表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lip Cream  作者: 蒼惟 宙
10/29

10

目を覚ますと、恭は体中に痛みを感じた。しばしばする目を擦り、横を見ると、都姫が彼に寄りかかって眠っていた。一瞬、彼は何が起きたのか分からなかったが、昨日のパーティーを思い出し、安堵の息をついた。

結局あの後、午前3時頃までみんなで酒を飲み、5、6本の映画を見た。そしていつのまにか眠ってしまったのだ。クリーム色の壁に掛けられた白い振り子時計は、9時を少し過ぎていた。冬用の分厚いアイボリーのカーテンから、外の光が漏れている。

フローリングで毛布に包まって眠っているアズサと佐倉崎を避けながら、彼はそっと台所に行った。12月の朝は寒い。

「あれ…」

コーヒーを入れる為のお湯を沸かしていると、リビングの方から寝ぼけた声が聞こえた。恭が顔を上げると、ソファの上で都姫がぼんやりと座っている。

「おはよ、都姫。」

恭がガスコンロの前に立ったままカウンター越しに声をかけると、トロンとした目が彼を見た。そして、その目は瞬間に見開かれた。彼女は辺りをキョロキョロと見回す。

「どうした都姫、俺の部屋だよ。」

俺の部屋?

言ってしまってから、彼は悲しいとも虚しいともつかない感情に襲われた。

都姫は、そうだった、と納得したように息をゆっくり吐き、恭と同じように足元の二人を避けてソファを降りた。そして、窓の前に立ち、カーテンを開けた。光が当たると、都姫のウェーブを描いた長髪はオレンジに近い赤色に変色した。

「仕事が休みでよかった。」

都姫がその細い指をもつ両手で髪を掬い上げた。そして一度背伸びをしてから、くるっと恭の方に向きかえった。

「昨日はあなたがご飯作ってくれたから、今日は私が作ろうか。」

都姫が提案するように言いながら、すたすたと台所に侵入し、流し場で手を洗った。恭は正直なところ嬉しかったが、少し躊躇いもあった。

「い、いいよ。俺――」

「いいからいいから。」

そう言うと、都姫はほとんど強引に恭を台所から押し出した。彼はしばらく入り口に突っ立っていたが、ふっと口元が緩んだ。


「佐倉崎たち、起こした方が良いかな。」

野菜がたっぷり入ったサンドイッチをほおばりながら、恭は気持ちよさそうに眠っている彼らに視線を向けた。コーヒーを彼のカップに注ぎながら、都姫も彼らを見る。

「このままにしときましょ。茉里も来週から忙しいから、今週末は唯一の休みだって言ってたし。杜芳くんは、大丈夫?」

「昨日休みとってきたって言ってたから、大丈夫だと思う。」

こんな風にまともに会話をするのは、一昨年の夏以来だ。恭は二人を見たままそう思った。きっと都姫もそう思っているだろう。

かなり長い間、静かな時が流れた。

外から鳥の鳴き声が聞こえてくる。きっと側の電線に止っているのだろう。それよりも、都姫はどうしてこんなに普通にしていられるんだ。俺は、今にも緊張で潰れてしまいそうなのに。

そんなことを考えながら恭は最後の一口を口に入れ、食器をさげた。

もう一度戻ってくると、口を微かにもぐもぐと動かしながらも、都姫は瞬きもせずに静かに座っていた。そんな時の彼女のかたちが、恭はなんだか小動物のように思えて好きだった。

「なに?」

恭が頬杖をして言った。都姫が静かに彼を見返す。あの大きな透き通る目で。

「…変な感じ。」

いつかの時のように、彼は困ったような微笑みを彼女に向けた。

「俺も。」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ