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第6話 過ぎた報酬

 先日一悶着あったが無事に食料集めを終えた俺は、生活費を稼ぐために町へやってきていた。

 今俺は自警団の建物にある依頼掲示板の前にいる。

 ここには主に町の人たちからの依頼、というかお願いが貼られている。

 内容に制限はなく、受付の人に名前を言って用紙をもらい記入するだけ。

 もちろん小さな町のことなので危険なものが来ることは滅多に無く、草刈りの手伝いや屋根の修理、家畜の世話の補助など雑用的なことばかりだ。


 このシステムも町長のタイクさん考案で、冒険者用のこういう施設があるんだとか。

 受ける人間にも制限はないため、小遣い稼ぎ等に向いていると好評だったりする。

 俺はあいつらの世話をする関係上定職にはついていないため、時たまこうして日銭を稼ぐというわけだ。


 「さーて、何をしようかなっと…」


 掲示板に貼られた依頼を見ていく。

 ちなみに報酬は依頼達成までわからない、タイクさん曰く「中身がわかっている仕事は面白くない」からだそうだ。

 なのでたまに当人同士でもめたりもするそうだが、基本的に良い人の多いこの町ではギブアンドテイクがうまくいっている。

 おっ、定食屋で混雑時の臨時要因か、もしかしたら昼飯にありつけるかもしれないな。

 これにしようと手を伸ばした所で引っ張られる服の端。

 振り向いても誰もいない、下を向いてみる、するとそこには栗色の髪をポニーテールにした小さな女の子が何やら必死の面持ちで俺を見つめていた。


 「あの、わたしのおねがいきいてください!」


 そう言って震える指を指す、その先には掲示板の隅にたどたどしい文字で書かれた依頼がひとつあった。



 そらをとびたいです  みゆ



 視線を戻すと、少し涙目になっている女の子、俺はとりあえず話を聞くことにした。




 話を要約するとこうだ。

 まずこの女の子、ミユちゃんはこの町にある宿屋の一人娘。

 父親を早くに亡くし、母親が一人で切り盛りしていたのだが、その母親が病に倒れてしまった。

 なんでも発症例の少ない病気らしく、治療には特別な薬草が必要なんだそうだ。

 その薬草の生えている場所というのがキカル山、キカル山は道といえる部分が殆ど無い上に、危険な野生生物も多数いる天下の険で、しかもその山の頂上付近の切り立った崖の一部にしか自生していないらしい。

 屈強な冒険者でも到達の難しいそこに女の子が行けるはずがない。

 でも空からなら行けるんじゃないかということでミユちゃんは決心し、依頼を貼った。

 しかし普通人は空を飛べない、魔法なんてものはおとぎ話の世界にしか出てこない。

 案の定依頼を受けてくれる人はおらず、それでもミユちゃんは諦めないで毎日ここに来ては依頼を見に来た人にお願いしていたというわけだ。


 「なるほど、キカル山ねぇ…」


 「やっぱりだめ…?」


 もう何度も同じような反応を見たんだろう。

 話を終え、そうつぶやく俺にミユちゃんはうつむいてしまう。


 実は俺は感動していた。

 状況に流されるのではなく、小さいながらも母親を助けるために自分で考え行動を起こす、それは大人でもなかなかできることじゃない。

 だから俺は、しゃがんで彼女に目線を合わせると、その頭を撫でつつ言う。


 「わかった、その依頼、俺が受けよう」


 「…え?」


 顔を上げたミユちゃんに俺は微笑む。

 彼女は最初意味がわかっていなかったのか困惑の表情を浮かべる。

 しかし徐々に意味を理解していくと、今まで我慢してたんだろう、大粒の涙をこぼしながら泣きはじめた。

 俺はそんなミユちゃんを優しく抱きしめると、泣きやむまでずっと頭を撫でてやった。





 たっぷり泣いてようやく収まったミユちゃん。

 謝る彼女に気にするなと言うと、依頼用紙を剥がして二人で外に出る。

 そのまま俺は町のはずれに行くことにした、町中で呼んだら騒ぎになるかもしれないからな。

 何をするんだろうと首を傾げるミユちゃんを見ながら思考する。


 サンダーバードは…雷は抑えてもらうとしても首に人の顔あるからなあいつ、ミユちゃんが怖がるかもしれない。

 ハルピュイアは…あいつ顔まんま人だし、何より臭いがきついか。

 コカトリスは…さすがに小さいよなぁ…。

 誰をだそうか決められない、ここはやっぱりあの人(?)に頼むか。

 俺は空にむかって叫ぶ。


 「おーい、ジズさーん!」


 すると今まで雲ひとつ無かった青空の雰囲気が変わる。

 不安そうな表情をするミユちゃんに大丈夫と声をかけ落ち着かせる。

 その間にもどんどん色を変えていく空、夕焼けよりも綺麗な朱に変わりつつあるそれには、むしろ包み込まれるような安心感さえある。

 やがて朱は形を変えていき、ついには大きな一羽の鳥になった。


 (…久しぶりですねルース、元気でしたか?)


 頭の中に直接響く声、もちろん目の前の巨鳥からのものだ。


 「お久しぶりですジズさん」


 この鳥はジズという鳥たちの王。

 あまりに巨大なため普段は見えないよう姿を隠しているが、常に空から他の鳥達を見守っている優しい性格の鳥だ。

 俺は呼び出した経緯と、事情を説明する。


 (ふむ、ではシムルグを遣わしましょう、あの者ならば今回の件には最適なはずです)


 「ありがとうございます、いつも頼むばかりで申し訳ないんですけどね」


 (気にすることはありません、みなは日ごろあなたにお世話になっているのですし)


 これからも私の眷属を頼みましたよと言って消えて行くジズさん。

 すっかり空が青さを取り戻した頃、一羽の鳥がこちらに向かって飛んできた。

 俺達の前に降り立った鳥、姿はワシのようだが、大きさは大人が何人か乗っても大丈夫なくらいには大きく、豊かな色彩の長い尾を持つ美しい鳥だった。


 (貴殿がるーす殿か?)


 「あ、ああ」


 (拙者しむるぐと申す、よろしく頼むでござるよ)


 なんか変な言葉を使う鳥がやってきた。

 この前観察していたとある国の人々が使っていた言葉らしく、癖になってしまったんだそうだ。

 気を取り直して背中に乗る、そしていまだに状況のわかっていないミユちゃんへと手を伸ばす。


 「え…? わたしもいいの…?」


 「もちろん! だって依頼は、空を飛ぶことだろ?」


 その言葉にぱぁっと花が咲いたような笑顔を見せると、俺の手を取りシムルグの背中に乗る。

 落ちてはいけないため、ミユちゃんを後ろから抱きかかえるような形で座る。


 「じゃあよろしくな!」


 (合点! しっかり掴まっているでござるよ!)


 シムルグは大きな羽を使い空へと羽ばたく。

 あっという間に下には大地が広がり、最初は目を閉じていたミユちゃんも興奮を抑えきれない様子だ。


 「うわぁー! すごい! ほんとにとんでるー!」


 「ああ、これならキカル山にだってすぐたどり着くさ!」


 「うん! まっててねおかあさん!」






 その後問題なくキカル山の薬草自生地にたどり着いた俺たちは件の薬草を集め、帰還した。

 途中何度か野生動物に襲われたりもしたが、少々痛い目にあってもらって退散させた、息の根は止めていない。

 町へと戻ってきた俺たちへ、シムルグが声をかける。


 (みゆ殿、拙者の羽を一枚持って行くでござるよ)


 そう言って羽をミユちゃんの前に落とす。

 シムルグの羽には癒しの力があるらしく、病気が治るのが早くなるだろうとのこと。

 なるほど、だから最適と言ったのか、さすがはジズさん。

 「ありがとう! とりさん!」といって大事に羽を持ってきたかごに入れるミユちゃん、表情は変わらないがシムルグも嬉しそうだ。


 (では拙者はこれで、またなにかあったら呼ぶでござるよ)


 「ああ、ありがとな」


 「ばいばいとりさん!」


 飛び立つとあっという間に空の彼方へと消えて行くシムルグ。

 そして気まずそうな顔をしているミユちゃん、なにかあったのか?


 「あのねおにいちゃん、みゆ、いまおにいちゃんにあげられるものもってないの…」


 ああ、そういえば依頼だったなこれ。

 別に無くてもいいんだけどこんな小さな子からなにかもらうってのもな…

 あ、じゃあこうしようか。

 俺はさっきと同じように目線を合わせると頭を撫でつつ言った。


 「それならさ、お母さんの病気が治ったらいっぱいお手伝いしてあげてくれるかな」


 「それでいいの?」


 「ああ、それでまた宿屋が再開したら泊まりに行くからさ、その時一緒にまた遊ぼう」


 「う、うん!」


 「よし、約束だ!」


 立ち上がろうとする俺にミユちゃんは「めをつぶって!」と言う。

 言われたとおり目を閉じると、頬に触れる柔らかくて暖かい感触。

 驚いて目を開けると、少しだけ顔の赤いミユちゃんがもう走り出していた。


 「おにいちゃんだいすき! またね!」


 一度振り返るとそう言ってまた駆けていく。

 立ち上がった俺は、先ほど感触のあった頬に触れる。


 「参ったな… 俺には過ぎた報酬だ…」


 そうして俺は顔がにやけるのを抑えきれず家に帰り、仕事はどうしたとデュラさんに説教され、サリサとフォルナにだらしない顔で帰ってきたことを問い詰められるのだった。

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