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成田電車区長「そんなんがお役所に通りまんのんか? しかもこんな時期でっせ」

村田運輸部長「支社長が、ああおっしゃるんですから――」

成田電車区長「呑気なことゆうてると、そのうち助役・指導官クラスも契約社員にされてまうで。おまえなんか、いの一番じゃ!」

野々村指導総括助役「おいおい、冗談やないで。うちは下が学校出るまでまだ三年もあるんや」

成田電車区長「そんなん、うちとこかていっしょや!」

橋田「静かにしたまえ! いまのところ助役や指導官を契約社員にする予定はない」

野々村指導総括助役「いまのところて、そんな……」

「失礼します」喧噪に紛れ女性の声がした。「お客様がお着きになられました」

 仲居が客人を案内してきたようだが、これは僕の予定にない。パンパンと手を叩く音がする。「お招きしていたゲストがいらっしゃった」橋田の声だった。

野々村指導総括助役「誰や? ゲストて」

成田電車区長「わしが知るかい」

「どうも、遅くなりまして」

橋田「こちらは国交省鉄道局都市鉄道課の今来栖課長だ。例の事故で特別保安監査がはいった時、一方ならぬお世話になっている。今回、効率化に関しての助言を仰ぐべくこの勉強会に参加なさって下さる。お忙しい中、はるばるお越しいただけたんだ。感謝したまえ」

 イヤフォン越しにも場の空気が張り詰めたのがわかる。

今来栖「局次長も同席する予定でしたが、今夜は地検の村松検事正と先約がありまして――。万事、順調に進んでいる。橋田さんにそう伝えてくれとのことでした」

 案ずることはない――無機質で平坦な声で語る言葉が座の一同に安堵の静寂をもたらせた。

 予め監査対象をNNRにリークし、公開されてまずい物は破棄しておくようにと指示を出す。安全性向上計画の文書による提出、遺族説明会の開催日程とその対応など、運航再開に向けてのスケジュールは国交省主導で練られていた。

 ――厳しく調査して断固たる処分を下す。一期だけ務めて去っていく大臣の言葉に官僚が従うとは限らない。むしろ従わない場合のほうが多いくらいだ。彼らにとって守るべきは大口納税者であり将来の天下り先となる大企業であって亡くなった百七名の生命ではなかった。

「おい、聞いてんのかよ」

 山口に肩を揺すられ、聴覚に向けていた意識を送別会の部屋に戻した。持っている仁科織江の上半身が隠れるほど大きな花束が僕の眼前にあった。

「今夜、ここに来られなかったひとを含め一緒に仕事をしたことのある全部のひとたちが、柘植さんと逢えなくなることを寂しがっています。悲しんでいます。そしてみんな、柘植さんのこれからを応援しています」

 だけどここにいるのはたった八名。「どうもありがとう」――人望のない僕を憐れんでくれて。

「嘘じゃないです!」行間を自虐で埋める僕に、仁科織江は怒ったような顔で言った。「少ししかお話しできなかったわたしにも柘植さんが繊細で温かいひとだってことはすぐにわかりました。長く一緒に働いてた方たちならもっと……。見てください、これ」

 花束を脇に置いた仁科織江は、背後の青山裕子から図面入れを受け取る。ケースを開けるとびっしり書き込みがされた色紙が二枚出てきた。

「三カ月近く音沙汰なしだったのが突然あらわれたと思ったら『明日の晩、送別会をする』なんて言うじゃない。急過ぎるのよ。わたしだってデートをキャンセルして来てあげてるんですからね。はいこれ、佐々木次長からの餞別」

 直井美紀が僕に小箱を差し出す。

「佐々木さん、次長に昇進したのか?」

「ええ。次長はおっしゃっていたわ。俺は柘植に合わせる顔がない、って。だからわたしが預かってきたの」

 サイズと包装から小箱の中身は万年筆かなにかのようだ。

「このうちの何本かは俺が出してんだからな」

 桜井課長代理が言った。ちゃっかり花束を抱えている。

「課長、みみっちぃっすよ」

 山口が絶妙なタイミングで合いの手を入れ、笑いの輪が広がる。気がつけば送別会参加者全員が僕を囲むように座っていた。胸にこみ上げるものを堪え、僕は奥座敷に注意を向けた。

今来栖「既に世論はコントロールしつつあります。新聞やテレビであの事故が取り沙汰される機会が随分と減った、そうは思われませんか?」

成田電車区長「言われてみれば……」

野々村指導総括助役「お役所はそんなこともできるんでっか」

今来栖「蛇の道は蛇です」

 死んでから知ったことだが、日本にもエスタブリッシュメントは存在する。彼らは情報の発信地であるメディアを沈黙させ、政界にも及ぶその力で国策を選択させていた。事故の直接的原因となったのは運転士の操作ミスだが彼は亡くなっている。刑事裁判では個人責任を問うため起訴対象を歴代社長にすれば無罪判決も勝ち取りやすい。地検の検事正も鉄道局次長も、巨大な意志に動かされるひとつの駒に過ぎない。

野々村指導統括助役「ほなら、儂ら、安心してていいんですな?」

今来栖「マスコミの取材には極力応じないようにして下さい。週刊誌は特に、です」

成田電車区長「聞いたか、村田」

村田運輸部長「はい」

 以前、述べたとおり、起訴された四名全員の判決が下るまで八年もかかった裁判で全員が無罪を言い渡されている。

橋田「ちょっと失礼します」

 僕が〝弾き飛ばしの刑〟を言い渡す予定の橋田が席を立った。


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