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06

 次に保健所職員たちは食器類をファスナーのついた袋に入れる。

「余計なお世話かもしれねえが」父が彼らの背中に言った。「木串も調べたほうがいいんじゃねえのか」

「キグシ……ですか?」

 小柄な職員が振り返る。

「ああ。その昔オーストラリアやフランスであったろう、夾竹桃の枝をバーベキューの串代わりにして死亡したって事件が。オレアンドリンとかなんとかいう致死性の毒物が熱によって沁み出すそうじゃねえか」

「よく御存じですね。そのとおりです」

 保健所職員の眼鏡は防護マスクで曇っており表情が判別しづらい。

「シジミから取れるのはオルニチンだっけか?」父は真面目くさった顔で続ける。「効くかな、朝スッキリしないオレのチンにも」

 下品なジョークは父の十八番だ。僕は顔から火が出るほど恥ずかった。

「柘植さん……でしたね?」

 父と若い職員のバカ笑いを遮ったのは、父が裕美ちゃんと呼ぶ女性の聴取をしていた警官だった。

「俺はやってねえよ、とか言ってみるか?」

 父が僕の耳元で囁く。さっきのジョークといい、この状況でおちゃらける神経が理解できない。

「……やめろよ」

「我々はこれで――」

 サンプルの採取を終えた保健所職員たちは警官と挨拶を交わし乗ってきたライトバンに戻って行った。

「食中毒患者たちの連絡先をご存知だとか」

 父より幾らか若い警官の左胸には警部補の階級章があった。

「ああ、これに全員のが入ってる」

 父はスマートフォンを警官に差し出して言った。

「拝見しても?」

「かまわねえけど……、所長の脇原はあの歳でひとりもんだ。あいつの場合、実家に連絡するしかないぞ。営業主任の田中んちは嫁さんも仕事に出てるから携帯にメッセージを残すしか……あっ、嫁さんの勤務先はだな――」

「こちらで名前をいいますので、連絡が取れる電話番号を教えて下さい」

 警官は伸ばした手を引っ込めて苦笑する。

「いいとも」

 父はしたり顔でスマホのディスプレイに指を這わす。

「では、脇原さんからお願いします。実家の苗字は同じですね?」

「ええと、脇原はだな……。05×――」

 そんな調子で、父は六名分の連絡先を読み上げていく。事細かな情報提供に警官も感じ入った様子だった。格別、医療に詳しいでもない父が食中毒の現場に呼ばれたのは、その辺りが理由だったのだろう。

「以上です、ご協力に感謝します」

 最後の連絡先を書き留めると、警官は手帳をポケットに仕舞い込んで言った。

「連中はどこの病院に運ばれたんだい?」

 父は名刺を取り出して警官に渡す。ちらりと見えたそれには『翻訳業』の肩書きがあった。

「あれ?」警官が言った。「同僚だと言われませんでしたか?」

「ああ、翻訳は副業だよ」

 すぐにバレそうな嘘をつくところは昔と全然、変わっちゃいない。

「そうでしたか。状況からして食中毒だろうとの判断で――」警官は一度、仕舞い込んだ手帳を取り出して読み上げる。「血液内科のある沢村病院に搬送すると救急隊員が言ってました。ご存知ですか?」

 父はこくりと頷く。

「柘植さんは車でおいででしたね。だったら大麻さんを送ってあげてもらえませんか。こんなことになっているとは知らず、乗せてきてもらった弟さんを帰してしまったらしく――」

 警官が視線を振った先、さっきまで聴取に応じていた女性がミニパトの後部座席で婦警に付き添われていた。

「わかった。俺が送って行くよ」

「後日、またご協力をお願いするかもしれません」

「いつでも、なんなりと言ってくれ。裕美ちゃんとこへ行ってもいいかい?」

「どうぞ」

 父はミニパトが停められた場所に向かって歩いて行った。


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