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I'm  作者: 城ノ内 ジョウ
第一章
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第五話

 翌日。誠也は少し早い時間に登校していた。学校の最寄り駅に着いたとき、見知った顔に出くわした。琴吹亜子である。

 初めて会ったときは、とんでもなく常識はずれな女がいたもんだ、と思った誠也だったが、最近ではそんな感覚は薄れてきている。嫌々とはいえ、それなりに同じ時間を過ごしただけのことはある。

 とんでもないやつだが、悪いやつではない。一応相手を思う気持ちもあるし、気遣いもできる。悪いと思ったら謝るし、素直ではないが礼も言う。考えてみれば当然のことだが、それでも誠也は少しずつ亜子のことを見直していた。

 と同時に、誠也にはある種の不安が頭をよぎっていた。

「あ、笹原」

 考え事に没頭していたら、亜子から声をかけられた。これも出会った時からは想像もできないようなことである。

「何、眉間にしわ寄せてんのよ。考え事?」

「まあな」

「ふーん。何か似合わないわね」

「ほっとけ。これでも俺は苦労人なんだよ」

「あ、そう」

 全く友好的ではない挨拶を終えると、誠也と亜子は連れ立って学校に向かう。

「ってことは、あんた、」

「あ?」

「何か悩んでいるってこと?」

 悩んでいる、といえばそうなるのかもしれない。

「そうなるな」

「あたしでよければ、相談に乗るけど」

「は?」

 驚天動地である。まさか、あの琴吹亜子からこのような言葉が、しかも誠也相手に聞けるとは思いもよらなかった。

「正気か?」

「何よ、その言い草は。あたしだって別にあんたの悩みなんて興味ないわよ。でも、一応あんたには借りがあるし、最近はファンクラブの手伝いもしてもらっているから」

 借り、とは携帯電話の件だろうか。そういえばそんなこともあったな。誠也は忘れていたのだが、亜子は覚えていたようだ。意外と義理堅いのかもしれない。いや、ただ他人に借りを作りたくないだけかもしれないな。

「相談に乗る、と言われてもな」

それは間違っても亜子には相談できない悩みだ。とりあえず、隼人と話をつけてから、絵里や歩美を巻き込むのが適当だろう。

「あたしじゃ役者が不足しているっていうわけ?」

「不足している、とは言わないが、不適当だな」

「…………」

 そもそも誠也は他人に悩みを打ち明けようとは思わない。今回の件は、主に隼人の悩みだ。これが誠也自身の悩みだったら、おそらく誰にも相談しないだろう。亜子だろうと、隼人だろうと、断っていたに違いない。なので、亜子がどうとか、そういう問題ではないのだが、断られたほうはそうは思わないだろう。

「悪いな。せっかく気を遣ってもらったのに、応えられてなくて」

「別に気を遣ったわけじゃないわよ。あんたに恩を売ろうと思っただけ」

「気持ちだけ受け取っておく」

「止めてよ、気持ち悪い」

 前言撤回。謝ったこっちがバカみたいだ。

「あんた、本当にいい性格しているよな」

「それはどうもありがと」

「言っておくが、誉めていないぞ」

「分かっているわよ。あんたも相当いい性格しているわ」

「そいつはどーも」

 適当に会話を紡ぎながら、一路学校を目指した。



 校門を通り抜け、昇降口に向かう。そこで、誠也は違和感を覚えた。

 何か、視線が集中しているような……。

 以前も同じようなことがあった。確か、あの時も昇降口で……。

「ねえ、何かざわついてない?」

 そういえば、その時も隣に亜子がいた。ということは、つまり、

「おい、ファンクラブの連中いたか?」

「え?分かんない」

 おそらく、注目を集めているのは亜子。そして、周囲がざわついているのは、あの琴吹亜子が男子と一緒に登校している、という事実。

 誠也は頭を抱えた。考えてはいたことだが、どこかで後回しにしてしまった。昨日のコンビニでも何かを感じたが、その違和感の正体はこれで間違いないだろう。曰く、誠也は今、多くの生徒から誤解を受けているらしいということ。

「何、どうかしたの?」

 事の重大さを理解していない亜子。自分のことだ、いくらファンクラブがあるとはいえ、そこまで自覚するのは難しい。しかし、この自覚のなさは、勘弁してもらいたかった。

「あんたと一緒に行動するのは、リスクが高いな」

「は?どういうこと?」

 今後、二人で行動するのは避けるとしよう。とはいえ、今日は偶然なのだが。それでもこれ以上噂の種になってしまうのは、いささか問題がある。本音を言えば、その他大勢の生徒の噂など、とるに足らない。噂に巻き込まれるのは面倒だが、無視を決め込めばそれほどの被害はあるまい。ただ、一人だけ、誠也と大いにかかわっているやつが、この噂に関して誤解するのはいただけない。

「説明することが増えてしまったな」

 やれやれ、とため息をつく誠也。すっかり無視されて、亜子の機嫌を損ねてしまっていることに気づいていなかった。





「亜子ちゃん、何か不機嫌だね」

 教室にたどり着いたとき、真っ先に歩美に話しかけられた。

「そう見える?」

「うん。とーっても」

 何を隠そう、亜子は不機嫌だった。いや、不機嫌と呼べる感情ではない。不快、でもなく、単純に気持ちが悪いだけだ。

「朝っぱらから嫌な出来事があって。あー、いや、嫌っていうか訳が分からない、って感じかな」

「ふーん」

「それって、笹原がらみ?」

 席に着くと、今度は絵里が会話に参加してくる。相変わらず勘が鋭い。

「何でそう思うわけ?」

「あんた、相変わらず自覚が足りないよ。琴吹亜子は、うちの学校の有名人なの。あんたの噂を集めるの簡単なんだから」

「噂、ね」

 さしずめ、男子と一緒に登校してきた、とかそういうことだろうか。何でそんなことで一々噂されなきゃいけないんだか。

「あ、」

 と思って、そこで閃く。今朝の昇降口でのざわめき、もしかしてそれが原因なのか?

「その噂の出所って、うちのファンクラブ?」

「いやぁ、違うね。一般生徒の噂だよ」

 ひとまず安心。ファンクラブの噂イコール、クレームと言える。亜子に単独で近づく男子生徒は、それだけでクレーム対象なのだ。

「なるほど、不用意に声もかけられないわけね」

 ただ見かけたから、挨拶をしただけ。それ以上の理由はないのだが、理由なんてどうでもいいのだろう。亜子が男子生徒と登校した。それだけが全てなのだ。

「ま、普通の男子なら、何の問題もなかったんだろうけど」

「何それ?」

「相手が悪かったね。あー、よかったのかな?」

 どっちでもいいけど、笹原誠也がどうかしたのだろうか。あいつは普通の男子じゃないのか?

「だから、どういうこと?」

「リアルってことだよ」

 答えてもらってもよく分からない。

「はっきり言って、全く分からないんだけど」

「噛み砕いていうと、琴吹亜子と普通の男子が一緒に登校しても、それは姫と従者にしか見えないわけ」

「はあ……」

「でも、」

「それが亜子ちゃんと笹原君になると、お姫様と王子様になっちゃうわけ!」

「はあ?」

「つまり、お似合いってこと。付き合っていても不思議じゃない。だから、噂に信憑性が増すわけよ」

 誠也と亜子がお似合い?周りから見ると、そう感じるのか。正直自分では納得しがたいところではあるけど、二人が言うならそういうことなのだろう。

「なるほどね……」

 以前絵里と歩美が言っていたが、笹原誠也という人物は、それなりに有名人らしい。お互い、有名人だという自覚が乏しいのが災いしているということだ。

「ところで、」

 話題を変える絵里。

「ん、何?」

「さっきの話の中で、気になるワードがあったんだけど」

「何それ?」

「今日、亜子から笹原に声をかけたの?」

 あ、と思う。余計なことを口走ってしまったようだ。そもそも二人に向かっていったわけではなく、ただの独り言だったのだが、ばっちり聞かれていたようだ。

「まあね。ちょうど駅で見かけて。別に声かける必要なかったけど、ファンクラブのこともあるし、今以上に気まずくなったらやりづらいと思ってね」

「ふーん」

 にやにやと、嫌な笑みを浮かべる絵里。これは本心なのだが、もしかしたら言い訳にしか聞こえないかもしれない。

「何よ、言っとくけど、事実だから」

「別に信じない、なんて言ってないでしょ」

「ふーん。ならいいけど」

「でも、亜子ちゃん、たとえ本当にそう思っていたとしても、今までなら話しかけなかったと思うな」

「うっ」

 痛いところを突かれた。歩美は見かけによらず、結構毒を吐くし、図星をついてきたりする。

「別に隠すことでも悪いことでもないと思うよ。亜子ちゃんにとって、笹原君は話しかけやすいってことだよね」

「そう、なのかな……」

 認めたくない、という気持ちもある。からかわれるから言いたくなかった気持ちもある。だがそれ以上に、亜子自身がこの気持ちについて整理しきれていないのだ。笹原誠也という人間に対して、自分はどういう風に思っているのか、分析できていないのだ。

 友人と呼ぶほど仲良くない。ただ、話しかけることはできるし、会話することは無難にできる。

 まあそれはさておき。

「一応対策は立てておく必要があるな」

 警戒するに越したことはない。誠也だって、おそらく気づいていると思うし、協力してくれるだろう。ただ、誤解のないようにしないと。




 誠也が教室に着くと、一瞬ざわめいた。思わずため息。しかし、琴吹亜子の影響力というものは凄まじいものがある。この短時間で、これだけ噂が蔓延しているのだ。ひとえに亜子の影響力のせいだろう。

「おい、誠也」

 焦った様子で話しかけてきたのは、もちろん隼人だ。

「お前、亜子ちゃんと一緒に登校してきたんだって?」

 前回は隼人の耳に届かなかったようだが、今回はそうもいかなかったようだ。

「ああ。と言っても、駅でたまたま会ったからここまで来ただけだ。別に逢引したわけじゃない」

「まあそうだと思っていたけど」

 と言いつつ、言葉ははっきりしない。ここ最近、誠也は亜子との行動が増えている。それを鑑みて、いろいろ邪推しているに違いない。誰に誤解されても別に構わないが、隼人に誤解されるのだけは勘弁願いたかった。

「ここではっきりさせておくが、俺はあのじゃじゃ馬のことを何とも思っていない。今だってお前がわがまま言うから付き合ってやっているだけだ。何なら、今ここで辞表を出してやっても構わないぞ」

「そ、そうだよな。分かっているよ、誠也。だからそんなことを言うな。俺にはお前が必要なんだよ」

 気持ちの悪いことを言う。だが、これで誠也の誠意は伝わったはずだ。ひとまず誤解は解けたと考えていいだろう。ただ、それは現時点の話だ。これから同じような状況が続けば、再び誤解が生じる可能性もある。今の時点では誠也に対する信頼だけが支えだ。これでは心もとない。隼人に今以上の誠意を示すためにも、他に手を講じる必要がある。

 となると、誠也一人ではできない。これは亜子と口裏を合わせなければならないのだが……。

「あ?」

 突然スラックスのポケットで携帯電話が振動した。メールを受信したらしい。送信者を確認すると、そこには『琴吹亜子』と書いてあった。

「考えることは同じなようだな」

 中を開くと、こんなことが書いてあった。

『しばらく二人で会うのは控えたほうがいいかも』

 確かに。それが一番簡単で効果的な手段かもしれないな。誠也はこの考えに、素直に賛成した。しかし、この言い回し、いまいちしっくりこないな。というか、これではさらに誤解を生むような気がする。曰く、

『これだとちょくちょく二人で逢引していたような雰囲気があるぞ』

 亜子に向けて送信すると、返事はすぐに返ってきた。

『変なこと言わないで。言っとくけど、あんたにも非があるんだからね』

 いったい誠也に何の非があるというのか。悪いのは全て亜子の有名具合によるものだと思うのだが。ま、これ以上言い返しても無駄だと思うので、返事を出すのは止めておいた。あとはファンクラブ主催のパーティーを無難にこなせば、誠也にも再び平穏が訪れる。あともう少しの辛抱だと、誠也は自分に言い聞かせた。


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