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恭は、近所の自動販売機で買ったミルクティのホットをマグカップに移し、すのこを敷いたベランダで飲んでいた。黒く分厚い雲が重なって低く空を覆っている。雨が降ってきそうだ、と、彼は思った。
寒くなってきたので部屋に入り、ガラス戸とカーテンを閉める。部屋の中は適度に暖房が効いていた。
台所に向かう途中、ふと彼の目にリビングのテーブルが入ってきた。このテーブルを見る度、恭は都姫が姿勢正しく座って離婚届に名前を書いている姿を思い出す。
『じゃあ、夏風邪ひかないようにね。』
そう言って清潔に微笑むと、彼女は静かに玄関のドアを閉めた。化粧をしない彼女の顔は子供みたいだと、いつも恭は思う。血色の良い透明な肌に、筋の通った鼻。眉はそんなに凛々しくなかったが、形が良いと彼はずっと思っていた。腰近くまであるウェーブを描く髪は、常にグレープフルーツの爽やかな香りがしていた。身体も細く、軽かった。
「おい」
「?!」
彼がバッと勢いよく振返ると、すぐ傍に、手を銃の様にして細く長い人指し指を恭の鼻先に突きつけながら、アズサが立っていた。
「バンッ♪」
「…心臓が止ったかと思った。」
恭がそう言って力無く笑うと、アズサは愉快そうに「そうかそうか」と言って、手元にあった椅子に腰掛けた。
「来るなら電話くらいしてくれよ。」
恭が彼の向かいの椅子に座りながら言うと、彼は意味ありげに微笑み、大きな紙袋をテーブルの上に置いた。
「なに、これ。」
恭は目を丸くした。そこには、大量に箱が入っていたのだ。
「シュークリームと、ドーナツと、ケーキと、醤油せんべい。あと、紅茶と酒各種。あ、あとクロワッサンも。」
アズサは指を一本ずつ折り曲げながら言った。恭は愕然としてしまう。いくら俺とアズサが甘い物好きだからって、こんなに買いこんでどうする気なのだろう。と、恭は箱の数とそこに入っているであろう菓子の数を想像し、胸焼けした。
「佐倉崎がさ、昼間事務所に来たんだ。」
アズサは、報道関係の仕事をしている。彼曰く、彼女は12時きっかりに事務所の入り口に現われ、彼を強引に近くのファミレスに連れ込み、そして唐突に、今夜スイーツパーティーを開くと言い出したのだそうだ。
「スイーツパーティー?」
「佐倉崎らしいだろ。で、だれ誘うのかって訊いたら、青春を共に過ごした、あんたを含めた4人って。だからたぶん佐倉崎と、お前と俺、それから五縞のことだと思う。」
最後の名前に、恭はびくっとした。
「晩飯もその時って言ってた。料理は恭に頼むってさ。」
恭は断れるはずがなかった。佐倉崎を怒らせると、あとが怖い。それはアズサも知っていた。
恭が了解を伝えると、彼はよしっと言って微笑んだ。
「じゃあ俺、佐倉崎迎えにいく約束してるから、行くわ。今…5時か。じゃ、一時間後に。俺たちで材料買ってくるから。」
彼はそう言って立ち上がると、軽く右手を挙げてさっさと部屋を出て行ってしまった。残された恭は、驚きと混乱で口を閉じることが出来なかった。




