骨折?
亜后莉は、頭をクッと持ち上げ、斜め右上方向を見た。
「起き上がれるかい?」
中年女性の顔が空の青を遮った。白いケーブル編みのニット帽を被っている。浅黒い肌が、余計にそのニット帽に亜后莉の視線を引き付けた。浅黒くシワシワの唇から、数個の銀歯がのぞく。
女が亜后莉の肩に手をかけた時、ようやく雪の冷たさが背中から、腕から、足から、キンキンと伝わってきた。
「あ、すみません……」
亜后莉は女の手を借り、よろめきながら立ち上がった。
「随分と派手に転んだねえ。怪我はないかい?」
「……はい、おそらく」
歩き出そうとして、左足のふくらはぎあたりにズーンとした鈍いものが走った。
――骨でも折れた……?
いや、ちょっと重めの捻挫だろう、と深くは受け止めなかった。
もし折れているのならば、この程度の痛みでは済まない筈である。
中学時代、クラスメイトの男子が学校で骨折したのを思い出した。体育の授業中で、バレーボールの試合をしていた時だった。相手コートからのボールをブロックしようと、小柄な彼はおそらく体中の筋肉を使って目一杯のジャンプをしたのだろう。次の瞬間、ドーン!と大きな音を立て、思いっきり板張りの床に打ち付けられた小さな彼の体が転がっていた。彼は立ち上がれず、うめき声も上げていたので、これはもうまさに骨折に違いないと体育教師も判断した。そこにいた誰もが、一大事だと思ってその様子も見守っていた。そうして、そのまま担任教師の車で病院に運ばれ、診断の結果、大腿部の複雑骨折とのことだった。
骨折とは、亜后莉にとってはそういうイメージなのだ。
「どこまで行くの? 歩けるかい? もしアレなら、肩を貸すよ」
女は心配の表情を浮かべていたが、見ず知らずの人間の肩を借りてあと100メートル程の距離を歩くのは気が引ける。
「なんとか歩けそうなので、大丈夫ですよ。ありがとうございます、すみません」
「そうかい? 気ぃつけて。また転ばないように」
亜后莉は、時計を気にしながら学校へと足を引きずった。