15
目を覚ますと、蛍光灯の光が眩しく、都姫は思わず眉根を寄せた。左腕が動かず、右腕にも包帯が巻かれていて、上手く身体に力を入れることが出来なかった。瞳だけを動かし窓の外を見ると、大量の雲が空を多い、青空は見えなかった。
「都姫」
驚いて瞳を反対側に動かすと、そこに恭が座っていた。青白い顔や目の下の隈が、ずっと寝ていないことを都姫に知らせた。気力をすべて吸い取られてしまったように座っていたが、それでも彼は都姫に微笑みかけた。都姫は、知らない町で迷子になり、ようやく見つけてもらったときのような、そんな安心を感じ、恭が今自分の傍にいることを心強く思った。この安定した感覚は、恭という存在でないと味わえないのだと思った。
「あの車の人、怪我しなかったかな。」
都姫が言うと、恭は頷き、「大丈夫だったって、警察は言ってたよ。」と言った。
「夕方にアズサも来るから。佐倉崎は、どうしても仕事がはずせないらしくて、終わったらまたすぐ来るって言ってた。」
都姫は彼が話をしている間ずっと彼の目を見ていたが、その彼が真っ直ぐ返してくる視線に堪えられなくなって、彼女は自分から目を逸らした。
「杜芳くんも茉里も忙しいのに、私のせいで二人が大変な思いをしなきゃいけなくなっちゃった。」
「都姫だからだよ。」
恭の自然な口調で言った言葉が、都姫には信じられなかった。
私…だから…?
「都姫を大切に思ってるから、無茶するんだ。都姫を守るのは、俺たちの役目だからな。」
そう言って、ちょっと待っててと恭は立ち上がった。
頷いた後、ドアの方に向かう彼の背中を見ていた都姫を突然、淋しさと悲しさが襲った。
「恭…」
「ん?」
そして、思わず呼び止めてしまった。彼が立ち止まり、彼女を振返る。都姫は泣きだしそうになる。
「…なんでもない。」
彼は優しい微笑を浮かべた。ますます都姫の中に、喉が詰りそうになるような思いと感情が蓄積される。
どうして私に優しくしてくれるの?
「すぐに戻ってくるよ。」
そうして彼は部屋を出た。都姫は、誰にも見られない様に涙を流した。
「五縞、調子はどう?」
杜芳がお見舞いの小さな花を持って、夕方、赤とオレンジと黄色の光が射しこむ病室に参上した。恭がその花を受け取り、花瓶に生けに行った。
「杜芳くん、ごめん。」
都姫が彼を見て言った。彼は、「なんで謝るんだよ。」と笑った。
「だって、忙しいのにわざわざ来てくれたから。」
すると、彼は大らかに微笑み、都姫の顔を見て当たり前のように言った。
「どこにいても、お前に何かあったら俺は飛んでくるぜ。」
都姫は目を見開いた。そこにちょうど恭、それから茉里が入ってきた。茉里は都姫を見たとたん、くっきりとした二重のよく似合う目に涙を溜め、怪我に触れない様にして都姫を優しくふんわりと抱きしめた。
「都姫!よかった。ホントに私、どうしようかと。よかった…」
「茉里…ごめんね…」
恭と杜芳は、それを見てから互いに目をあわせた。茉里が緑のパイプ椅子に座り、都姫の右手甲の上に手を重ねた。
「しばらく入院しなきゃいけないけど、都姫の会社には連絡いれといたから。」
ありがとうと、都姫は微笑んだ。首を傾げることは出来なかったが、目を細めて。
「私、今からはずせない用事があるんだ。ごめんね、また明日絶対来るから。」
「俺もなんだ。悪いな、五縞。」
都姫は、何度も約束をする二人に「ありがとう」と言い、笑顔で見送った。
「恭は、仕事大丈夫?」
都姫が心配そうに言った。彼は、茉里が座っていた椅子に腰掛けた。
「しばらく休みをとった。」
恭が何でもないように穏やかに微笑む。都姫はそれだけで胸が一杯になる。
「事情を説明したら、了解してくれたんだ。」
「…でも、そんな…」
都姫は、恭や茉里、杜芳を縛りつけている自分を激しく呪った。
私が、彼らに苦労をかけているのだ。私が――
「都姫の傍にいないと、ダメなんだ。」
恭が真剣な顔で彼女を見る。都姫はその声に、そんな…の続きが出てこなかった。
「不安になるばっかりだからな。俺の勝手な行動だから、都姫のせいじゃないんだよ。」
それって…
都姫は、しかし即座に否定した。
チガウ。キットソウイウイミジャナイ。
「五縞さん。」
小柄で可愛らしい顔をした看護婦が、扉をノックしてから部屋に入ってきた。
「頭部の検査をしますね。」
彼女はその顔にピッタリの声で言った。