コントロール権が僕に戻る。
僕は脳内で雅臣情報からロード画面において超低確率で発生するランダムイベントについて手繰る。ゲームは始めたばかりだから大半のイベントの発生フラグは立っていない、コントロール権が解放されたのみで他は何も起こらない。これは、まさか……。
その答えに行きついたのと同時に耳触りとも言える音量になっていたヘッドホンから流れる草の擦れる音が、不意に、鳴り止む。
最後に鳴ったのは左方10mくらいの位置、現実の時間がゲーム内の時間に反映されるこのゲームの今は夜、天候は初プレイに嬉しくない曇り、索敵スキルを切っているねらう緒の前後には人の通り道、左右10m程の位置には胸元くらいの高さの草原しか見えない。音が鳴り止んだあたりで風が吹き始めたらしく、ねらう緒と草原は風に吹かれている。
僕は雅臣に救援を求めようとしたが所詮慣れていないゲーム、ねらう緒はチャットを飛ばす代わりにその場にしゃがみ込んでしまった。その瞬間、しゃがむ前に頭があった場所を1つの銃弾が発砲音と共に駆け抜けた。
「……チッ!」
不自然に揺れる左斜め後ろの草原と草の擦れる音とは明らかに違う舌を打つ音(なんで舌を打つ音がここまで聞こえるのかは知らんが)、そして伝わる……。
「明確な殺意……ってこれ、課金しないと起きないPK(ピーケー=プレイヤーキラー=プレイヤーによる他プレイヤー殺し)イベント!!?誰だよこんな初心者殺し気取ってる馬鹿野郎は!?!??」
このゲームでは特殊な材料で作られている特定アイテムを持つ者同士以外の攻撃は基本的には全て、いつでも、有効である。早い話殆どリアルと同じ、やろうと思えばNPCの作った街をプレイヤーが壊滅させることだってこのゲームでは可能である。まあ、大抵の場合は他冒険者を通してゲーム世界が依頼を出し粛清されるのでゲーム発売から4ヶ月経ったこのゲームでは最近下火気味であるはずだった、が……。
出たのだ、発売4ヶ月記念でゲーム側が解放した課金アイテム中にロード画面中のプレイヤーを襲撃できるアイテムが。一回襲撃するごとに金がかかるし、一回襲撃してしまえば最後、指名手配がほぼ確実になるから内輪ネタやら冗談が分かる相手に対してしか使われないはずなのに……。
僕はさっきの操作ミスに感謝しつつ、雅臣に短く
【ねらう緒:pk hlp】
と送り、右側の草原に向かってジグザグにダッシュする。所々体を掠る弾丸、どうやら相手は胴体を狙ってきてはいないようだ。どうやらいたぶるのが目的らしい。
草原に突入する直前、またもやらかした操作ミスにより50ガメル(100円=1ガメル)を落としてしまった僕が振り返って見たのは、ライフルを背負いこちらに向かって全力疾走する全身赤装束の上狐の仮面をつけているキャラだった。表記されるHNは”Unknown”
これ怖すぎるでしょ!と思う本能に対して理性は……
「草原なのに赤装束ってアホすぎでしょ!!?」
この状況を楽しみ始めていた。どーというってことはない、相手は草原を赤装束で走る馬鹿だ。雅臣には救援メッセを送った、とりあえず挑発しまくって隙を作らせよう。距離さえ空ければじきに助けが……、
【”雅臣”というキャラは存在しません】
「………………そら、普通に考えたら本名でプレイしないわな」
僕は雅臣のHNを聞かなかったことを酷く後悔した。
後方からは先ほどの挑発以後激しくなった発砲音、有体に言って、命の危機であった。
3分、緩急をつけたりジグザグ走ったり、手持ちのハンドガンで応戦したりするものの一向に距離はひらかない。常に15m圏内には敵がいる状態だ。向こうは索敵技能を多めに取っているのか、こちらの少しの動作ですら大まかな方向を掴む判断材料にし、牽制としてライフルを打ってくる。
現状、ハンドガンの残弾残り1、ゲーム開始直後なので所持物も乏しい。一応なけなしの傷薬やスタングレネードもあるにはあるが、さっきからバックを開けようとする動きだけでも相手に大まかな位置を特定されてしまう。走りながらでは距離を詰められてしまう。
此方のライフゲージ(無くなると死)にはまだ余裕があるもののスタミナゲージは残り10%(尽きると全ての行動が半減、この場合は逃げ切れなくなる)、開始直後の初心者では恐らく白兵戦での勝ち目はほぼないと思ってよい、よってライフゲージなどこの場においては有って無いようなものだ。
今は弾丸を3発使いどうにか草むらに隠れる事には成功しているが、少しでも物音を立てようものなら向こうに位置を悟られてしまう。
……ここで、ケリを付けるべきか、それとも逃げ切る可能性に賭けるか、それとも。
【”アンチニコニコ麺派”というキャラは存在しません】
いや、他人頼りは良くない。この場において雅臣は存在しないものとして扱わなければ。
その時、不意に僕の左後ろの草むらが微かに踊る。距離は3mだろうか、それよりあとにくさたちはうんともすんともいわない。こわい、さむ気ずつう吐き気がする……ハッ!
「春日亭滅ぶべし、慈悲は無いッ!!」
僕は振り向き様に最後の一発を撃ち込む。
その一発は確かに相手の体に当たった。大体ヘソあたりの位置か、弾がめり込み、赤い戦闘服はよじれ、手に持っていたと思われるライフルはその手から零れ落ち、仮面の襲撃者はかすかに呻く。
『勝った』
そう思った。しかし、僕は次の瞬間には何故か相手の腹部から落ち行く弾丸を見た。
「……ぇ?」
言葉になりきれない疑問符、何故弾丸は薄皮一枚貫通しない。
全てにおいて固まってしまった僕を溶かしたのは皮肉にも襲撃者による蹴りであった。肋骨に入り思わず吹っ飛ぶ、3~4m……どんな脚力してんだ畜生。
眼前に恐怖の赤が迫る。僕は咄嗟に鞄から手の平から少しはみ出る程度の筒状のものを取り出し、その引き金を引き真上に投げる。相手は構わずまっすぐこちらに向かうが先よりかは些か遅い。どうやらダメージは通っているようだ。
必死に逃げようとするが足がもつれる、距離は縮む、あと1m、ナイフを持った赤が僕の視界を満たした瞬間、
―刹那、せんこうとはれつおんがせかいをしはいした、と思う―
確信できないのは僕がスタングレネードが炸裂する瞬間うつ伏せになり、耳栓をしていたからだ。僕は襲撃者がスタングレネードの直撃を喰らったのを確認し、ナイフをひったくると足払いをした、成功、襲撃者は仰向けに転んだ。僕は陰部を踏みつける、が予想よりダメージは少ないようで左鎖骨に蹴りを一発食らう。
僕は踏ん張りつつも、残りスタミナゲージ2%、必死に考える。
先程銃弾によるダメージが通らなかったのは恐らく防弾チョッキかそれに準する装備をしていたからだろう。その証拠にレベル差が存在しているだろうにもかかわらず向こうは僕に追いつけなかった、装備によって俊敏値にマイナス補正がかかっていたからだ。だから奪ったナイフをすぐ攻撃に転用せずに光と音によるアドヴァンテージを更に広げるために、急所である陰部を狙った、ここまではいい。しかし、急所を踏んだはずなのになぜ動ける?レベル補正か?
手元のナイフの武器レベルは49、これなら恐らくレベル補正も関係ない。僕は確実に相手にナイフを突き立てるために顔を蹴り飛ばすが体制を崩しているためか、仮面にかするだけ、しかし仮面を外すには十分……であったが。
「……女?」
そこにあったのは怒りに顔をゆがませる端正な顔立ちの女性PLだった。あっけにとられる僕にブローがまともに入る。あーあ、ナイフ手から落ちてらぁ……お相手2本目のナイフ取り出してるし、これは終わったか……。
膝を折る僕の眼前、女が左半身を起点にして歪み、吹っ飛ばされていく。その1秒後、女は死亡エフェクト共に消え去った。
なんだなんだ、天罰か?
顎をあげる、1翼の生えた大トカゲが視界を覆う。全長は分からない、デカい。
【”バンカー”さんにメッセージを飛ばしました。】
バンカーって昔アイツが好きだったロボものの火力特化機体使ってたパイロットネームだっけ……まあ、なんにせよ
「おせぇよ……」
僕は突っ立ったまま呟き、空を仰ぐ、空に点があった。
振り切った左腕が地に着き、点が大きくなる、
「ぅぉぉぉぉぉぉぉ~~~パァーイルッ!」
あれはなんだろう、振り上げられる巨大な右腕を視界の端に収めつつも疑問に思う僕は、もはやなにも考えたくないがゆえに目を瞑った。
「バンッカアアァァァァーーーーー!!!」
直後轟音と衝撃破、これには僕もたちまち
「ばたんきゅー……ってな……」
0になるスタミナゲージと、”気絶判定に失敗しました”という画面端のポップを確認してねらう緒は暗闇に身を任せた。
◆
「助けにくんのおせぇんだよ味覚障害者!」
「hlp入ってすぐに課金アイテムのワープストーン使って助けに行ってやったろ!?しかも大金はたいて買った対ドラゴン用使い捨てパイルドライバーまで使って助けてやったんだぞ!?!??なんで文句言われなきゃいけねえんだよ!!!」
ねらう緒が気絶してから5分後、俺は気絶ペナルティによって5分間の全行動制限を受けている間にお気に入りのシーフードヌードルを啜りながら雅臣とネット越しに口論を繰り広げていた。
「とか言っておいて~」
「対ドラゴン兵器使うのメッッチャクチャ爽快でした」
「だと思ったよ、あれめっっちょかっこいいな!!?僕も使いたいよ、だってドラゴン一発で串刺しだぜ!!高レベルレア沸き強モンスターを一発!!!」
理不尽な罵倒の応酬は僕らにとってはご機嫌な印なのであった。