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やさしい風

作者: 笹峰霧子

 わたしは目には見えない風の感触が好きだった。これまでの人生、風はどこかから私の心の中に吹いてきて、なにかしら溢れる光みたいなものをくれた。

それは何がどうしたとか、誰かが何をしてくれたとかという域を越えた自分自身の内部から湧き出る希望のようにも思えた……。


その風はどういう状況のとき吹いたのだろう。

風が見えないように、自分の心の中も見えなかった。


 風の感触を感じるのは若い頃からずっと続いた。大抵はひとりでいることの方が多かったわたしはその風によって支えられ、生きてきた時代の一区切りずつをどうにか通り抜けてこられたように思う。


病み上がりで大学に入学した人生の遅い春。

厳しい環境の学生生活の四年間、それでも私の心の中にはいつも風が吹き込んでいて、その心地よい感触を感じながら未来に向かって歩む気力が保たれていた。

 弱い身体に鞭打って、翌日の授業の予習をする為にひとり机に向かっているときも、どこからか吹いてくるやさしい風に孤独を癒されていた。



**

 結婚したり出産した二十代の頃は幸せな環境を意識することもなく不平不満を感じ、家族の中で自分ひとりが鬼とも蛇ともなり喚いていた。

 そんな精神状態のとき、どこからか風が吹いてきて幸せをしみじみ味わう一瞬があった。それは目には見えない自身の内面からの心意気のようなものであり、決して現実生活への満足感からではなかった。


どんな苦しい状況にあっても私は風が運んでくれる喜びを感じていたのだ。

若いということは何と素晴らしいことだろう。


 はたして風は若かった自分にだけ吹いてくれたのだろうか。

 たしかに若い自分には未来への夢があった……、それは確かなものではなくて、漠然とした今という時の向こう側にある自分へと、追い風が私を後押ししてくれたのだろう。


 いま、わたしの心の中に風が吹くとき、未来への夢に向かう追い風とは感じられない。敢えて風を感じるとすれば、安らかな老後を願う自分自身を慰めてくれる静かで穏やかな風のような気がする。




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