20
「どうした?」
「なっ、なんでもねえよ」
「嘘の下手な男だな。わたしはたったいま、とんでもない発見をしてしまいましたと顔に書いてあるぞ」
「そんなもん書いてねえ!」
ムキになる時点でばればれだ。
「なにを見つけたんだ、言ってみろ」
「なんだ、偉そうに」
「俺は営業本部長、おまえは課長。命令系統には従ってもらわんとな」
「あっ! この野郎、俺を使いっ走りにするために所長になんかしやがったんだな」
「ははは、いま気づいたか。臨時でも脇原と同じだけの給料は出してやるんだ。さあ言え」
父の歯軋りが聞こえてきそうだ。
「このトレーラーで運んでたのは、おまえの予想どおりヘリかもしれねえ」憤怒を呑み込み、父は不貞腐れたように言った。「ジェットスキーの燃料はガソリンだが、このトレーラーからは灯油とオイルが混ざったような匂いがする。農薬散布ユニットを積んで飛ばすにはパワーが必要だからジェットエンジンを使うって庄司が言ってたのを思い出した」
近視で老眼も始まっていたが、聴覚と嗅覚はめっぽういい父だった。
「なるほどな。よし、次だ。トレーラーが残っているということはヘリを持ち帰らなかったってことだ。なにせ深夜だ、操縦を誤って落下している可能性もある。探してみよう」
「探すたって、そこいらにゃ見当たらねえぞ。誰かが持ち去った後ってこともあるだろうしな」
父は辺りをきょろきょろ見回した。
「ちょっと待て」
上着の内ポケットから携帯電話を取り出すと矢貫氏はどこかにかける。
「いつもお世話になっております。井ノ口サンライズの矢貫でございます。副署長さんはおられますか」
「フクショチョウ? おまえ、どこにかけてんだ?」
矢貫氏は手を上げて父を制した。「あっ、はい。先日はどうも。――ははは、御冗談を。――ええ。 ――はい。それはまたいずれ日を改めまして。ところでつかぬことをお訊ねしますが――」
「ちぇっ」
たった数分が待ちきれず父はタバコに火を点けた。電話を切った矢貫氏が父に向き直る。
「そういった遺失物の届けはないそうだ」
「中署に電話したのかよ」
「この辺りに見当たらないってことは」矢貫氏の視線は堤脇に生い茂った竹藪に向けられる。
「おい、まさか……」
「さすがにその恰好じゃあ無理だろう」
父はワイシャツにコットンパンツのスタイルだ。車に戻ろうとする矢貫氏の背中を安堵の表情で眺める。
「これを着るといい」矢貫氏がベータのトランクから取り出したのは、あの保健所職員が着ていたのと大差ない宇宙人のような防護服だった。「おっと、これも要るな」以前はきっと白かっただろうゴム長は、地面に置かれた途端、くたりと半分に折れる。
「マジかよ……」
父はがっくりと肩を落とした。
「頼んだぞ、柘植課長」
灌木を掻き分けて竹藪を進む父がぼやく。「くっそお! あの野郎、いつか覚えてやがれ」時折、野鳥やカエルなどが立てる物音にビクつきながら――父は蛇が大の苦手だったのだ。折れて垂れ下がった枝が身体に触れる度、凍りついたように立ち止るのとぬかるむ足元が墜落ヘリの捜索を難航させていた。
「脅かすんじゃねえっ!」
竹藪にはいって二十分程経過した頃、父が叫んだ。携帯電話のイヤフォンに矢貫氏から着信でもあったのだろう。
「そんな簡単に見つかるなら苦労しねえやな。そもそも、あるのかないのかさえわかんねえのによお。あっ……、あったかもしんねえ」
父の左手前方30メートルほど、藪の密度が粗くなった辺りに黄色い垂直尾翼が覗いていた。
「ああ? せっかく見つけたの近づくなってのはどういう――あ、そっか」
父が着用している防護服は矢貫氏が養蜂業者から借りてきたもので、頭部の保護はネットしかついていない。時間が経っているとは言え、安易にヘリに近づくのは自殺行為だとでも矢貫氏に諭されたようだ。
「待ってろ、ここからじゃケツしか見えねえ。薬剤を撒くヘリなら見た目からして普通のラジコンヘリとは違うだはずだ。ちょっくら調べてくらあ」
父が身体を動かすと防護服のベンチレーションから蒸気が上がる。なかはきっとサウナ状態だろう。視野にヘリを捉えたまま父は前進を始めた。




