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Lip Cream  作者: 蒼惟 宙
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都姫は、最近はアパートでぼーっとしている事が多い。なんだか疲れてしまった。少しだけ左手を動かせるようになった。料理も買い物も家の事も恭無しでできる。

恭無しで。

分らない。どうしてこんなにも苦しくて苛立った気持ちの悪い感じが纏わりつくのか。5月は鬱になりがちなのだろうか?颯太のことではないことは確かだ。颯太の気持ちを知ってからの恭への気持ちだと、都姫は紅茶を啜りながら思う。

私は、まだ恭のことが好きなんだろうか。いや、好きでいてはいけない。

考えは頭の中で低迷するばかりだった。

リリー…ン

都姫は勢いよく立ち上がり、玄関へと駆け寄った。穴を覗くと、知らない女の子がそこに立っていた。なぜか、がっかりする。

「こんにちは。五縞都姫さんですよね?」

七分丈の黄色いブラウスに白い長ズボンを履いたその子は、笑顔で言った。都姫は驚きで一瞬呆然としたが、そうですよと頷いた。

「私、伊井島洋子って言います。」

「伊井島さん………あ、あの、どうぞ上がって。」

都姫はドアを大きく開け、伊井島というその子を部屋へ通した。

伊井島は、都姫の家に来た誰もが言う台詞を、感動したように言った。

「わあ…きれいに片付いたお部屋ですね。」

「ありがとう。あ、窓際の方が気持ちがいいから、そこのカーペットの上にでも座ってね。」

ありがとうございますと微笑んで、彼女は言われた通りに座り、中庭を眺めていた。

紅茶をいれながら、どうして見ず知らずの女の子が私の家に来たのだろうと、首を傾げた。彼女とどこかで会った覚えは全く無いし、見たところ大学生くらいだ。知り合いに、あんな可愛らしい大学生くらいの女の子はいない。


「あの、今日はどうしてここへ?」

都姫は彼女の向かいに座りながら、紅茶を伊井島の前に置いた。

「特に用事はないんです。ただ、あなたに会ってみたくて。」

笑顔を都姫に向けてから、いただきますと言って彼女は紅茶のカップに口をつけた。さらに首を傾げながら、都姫は彼女を見つめる。伊井島は問いかけるような都姫の視線に気付き、カップを置いた。

「五縞さんのことは、瀬朶さんから伺ってます。」

ものすごい衝撃が都姫の中で渦巻いた。驚きよりも、悲しみよりも、怒りよりも強い感情が、有無を言わせず押し寄せてきた。ほとんど無に近いと言ってもいい。

都姫の顔を見て、何を読み取ったのか、彼女は恭のことについて話す茉里のように目を輝かせて、少しイタズラっぽく笑った。

「大丈夫ですよ。瀬朶さんはあなたのことが好きですから。」

都姫は目を見開き、彼女を眺めるように見た。それを見た伊井島は、楽しそうに微笑んだ。

「瀬朶さんが行った通りだ。五縞さんの目、すごく綺麗。」

都姫は何が何だか分らなくなってしまい、軽く目眩がした。

恭が私のことを好きって、どういうことなんだろう。それは本当のことなんだろうか?これは夢なのだろうか?私は――

「都姫」

隣で声がした。二人がそちらを向くと、そこには大きなカバンを提げた茉里が立ち尽くして、二人を見下ろしていた。

「あ、茉里。ごめんね、気づかなくて。」

都姫は立ち上がって、今自分が座っていた場所に彼女を座らせた。伊井島は口を半開きにしたまま、茉里を見つめていた。都姫がもう一つカップを持って来て紅茶を注ぐと、茉里はそれを受け取ってから都姫に目で訊いた。

「あ、こちらは伊井島洋子さん。伊井島さん、私の友達の――」

「佐倉崎茉里さん…ですよね?」

茉里が驚いた表情のままうなずくと、伊井島は歓声をあげた。

「すごーい!五縞さん、佐倉崎さんとお友達だったんですね!わあ…」

茉里にはファンがかなり多い。テレビに少しずつ出るようになってから、その人気はますます上昇していた。そんな親友を、都姫は誇らしく思った。

それから3人はだんだん打ち解けて、いろいろと話をし、それは6時間近くにも及んだ。

「あ、もうこんな時間なんですね。私、これから兄と約束があるので失礼します。」

伊井島は立ち上がり、茉里に軽く頭を下げてから、都姫と一緒に玄関へと向かった。外へ出ると、あたりはすっかり灰色がかったあかるい青色に染まって、不思議な初夏の夕方の空気を流していた。

「今日はお会いできて良かったです。また来てもいいですか?」

伊井島は来たときと同じ笑顔でそう言った。都姫がもちろんと言うと、彼女は小さく手を振ってから、駅へと歩いて行った。

「ちょっと都姫、あの子恭くんに告ったんでしょ?!大丈夫なの?」

リビングへ戻ると、茉里が頬を紅潮させていた。都姫は予想通りの彼女の言葉に、笑みを返した。茉里は「まったく…」とため息混じりに微笑みながら、かるく首を振った。

「ま、フラれちゃったらしいけど。あーあ、海外ロケから帰ってそうそうこれだ

もんなぁ。心臓に悪いよ。」

茉里はそう言って、うんと背伸びをした。

今晩は泊りにきたという彼女と一緒に夜ご飯を作りながら、都姫は午前中の鬱な気持ちなど忘れてしまった。


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