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「へえ、ラジコンヘリですか」

「ええ、土日によく河原で飛ばしているでしょう。あの音を聞き間違うはずはないわ。だけど非常識じゃなくって? 夜中の二時だったのよ。うるさくて勉強ができないってトオルちゃんが言うものだからやめさせるよう主人を起こして行かせたのに……」

「やめなかったんですか?」

 一番の被害者は夜中に起こされたあんたのご主人だ――父の顔にはそう書いてある。

「いいえ、ラジコンヘリも見えなければ人影も見つからなかったと主人が――」

「じゃあ、対岸のサッカーコート辺りから飛ばしていたのかもしれませんね」

「トオルちゃんが受験に失敗したらあの騒音のせいだわ。これってどこへ届ければいいのかしら」

「と言うことはいまも?」

「いいえ、あの食中毒騒ぎの三~四日前だけだったわ。あっ、それと月曜日の夕方にもそれらしい音が――」

「だったら、当人も気づいたんですよ。夜中にヘリを飛ばすのが傍迷惑だってことに」

「そうだといいんだけど……。あ、トオルちゃん、出掛けるの?」

「図書館」

 玄関横の階段を降りてきた僕と同年配の青年は主語も述語も使わず意志を伝える。何浪しているのか知らないが、そろそろ人生設計を見直す時期がきているのではないかと思う。こうして数軒回った後、父は矢貫氏の待つ車に戻って行った。

「ラジコンヘリか」

「おう。熟睡してて気づかなかった家以外は一様にヘリがうるさかったと言っていた。木曜の深夜一時から二時くらいまでのことらしい。誰も人影は見てねえそうだから対岸から操縦していたとみるのが妥当だろうな」

「そうか。正直なところおまえはどう思う?」

「どうって、なにがだよ」

「誰かがラジコンヘリを飛ばして病原菌を散布したとは思わないか」

「おいおい、真面目くさった顔してなにを言いだしやがる。だいたい誰かって誰だよ。確かに庄司はラジコンヘリが趣味だった。だけどもう死んじまっていねえんだぞ。それともなにか? あいつが幽霊になって脇原たちに仕返しにきたとでも言うのか」

「そんなことは言っとらん。六年前に父親を交通事故で、昨年の夏、母親をすい臓がんで亡くしている庄司に身寄りらしきものがないこともわかっている。ラジコンヘリを趣味としているのは中央店の坂口と鏡野店の落合、松岡もそうだが、庄司と特に親しかった訳でもない。なんだ、その顔は」

 父はあっけにとられたような顔で矢貫氏の口元を見ていた。

「いやはや、相変わらずすげえ記憶力だな。おまえの頭んなかには井ノ口サンライズ全社員の情報が詰まってんじゃねえのか」

「バカ言え。家族構成から趣味嗜好までとなれば覚えているのはせいぜい社員の半数だ」

 父は感嘆の口笛を吹いた。

「恐れ入りやした。次はどうする?」

「対岸に行ってみよう。なにかわかるかもしれん」

 父がアクセルを踏み込む。ふたりを乗せたベータは滑るように静かに発進した。

「あそこに向かってくれ」

 岸が変わり対岸となったバーベキュー広場を見渡せる駐車場を矢貫氏が指す。車はサッカーコートへの未舗装路を降りて行くところだった。

「はいはい、仰せのままに」

 轍が掘れてかまぼこ状になった悪路で飛ばせば高圧電線が通るフロアパネルに致命的なダメージを与えかねない。父は微速で車を進めていた。

「こちら岸は遊泳禁止区域じゃなかったか?」

 車を降りた矢貫氏の眼は駐車場の隅に停められた小さなトレーラーに向けられている。

「そのはずだが――。あれはジェットスキーの連中じゃねえのか。あいつら、モラルもマナーもなっちゃいねえからな。見ろよ、ナンバーもついちゃいねえ」

「けん引車はどこにあるんだ」

「俺が知るかよ。おおかた飯でも食いに行ってるんだろうよ」

 矢貫氏は、そうか、と言ってトレーラーに近づいていく。父も渋々後を追った。

「ここでジェットスキーは無理だ」トレーラーを通り過ぎ駐車場の端まで行くと、矢貫氏は立ち止って下を覗き込む。50メートルほど下流にある取水堰までコンクリートで護岸されており川面まで2メートルの落差があった。「決まりだな。そのトレーラーはジェットスキーではなくラジコンヘリを運んできた。だが、なにか突発的な事故でもあって置いて行かざるを得なくなった。若しくは必要なくなったとも考えられる」

「あのな、本部長殿。さっきは途中になっちまったからやり直すけど、ヘリの音が聞こえたってのはたった一時間なんだぞ。昼夜取り違えたどっかのバカが試運転でもしてただけさ。だいたい、農薬散布に使うようなのは二百万くらいするって言うじゃねえか。そんなもん夜中に飛ばして墜落でもさせたら眼も当てられ――あれっ?」トレーラーにもたられて話していた父の言葉が途切れ犬のように鼻をひくひくさせていた。


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