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Lip Cream  作者: 蒼惟 宙
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5

「都姫〜!」

茉里がベンチから立ち上がり、手を挙げた。駅の改札を出た都姫が彼女に気がつき、駆け寄った。

「ごめんね、遅くなっちゃって。」

「ううん、私も今来たとこ。さあ、今日はたくさん買い物するよ!」

気合を入れて歩いて行く茉里を見て、都姫は笑みを浮かべながら追いかけた。


都姫たちは服や雑貨を大量に買い込んだ後、ビル街でたまたま見つけたオシャレな喫茶店でお昼を食べることにした。

「ここ、偶然見つけたにしては上出来だと思わない?」

オーダーを終えてから、茉里がグラスを揺すり、氷を涼しく鳴らしながら楽しそうに言った。都姫は、彼女のその口調ですぐにこれが必然であることを知った。

「私、こういう所好きよ。」

こげ茶色の木で作られた椅子とテーブル。静かに、そしてテンポ良く動く店員。控えめな音楽。壁一面の硝子。冬の太陽光線が眩しかった。

「そう、よかった。フフッ、こうやってたくさん買い物をするのも、たまには良いわよね。お金を思いっきり使っちゃうの。」

茉里は昔から、こういう思い切ったことが好きな子だった。自分のグラスを見ながら、都姫は思う。使うときは使う、そうじゃないときはちゃんと貯金しておく。それが彼女の良い所だ。

「だって、だらだら使っちゃもったいないよ。」

以前そう言っていた彼女の制服姿を、都姫は思い出す。

出会ったときから、彼女は整っていた。それも同時に思い出される。

「ねえ、都姫」

茉里が、今運ばれてきたばかりのオムレツをスプーンですくった都姫を見た。茉里の頼んだバジルのスパゲッティーはまだきていない。

「恭くんとのこと、ちゃんと決着つけた方が良いんじゃない?」

都姫は動きを止めず、口をもぐもぐ動かしながら彼女を不思議そうに見た。

「だって、あなたは少し人を想いすぎるところがあるんだもの。」

どうしてとも言わないのに、茉里はそう説明した。都姫は目を伏せ、一口水を飲む。

「あの、すいません。」

都姫と茉里が同時に横を向くと、そこには手帳とボールペンを握って頬を紅潮させた、高校生くらいの女の子二人が立っていた。

佐倉崎茉里(さくらざきまり)さんですよね?」

茉里が肯定の意味で微笑む。彼女たちは安心したように目を合わせた。都姫は、本日五度目となるその光景を黙って見ている。

「サイン、いいですか?」

一人が言うと、もう一人も同じようなことを言った。

彼女がそれに応じている間、都姫は恭との2回目の離婚について考えていた。

都姫は特に後悔していないつもりでいる。あれは二人で決めたことなのだから、と。

一昨年の夏、二人は風通しのいいマンションのリビングで名前を書いた。

『この紙にこんなに何度も名前を書くなんて、思ってもみなかった。』

都姫が言うと、隣に座っていた恭は困ったような微笑みを彼女に向けた。

『俺も。』

「ちょっと都姫、瞬きしてないよ。」

都姫ははっと我に返った。茉里が不安げな顔で見ている。

「あれ、サインは終わり?」

「うん。あの子たちの後にもう一人女の人がきて、その人にもサインしたけどね。」

茉里がバジルのスパゲッティーをフォークに巻き付けながら微笑んだ。バターの良い匂いが漂う。

「モデルさんも大変ね。」

「そお?」

茉里はモデルとして雑誌などで活躍している。高校生のときから活動していて、それでも彼女はいつも都姫と遊んだり、夜遅くまで話をしたりしていた。

「それより都姫、さっきも言ったけど、あなたは人を想いすぎるの。」

茉里が言う『人を想い過ぎる』とは、『他人の事を自分以上に考えてしまう』ということだ。都姫は考えてみた。

自分はそんなつもりではなかったのだが、客観的に見れば、

「そうかもしれない。」

そうかもしれない。都姫はもう一度胸の内で呟いた。

茉里はしばらく都姫の長い睫毛が影をつくった目元を見ていたが、不意にメニューを取り出し、それを開いて都姫に手渡した。デザートのページだった。

「一人二つ、ケーキを食べましょう。」

その提案に都姫はぎょっとしたが、元気付けようとしてくれている親友の行動を、彼女は素直に受け入れた。


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