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恭が決めた待ち合わせ場所は、彼の自宅の最寄り駅にある時計台の下だ。この時計台は、毎時刻ちょうどになると決まったメロディーが流れ、人形が出てくる。
「お待たせ。」
恭が声の方に振り向くと、そこには伊井島がいた。伊井島は、彼の仕事場の同僚の妹だ。
「瀬朶さん、ちょっと久しぶりだね。」
「うん。」
二人は一緒に切符を買い、電車に乗って、目的地の海を目指した。
「悪いな。車、今朝点検に出しちゃってさ。」
うん、と伊井島は声だけで頷いた。
「どうしたんだよ。いつも海に行く時はそんなに大人しくないじゃないか。」
電車に乗ってしばらくしてから、恭は、窓の枠に肘をついて外を眺めている伊井島に茶化すように言った。伊井島がちらっと眼だけで彼を見る。
「そうね。」
彼女はまた外を見た。恭は首を傾げた。
「なにか、悩み事か?」
彼がそう言ったとき、電車が彼らの降りる駅に止った。二人は無言で立ち上がり、ホームに降り立った。
「さっき、悩み事って、瀬朶さん聞いてくれたでしょ?」
伊井島が裸足の指で砂を弄りながら言った。隣に座っている彼は、「うん」と返事をした。冬が始まったばかりの11月の海には、だれもいなかった。二人は駅から20分ほど歩いた所の海岸に座り、冷たい色をした、果てしなく続く水の向こうを見ていた。
「私ね、好きな人がいるの。その人がね、大好きなの。」
「…そう」
いつも明るい伊井島が、重い口調でそう言った。恭が砂を両手で掬って落とす。
「どうすればいいかな。」
彼女は片膝を抱き寄せ、その上に顎を乗せた。
「どうすればって、付き合ってるんじゃないの?」
恭が不思議そうに訊いた。伊井島は首を振る。
「私が一方的に思ってるだけなの。でも、その人のことはよく知ってるんだ。お兄ちゃんから聞いたから。」
「そう。」
波の音が、少し寒かった。空は晴れ渡っているけれど、そこに浮かぶ雲は灰色だった。恭は、そんな空を見上げる。
「気持ちを伝えれば。」
恭は両手を後ろに置きながら眩しそうに眼を細めた。伊井島が非常識だという目で彼を見る。
「そんなこと、できたらとっくにしてるよ。」
「今すぐって意味じゃなくて、もう少ししたら。もう少し、別の角度も含めてその人を見てから、よく考えるんだ。焦る必要無いんだからさ。」
彼女は恭の横顔を、眼を見開いてみていた。彼は少しだけ彼女の方に顔を向け、微笑んだ。
「…分かった。そうしてみる。」
伊井島は立ち上がった。
「今日はね、このことを聞いてもらう為に海に行こうって誘ったんだ。」
伊井島が恭の方を振返って、見下ろした。
「ありがとね。」
そして微笑んだ。




