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I'm  作者: 城ノ内 ジョウ
第一章
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第三話

 日曜が明けて、月曜になり、誠也はいつもどおり学校に向かっていた。最寄り駅から学校への道すがら、誰かに話しかけられた。

「よお」

 なかなか男らしい呼びかけだった。だが、確実に声は女子。誠也はそちらのほうに注意を向けると、

「ああ、あんたか」

 そこにいたのは琴吹亜子だった。なぜかとても不機嫌そう。

「どうかしたのか?」

「別に」

 よく意味が解らなかったが、見た目どおり機嫌はよくないみたいだ。このことにはあまり触れないほうがよさそうだ。誠也は深く突っ込まないことにして、止めた足を再び動かすことにした。亜子もそれに続いて、歩き出した。

「………」

 隣を歩く亜子は、ずっと黙ったまま。なぜ話しかけてきたのだろうか。知り合いと認められたのだろうか。しかし、今の重苦しい空気を考えると、喜ばしいことなのか解らない。思わず誠也は苦笑しそうになった。土曜のことで、多少は亜子のことを理解し始めたが、やはり知らないことのほうが多い。

「俺は知らなかったんだが、」

「うん?」

「あんたは相当有名人らしいな。去年はかなり大変だったんだって?」

 誠也は少し亜子のことが知りたくなっていた。興味を持っていた。

「まあね。学年問わずかなり告白されたよ」

「うらやましい限りだな」

「よく言われるけど、あたしとしては全然嬉しくなかったよ。面倒なだけ。それにあたしのことを知りもしないで、告白する神経が解らないね」

 かなり厳しいお言葉だった。亜子のことを好きになった人は大変だろう。まあ誠也のよく知る人物がそうなのだが。

「じゃあ実際ファンクラブについてもよく思っていないんじゃないか?」

「そうでもないよ。あれは全部あたしのことを思っての団体だから。会員も創設メンバーもみんなあたしのために動いてくれている。そのことは普通に嬉しいから」

 それがそもそもよく解らない。群れている時点でアウトだろ。と誠也は思うのだが。それに、ファンクラブに入っている連中は亜子に対して恋愛感情を抱いているのか、それとも違うのか。その辺りからよく解らない。ファンクラブの実態もよく解らない。おそらく誠也には一生解らないのだろう。

「あんたはどうなの?」

「は?」

「あんたも結構有名人みたいじゃん。まああたしも聞いた話なんだけど」

「そんなこと誰から聞いたんだ?」

「え?絵里からだけど…」

 誠也は驚いた。そんな話が出回っているのか。

「そりゃなんかの間違いだろ。俺は告白されたことなんてないぞ。それ以前に友人と呼べる人間があまりいない」

「え?そうなの?」

「当たり前だろ。俺みたいなやつがもてるわけない」

 誠也から見たら、亜子がもてるのもあまり理解できないのだが、それに関しては誠也が亜子を知らないことに原因があるのだろう。たぶん。

「俺は隼人と違って協調性も愛想もないからな。俺と仲良くしたいと思うやつなんて相当変わったやつしかいないだろう」

 誰が流した噂か知らないが、かなり曖昧な情報であることには間違いない。まあ噂なんてそんなものだろう。放っておけばそのうち消える。さして気にすることでもない。

 それから誠也と亜子は何気なく会話を紡ぎながら学校に向かった。

 そしてそのまま昇降口に並んで入ると、何やら周りがざわついた。

「何だ?」

「さあ」

 様子がおかしかったのはその一瞬だった。その後は特に怪しい様子もなく、皆普通にしていたのだが、一瞬だけ確かに空気が変わった。

「もしかして、」

「何?」

「あんたと一緒に来たのがまずかったのか?」

 ざわついたのは明らかに二人が来た瞬間だった。だとすると考えられる理由は亜子である。

「ファンクラブの連中がいたのかも」

「んー?見た感じいなかったけど」

「あんた、会員全員把握しているのか?」

「してないけど。熱心な人はたいてい解る」

 じゃあ違うのだろうか。しかし、他に理由がない。誠也の頭に、嫌な予感が通り過ぎる。まあ今時、男女二人で歩いているからと言って、すぐさま恋人同士に見られる可能性は少ないが、変な噂が立ったら困ること間違いない。

「じゃあ、俺は先に行く」

「え?ちょ、ちょっと!」

 誠也は亜子を置いて、さっさと教室に向かった。どうせ違う教室だ。ここで分かれても別に問題あるまい。




 亜子は憮然とした表情で教室に入った。

「おはよ」

「どうしたの?機嫌悪そうだね」

「まあね」

 教室には歩美がいた。絵里はまだ来ていない様子。

「今日来るとき何かあった?」

 何かあったと言えばあった。だが、別段報告するようなことでもないし、誠也に振り回されていると思われると癪なので、

「別に」

 と言っておいた。しかし、

「もしかして笹原君と何かあった?」

「え?何で?」

 なぜか歩美にはばれてしまった。なぜだろうか。朝、一緒にここまで来たところを見られていたのだろうか。それとも噂になっているのか。亜子はこう推理したのだが、実際は両方とも違っていた。

「あはは。亜子ちゃん解りやすいね」

 どうやら鎌を掛けられていたようだ。そして亜子のリアクションで看破されてしまったらしい。つまりからかわれたと判断していいだろう。亜子は未熟な自分に、思わず顔が赤くなる。しかし、素直にそう認めるのは癪なので、

「歩美だって、斉藤のことかなり気になってるみたいじゃん」

「え?えええ?」

 すると歩美もかなり解りやすいリアクションをくれた。

「まああいつとの出会いはかなり衝撃的だったよねー。かっこいい登場シーンだったよ」

「そ、そうだね」

「見た目も悪くないし、かなり優しいし」

「まあ、そうとも言える、かな」

 本人は誤魔化しているつもりなのだろうけど、バレバレである。歩美は優しい男に弱いようだ。優しい歩美にぴったりと言えばぴったりだ。

「そういえば、昨日はずいぶん仲よさそうにしていたじゃん。ずっと二人で話していたし」

「そ、そんなことないよ。皆も一緒にしゃべってたでしょ」

 からかうと楽しい。そしてかわいい。歩美のかわいさを再確認した瞬間だった。しかし、

「亜子ちゃんも笹原君とずいぶん仲よさそうだったじゃん。私、笹原君としゃべってないよ。話しかけられたの、亜子ちゃんだけじゃないかな?」

 小生意気に仕返ししてきた。

「そんなことない。あいつが一番しゃべっていたのは絵里でしょ。あたしだってほとんどしゃべってないよ」

 この下らない言い合いは永遠に続くかと思われた。しかし、

「とりあえず、気になる男子ができてよかったね。お二人さん」

 絵里の登場で展開は一気に変化した。

「あたしが見た限りで、斉藤が一番しゃべりやすそうにしていたのが、歩美だったよ。性格も見たもの同士で、お似合いだと思うよ。亜子も笹原としゃべっているときは表情違ったよ。しかも聞いたところによると、今日一緒に登校してきたんだって?やっぱり昨日何かあったな?」

 歩美も亜子も、共に絵里の餌食になってしまった。一体どこから情報を入手してきたのだろうか。やはり誠也の言うとおり、昇降口に親衛隊の連中がいたのかもしれない。誰に見られても別に困らないと思っていたが、絵里の存在は誤算だった。

「たまたまだよ。道すがら会ったから一緒に来ただけ。一緒に登校してきたわけじゃないよ。それに昨日も何もなかったから。ケータイ探すの手伝ってもらっただけ」

「本当かな?あたしにはあんたの心情の変化が手に取るように解るんだけど」

 亜子は思わず言葉をつまらせる。絵里は超能力者なのだろうか。現に、亜子の心は乱れまくっていた。現状とても不利だ。今逃げるには、自分より弱者をいけにえに差し出すしかない。

「心情の変化なら、歩美の方がすごいと思うよ。顔真っ赤だし」

「あ、本当だ。これは言い逃れできないぞ。図星だったのかな?」

「だから違うって!別に何もないよ。ただいい人だなって思っただけ」

「ふーん、いい人ね」

「第一歩だね。二歩目はいつかな」

 とりあえずこんな状態で歩美をからかい続け、朝のホームルームを迎えた。



「よう、誠也」

 誠也が教室に入ると、隼人は開口一番爽やかに挨拶してきた。様子を見る限り、別に変わったところはない。もしかしたら亜子と一緒に登校してきたところを見られたかもしれないと思っていたのだが、今のところそれはないようだ。

「何だよ。俺の顔に何かついているか?」

 隼人の様子をじっと見ていた誠也をいぶかしみ、隼人は疑問を投げかけてきた。

「いや…」

 誠也は否定の言葉を口にして、自分の席に着席した。そして今度はクラスの様子を窺う。クラスの連中も普段と変わらないように見える。噂が流れると、何気なくそいつのことを観察するものだが、そんな様子はない。いつもどおり誠也のことなど気にかけていない。

 一応まだ噂になっていないようだ、もしくは噂がこのクラスに来ていないというだけかもしれない。誠也としては、隼人の耳にだけは届いて欲しくないと思っていた。

「どうした?何か挙動不審だぞ?何かあった?」

「お前に言われたくない」

「どういう意味だよ。まるで俺がいつも挙動不審みたいじゃないか」

 会話もいつもどおりだった。誠也は見えざる手で胸をなでおろした。

「とりあえず今日の宿題写させてくれ。今日当たりそうなんだよ」

「悪あがきしないで、恥をかけ」

「そんな殺生な」


 

 その日の昼休み。誠也と隼人が教室で昼食を取っていると、教室に歩美がやってきた。そして、隼人の下に歩み寄ると、

「業務連絡だって。放課後空いているかな?」

 業務とは亜子のファンクラブのことだろう。隼人が影武者として選ばれた経緯は、確か会員からの不満が原因だったはずだ。それについて具体的な策を講じようということだろう。

「あ、うん。解った」

 と言って歩美を見送った。誠也は一応安堵した。もしかしたら別の用事が入っているのでは、と思ったのだが、考えてみたら隼人にとって、この仕事の重要度はかなり高い。亜子に近づくためにこの役を買って出たのだが、ここで仕事をしなければただのでくの坊だろう。

 誠也は、心の中で適当な声援を送りながら食事を続けていたのだが、

「誠也」

「あ?」

「付いて来てくれ」

「はあ?」

 見ると、隼人は普通に震えていた。この男、どこまで軟弱者なのだろうか。

「お前一人で行けよ。俺が行ったって何もできることなんてないんだ」

「いや、しかし…」

誠也はため息をついた。これでは先が思いやられる。

「何のための影武者だ。あいつらにとって俺の存在は邪魔以外の何者でもないんだぞ」

「そんなことはないだろう。昨日の親睦会だって、誘われていたし」

 あれはお前が余りにふがいないからだ。しかし、これでは仕事も何もできないだろう。会話ができなければ会議にもならない。両者のためにも一応行ったほうがいいのだろうか。誠也自身にとっては、全く利益にならないのだが。そこで一つ思った。

「お前、俺と琴吹が仲良くなったら、とか思わないのか?」

 これは誠也の懸案事項の一つでもある。まだ噂になっていないようだが、あの琴吹亜子が男と登校してきた、何てことが広まれば、瞬く間に拡大解釈されながら倍々式に広まっていくだろう。誠也の知るところではないのだが、琴吹亜子という女子は、それほど学年で有名人であるらしいのだから。

 そんな噂が隼人に耳に入ったら、おそらく隼人は裏切られたと考えるだろう。誠也にとってそれが一番の問題だった。しかし、

「いや、全く」

 隼人の口から出てきた言葉は意外なほどあっさりしていたものだった。

「何で?」

 誠也が思わず聞き返すと、

「だってお前亜子ちゃんのこと好きじゃないんだろ?つい最近まで全く知らなかったわけだし」

「まあ、それはそうだが、」

「それに、お前が俺を裏切るはずがない。そうだろ?」

「ああ。もちろんだ」

「じゃあ俺はお前を信じるよ。笹原誠也」

 誠也は驚いた。それと同時に妙な考えをしてしまったことをわびた。隼人は自分が思っている以上に、誠也を信頼してくれているようだった。誠也としては、喜ぶべきところだったのだが、

「というわけで、今日の放課後一緒に来てくれ」

 まんまと隼人の罠にかかってしまったようで、素直に喜ぶことができなかった。



「とりあえず乾杯しましょう」

 放課後、亜子たちはファーストフード店に来ていた。理由はファンクラブについて話し合うためである。しかし、ここに集合したとき、無関係の人物が一人いた。

「何で、あんたがここにいるのよ」

 笹原誠也だ。呼んだのは斉藤隼人だけであって、誠也は呼んでいない。実際のところ、部外者に聞かれてしまうと、あまりよろしくないのだが。

「さあな」

 当事者の誠也は、興味なさそうに返事をしている。見た感じ、来たくて来たわけではないように思える。察するに隼人に無理矢理連れてこられたのだろう。

「あのさ、こいつも話し合いに参加しちゃ駄目かな」

 言ったのは隼人だ。

「別にいいよ。この前の親睦会にもいたしね。まあ影武者は二人で一人ってことにすればいいじゃん」

 と、絵里は快く承諾している。亜子のファンクラブなのだが、当然のように権限がないのは少し気に入らない。しかし、迷惑をかけているのは間違いないので、絵里たちがやりやすいようにしてもらいたいという気持ちもあるので、亜子は文句を言わなかった。実際誠也がいようといまいと、大して差はない。亜子にとって不都合な点はないのだから、文句などなかった。

「それで、今日は何を話し合うの?」

 口を開いたのは、隼人だった。やる気になってくれているのかもしれない。亜子は少し申し訳ない気分になった。そこで思う。なぜ隼人はここまでしてくれるんだろうか。

「それがまだあまり決まっていないんだよね。事実、対策って言ったって連中は亜子と仲良くしたいだけだから、そっちの方向に動けば結構簡単に収拾つくと思うんだけど」

「またパーティー開けばいいんじゃない?そのときに斉藤君が出て、これからの方針とか話せば、少しは不満も解消させると思う」

「その前に、何がどう不満なのか、具体的な話を聞いておいたほうがいいかもね。パーティーの件は賛成。あとは亜子の了承だけだけど」

「あたしはいいよ。詳しい話は二人に任せるから。日程だけ教えてくれれば、会場抑えるから」

 今までもこんなことは何回かあったのだ。二人もだんだん経験値がたまってきているので、それほど問題にならなそうだ。

「じゃあ事前にアンケートをとろう。それで、パーティー当日にそのアンケートについて対策を考えて、質問コーナーとかもやっとく?」

「誰が答えるの?」

 歩美や絵里は表舞台には立たない。二人が設立メンバーであることはナイショなのだ。すると、二人は当然のように、

「斉藤君しかいないでしょ」

「斉藤しかないでしょ」

 と、共に隼人を示した。

「え?俺?」

 考えてみれば当たり前だった。隼人をファンクラブの設立者の影武者として、据えようとしているのだ。ここで隼人が働かなくては意味がない。

「でも、俺は琴吹さんのこと、そんなに知らないけど」

 当たり前である。知っていたら、逆に不自然だ。ストーカーということになる。

「勉強してもらうしかないね」

 しょうがないこととは言え、亜子としてはあまり気持ちのいいものではない。そんな気持ちが表情に出ていたのだろう。すかさず歩美が、

「もちろん、プライベートなことは答える必要はないよ。勉強するのはファンクラブについてだけ。だよね?絵里ちゃん」

「わ、解ったよ」

 若干不安げな隼人。それを見て、亜子も不安になってきた。何となくボロを出しそうな気がする。おそらく同種の不安を感じたのだろう。絵里がこんなことを言い出した。

「サポートとして、笹原も一応覚えといてよ」

 安易な考えだが、普通に上策と言えるだろう。誠也にしても、あまり信用はできないが、隼人一人よりはずっと安定するだろう。

「何で、俺がそんなことしなくちゃいけないんだ」

「一応だよ。サポートってことで」

「拒否する。俺は面倒ごとが嫌いなんだ」

 この言動には、黙っていられなかった。

「言わせてもらうけど、斉藤はあんたの紹介でしょ。あたしは斉藤だけじゃ不安なの。あんたには紹介した責任があると思うんだけど」

 亜子が言うと、

「…………」

 誠也は黙り込んでしまった。そして、隼人をじっと睨みつける。どうやら隼人だけじゃ不安、というところは誠也にとってもうなずかなければいけない事実であったらしい。

「すまんな、誠也」

「謝るくらいなら、もっとしゃんとしてくれ」

 ため息をついて、愚痴を言うように隼人に文句を言う。見る限り怒っているようには見えないが、もしかしたらこういうことが過去に何度もあり、すでにあきらめている境地に達しているだけかもしれない。それを思うと、なおさら不安になってきた。

「しょうがない。あんたの言うとおり、こいつを紹介した俺にも責任がある。が、あくまでサポートだけだ。あとはあんたたちでこいつを教育して、何とか使える男にしてやってくれ」

「オッケー。任せといて」

「ありがとうございます」

 きちんと返事を返す絵里と歩美。ため息をつく亜子。正直どちらも頼りなかった。が、現状贅沢も言っていられない。

「じゃあ亜子はパーティー、というか懇親会の準備をよろしくね。とりあえず今日は時間も遅いし、大まかな今後の方針だけ決めて、詳細はまた今度にしよう」

「解った」

 絵里の言葉に、亜子は素直にうなずく。絵里は人をまとめる才能がある。少なくとも、

「今後の方針っていうと?」

 この、斉藤隼人という男よりは。こいつは今までいったい何を聞いていたのだろうか。今まで一切明かさなかった幹部を発表するのだ。今までやらなかったことをやるのだから、その目的とルールを伝えなければいけない。そんなことも察することができないこの男が、影武者とはいえ、トップに立てるのだろうか。それに対して。

「新体制の目的と、ルールのことだろう」

 笹原誠也は、絵里の言葉をきちんと理解している様子。普通解るだろう。誠也だって新参者で、亜子のファンクラブに関して特別知識を持っているわけではない。にもかかわらず、これだけの説明で理解できているのだ。普通は解るということだろう。

「そ。今までは誰が仕切っているのか解らない団体だったのに、中心を明かすことになるからね、この団体の目的とルールを作らないと、うまく運営できないでしょ」

「なるほど。で、今まではどんな風に運営していたの?」

「今までは特に運営ってほどのことはしてなかったよ。亜子に対するアプローチの限度、ってものを決めて、それに付随してペナルティーを与えていたくらい」

 最初はそれだけで結構まとまっていた。しかし、いったいどこの誰から制約を受けているのか。一方的に言うだけで、こちらの要求を受けてくれない。といった不満が日ごとに募り、今のような、蜂起に拡大していったということだ。

「まるでアイドルだな」

 誠也が独り言のようにつぶやいた。嫌味なのか、本音なのか。誠也のつぶやきには感情が乏しく、その一言だけで判断するのは難しかった。

「あんたたちには信じられないかもしれないけど、琴吹亜子って人物は、うちの学校のアイドルなんだよ。あんたたちはそれだけ偉大な人の付き人になれるってわけ」

「そりゃ光栄だな」

 ちっとも光栄に思っていないようなやる気ない感じで返事をする誠也。今度は解りやすかった。これは、嫌味だ。

「話を進めるよ。まず、亜子の安全が第一。これはオッケーだよね」

「うん」

「当然だね」

 絵里の言葉に、隼人と歩美が力強くうなずく。

「で、次にファンクラブを作ることの意味。亜子とファン、どちらにもメリットがないと意味がない。と考えると、どちらにもデメリットがあるとも考えられる。ここで、互いの妥協点を探そう。これがルールの第一歩だね」

「じゃあまず亜子ちゃんは、ファンクラブ創設以前で、何が嫌だった?」

 歩美の問いかけに、

「しつこいこと」

 亜子は即答した。

「しつこい告白、付きまとい、連絡先の交換、デートの誘い、プレゼント。これが一番嫌」

 亜子は苦虫をかみつぶしたような顔で、吐き捨てるように言った。

「亜子ちゃん。相当嫌だったんだね……」

 同情と怯えを含んだ表情の歩美。

「あのころの亜子は、荒れていたもんね。あたしもずいぶん苦労したよ」

 当時を思い出し、しみじみ語る絵里。

「熱烈なファンだな。俺には真似できない」

 なぜか感心している隼人。

「…………」

 特に感想がない様子の誠也。この男は常にそうだ。

「じゃあ、そこは制約に加えよう。亜子が譲れないところってことで」

「あとは、今のところ思い浮かばないな」

「ま、今日はこんなところでいいか。ルールについてはゆっくり考えていこう」

 とはいえ、あまりゆっくりできないのも本音なので、

「とりあえず、新体制発表会の予定だけ決めておこうか。一週間くらい先でいいかな。ルールとペナルティは急ぐ必要はないとして、幹部の顔見世は結構急務でしょ」

 ということで、パーティーは一週間後になり、それまでそれぞれルールやペナルティに関して、考えを深めておくという段取りになった。


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