10
目を覚ますと、恭は体中に痛みを感じた。しばしばする目を擦り、横を見ると、都姫が彼に寄りかかって眠っていた。一瞬、彼は何が起きたのか分からなかったが、昨日のパーティーを思い出し、安堵の息をついた。
結局あの後、午前3時頃までみんなで酒を飲み、5、6本の映画を見た。そしていつのまにか眠ってしまったのだ。クリーム色の壁に掛けられた白い振り子時計は、9時を少し過ぎていた。冬用の分厚いアイボリーのカーテンから、外の光が漏れている。
フローリングで毛布に包まって眠っているアズサと佐倉崎を避けながら、彼はそっと台所に行った。12月の朝は寒い。
「あれ…」
コーヒーを入れる為のお湯を沸かしていると、リビングの方から寝ぼけた声が聞こえた。恭が顔を上げると、ソファの上で都姫がぼんやりと座っている。
「おはよ、都姫。」
恭がガスコンロの前に立ったままカウンター越しに声をかけると、トロンとした目が彼を見た。そして、その目は瞬間に見開かれた。彼女は辺りをキョロキョロと見回す。
「どうした都姫、俺の部屋だよ。」
俺の部屋?
言ってしまってから、彼は悲しいとも虚しいともつかない感情に襲われた。
都姫は、そうだった、と納得したように息をゆっくり吐き、恭と同じように足元の二人を避けてソファを降りた。そして、窓の前に立ち、カーテンを開けた。光が当たると、都姫のウェーブを描いた長髪はオレンジに近い赤色に変色した。
「仕事が休みでよかった。」
都姫がその細い指をもつ両手で髪を掬い上げた。そして一度背伸びをしてから、くるっと恭の方に向きかえった。
「昨日はあなたがご飯作ってくれたから、今日は私が作ろうか。」
都姫が提案するように言いながら、すたすたと台所に侵入し、流し場で手を洗った。恭は正直なところ嬉しかったが、少し躊躇いもあった。
「い、いいよ。俺――」
「いいからいいから。」
そう言うと、都姫はほとんど強引に恭を台所から押し出した。彼はしばらく入り口に突っ立っていたが、ふっと口元が緩んだ。
「佐倉崎たち、起こした方が良いかな。」
野菜がたっぷり入ったサンドイッチをほおばりながら、恭は気持ちよさそうに眠っている彼らに視線を向けた。コーヒーを彼のカップに注ぎながら、都姫も彼らを見る。
「このままにしときましょ。茉里も来週から忙しいから、今週末は唯一の休みだって言ってたし。杜芳くんは、大丈夫?」
「昨日休みとってきたって言ってたから、大丈夫だと思う。」
こんな風にまともに会話をするのは、一昨年の夏以来だ。恭は二人を見たままそう思った。きっと都姫もそう思っているだろう。
かなり長い間、静かな時が流れた。
外から鳥の鳴き声が聞こえてくる。きっと側の電線に止っているのだろう。それよりも、都姫はどうしてこんなに普通にしていられるんだ。俺は、今にも緊張で潰れてしまいそうなのに。
そんなことを考えながら恭は最後の一口を口に入れ、食器をさげた。
もう一度戻ってくると、口を微かにもぐもぐと動かしながらも、都姫は瞬きもせずに静かに座っていた。そんな時の彼女のかたちが、恭はなんだか小動物のように思えて好きだった。
「なに?」
恭が頬杖をして言った。都姫が静かに彼を見返す。あの大きな透き通る目で。
「…変な感じ。」
いつかの時のように、彼は困ったような微笑みを彼女に向けた。
「俺も。」