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I'm  作者: 城ノ内 ジョウ
第一章
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第六話 前編

 さて。時は瞬く間に過ぎ、今日はパーティー前日だ。準備は順調に進み、不安だった隼人の立ち回りも、どうにか見れるところまで持ってきた。あとは当日を待つだけである。

 会場の手配も、食事や衣装もすでに完了し、軽いリハーサルを終えた五人は、前夜祭と称してパーティー会場の控室で食事会を行っていた。

「いやー、何とか当日までに準備できたね。人間、本気を出せば何でもできるってね」

「うん。頑張った甲斐があったよ。おかげですでに達成感があるね」

「二人とも、本番は明日だから」

 亜子の言うとおり、本番は明日だ。しかし、それでも亜子を含めた四人がほっとした表情をしているのは事実だった。それだけ真剣に取り組み、ここまで準備を行ってきたのだ。そして、ただ一人、相変わらず無表情の誠也も、その表情とは裏腹に多少の達成感を覚えていた。曰く、

 あと少しで解放される。

 誠也がなぜここにいるのかというと、紛れもなく隼人の補佐である。なぜ補佐が必要かというと、隼人があまりにも頼りないからである。

 しかし、ぎりぎりになって吹っ切れたのか、隼人はだんだんとそのコミュニケーション力を発揮し始め、人前でも普通に立ち回れるようにあってきていた。全く会話することができなかった憧れの人、亜子ともだんだんと普通に会話できるようになってきている。ここまでくれば誠也はお役御免、ようやく役目を終えることができるということだ。

「何黙っているのよ。ここに来て、まだ面倒とか思っているの?」

 明日のことに関してはとても面倒だが、それでも誠也の心はある程度澄んでいる。

「そんなことないぞ。俺だってそれなりに思うところがある。感慨深いとはこのことだな」

 即座に肯定されると思っていた絵里は、思わず黙り込んだ。

「へえ。笹原がそんなことを言うなんて、ひたすら意外」

「ま、そう思われても仕方がないが」

 実は絵里が思っているほど、前向きな心情ではないのだが、それはわざわざ伝えることではない。せっかく良いほうに勘違いしてくれているのだ、黙っているのが吉である。

 ここ数日誠也の頭を悩ませていた亜子との噂も、何日か会話をしなかっただけで急速に鎮静化していった。裏で誰か暗躍していたのではないか、と思うほどのスピード対応だったが、消えたのは素直に喜ばしいことだった。隼人は隼人で、自身がようやく亜子と会話できるようになったことにかまけて、一瞬で噂のことを忘れてしまったようだ。心配したこっちがバカみたいだが、誠也としては対応が楽でありがたかった。

「とりあえず今日はこれで解散しよう。何度も言うようだけど、本番は明日だし、確認は明日にしよう」

「そうだね。今日は早く帰ってゆっくり休もうか」

 準備が終わって、十分無駄話をしてから解散となった。

「誠也、今回は助かったよ」

 前を歩く三人娘を眺めつつ、隼人が話しかけてきた。

「ようやく幹部としてまともに立ち回れるようになってきたし、亜子ちゃんともしゃべれるようになってきた。ひとえにお前のおかげだ」

「どうした、急に」

「いや、何となく礼が言いたくなってな」

 どうやら隼人も何となく感慨深くなっているらしい。短い期間ではあったが、綿密な計画のもと濃い時間を費やしてきたのだ。達成感があって当然かもしれない。加えて、ほとんどかかわっていない誠也と比べて隼人は中心であり、今回の計画の核でもある。誠也以上に何かを感じていても不思議はない。

「礼を言うのはいいが、現時点で満足するなよ。今日までの成果は明日で決まるわけだし、実際のところ琴吹とは何の進展もないんだろ」

「厳しいとこつくな」

 思わず苦笑いの隼人。まさかと思っていたが、さすがに忘れてはいなかったらしい。

「俺としてはずいぶん進展したと思っているけど、まだまだゴールは先だよな」

 ま、ゴールの設定は隼人自身によるものだ。ここで十分だと思えば、もうゴールしていいはず。ただ、人間は欲深い。満たされれば、さらに先を求めるものだ。

「礼を言ったからには、これから先は一人で走るんだよな。俺は当然そのつもりだが」

「おいおい。今の礼はただのピットインついでだよ。言っただろ、まだまだ先は長い。これからも頼むぜ、相棒」

 やれやれ。調子のいい野郎だ。これがまだまだ続くと思うと、さすがに参ってしまう。はっきり言ってこれ以上は勘弁、御免こうむりたいね。

「お前のキラーパスを期待しているぜ」

 この調子の良さが、周りに敵を作らない一番の要因なのかもしれないな、と思いつつ、ため息交じりに、

「じゃあ期待に応えて」

「え?」

 誠也は隼人の手元を顎で示しながら、

「やけに身軽だな、お前は」

「え?あ…………」

 誠也は荷物持ちとして、自分のカバンのほかに紙袋を二つ抱えていた。三人娘も、誠也ほどではないが、いつも以上に荷物が多い。しかし、隼人は手ぶら。

「やっば、会場に忘れてきた!」

 隼人の叫び声に、誠也は思わずため息。

「はあ?斉藤、荷物忘れてきたの。出てくる前に手渡したじゃん」

 聞き耳を立てていたわけではないだろうが、おそらく叫んだ内容が聞こえたのだろう。前を歩く絵里が思わず反応した。

「あー、トイレ行くときに控室に置いてきたんだった……」

「えぇ!」

「あれ、あたしと歩美の荷物も入ってんだけど!」

 ようやくしっかりしてきたと、最近やや見直されていた隼人だったが、再び失態をしてしまったようだ。基本はこういう男なのだ。仕様がないというもの。しかし、当然ではあるが、女子たちはそれだけで許してはくれない。

「早く取ってきなさい!五秒以内!」

「無茶言うなよ!」

「とりあえず取りに行こう。私も一緒に行くから」

「そうだね。斉藤一人で行かせると、また何か忘れてきそうだし」

「お前は俺を何だと思っているんだ」

「ごめんね、二人とも。ちょっと行ってくるね」

 やかましいくらいにぎゃーぎゃー言い合っていたかと思っていたら、三人仲良く、今来た道を戻っていった。そんなに急がなくとも、まだ閉めたりはしないと思うが。

「あ、うん」

「…………」

 口をはさむ暇もなく、亜子と誠也は取り残されてしまった。

「どうしようか……」

 そう言われても、誠也としては選べる選択肢はそう多いものではない。

「そこまで時間はかからないだろう。俺はここで待っているよ」

 会場まで十分と掛からない。中に入るのに、多少時間がかかったとして、三十分以上待つことはないだろう。

「へえ」

「なんだよ」

「てっきり帰るかと思った」

確かに亜子の気持ちも分かる。おそらく今までの誠也ならば、帰ると言っていたであろう。しかし誠也は、明日まで付き合う、と決めてしまった。今帰ろうと、三十分待とうと、大した差はない。だったら、ちゃんと別れの挨拶をして、気持ちよく明日を迎えたほうがより良い達成感を得ることができるだろう。とはいえ、彼らの後を追うというほど、積極的にはなれないのだが。

「そういうあんたはどうすんだ?別に帰ってもいいぞ」

「あたしも待つよ。何度も言うようだけど、あの三人はあたしのために頑張ってくれているわけだし」

 自分のために。亜子の言うとおり、亜子自身、その言葉を本当に何度も繰り返している。義理堅いというか、何というか。誠意には誠意で答えなければいけないと、本気で考えているらしい。初めて会ったときは、とんでもない意地っ張りだと思ったが、おそらく曲がったことが嫌いなだけなのだろう。頑固者だということは、間違いなさそうだが。

「とりあえず、移動しない?もう少し行ったところにバス停があるから、そこで座って待とうよ」

「そうだな」

 誠也は亜子を見ながらそう答えた。


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