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I'm  作者: 城ノ内 ジョウ
第一章
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第十八話


 その後の授業は滞りなく終了し、何の憂いもなく放課後になった。今日選定した写真は絵里たちから預かり、今夜にでも最終チェックをするとしよう。絵里たちとともに下校し、家に着くと、使用人たちに待ち伏せされていたようで、無理矢理病院に連れて行かれてしまった。もうすっかり病人であることを忘れていて、自分としては全快していると公言してはばからない感じだったのだが、大事を取ってということで半強制的に連れて行かれてしまった。

 以前からずっとお世話になっている病院に行くと、もう夕方であるにもかかわらず多くの人で賑わっていた。普段病気とは縁遠い生活を送っていると、病院に行く機会などないものだが、こうしてたまに病院に行くと利用率の高さに驚くことになる。この混み具合からすると、だいぶ待つことになるだろう。混み合っている待合室の中から、一つだけあいていたソファーに座って、ため息を吐く。周りの人には悪いが、病院の待合室は確実に空気が悪い。すでに全快している亜子からすると、ここにいると風邪が再発してしまうような気がした。

 あまり居心地がよくないが、それでも待たなければいけない。使用人たちはみんな買い物に出て行ってしまっている。暇つぶしに買った雑誌を広げた。

 周りはどんどん人が入れ替わり、診察に行く人、診察が終わった人、止まることなく人が流れた。亜子の周囲でも、ソファーから人が立ち上がったり、また新たに人が座ったり、割と慌ただしかった。入れ替わりは激しかったが、亜子はなかなか呼ばれなかった。

 しばらく時間が経って、持ってきた雑誌を読み終わったころ、たまたま空いていた亜子の隣に一人の男子がやってきて、

「………………」

 座ろうとしたのだが、なぜか躊躇っていた。何か妙な雰囲気を感じた亜子は、思わずその人物の顔を見上げた。そして、

「あ、」

「…………」

 そこには今日顔を合わせたくなかった、マスクで顔の下半分を覆った笹原誠也がいた。

「……座らないの?」

 おそらく誠也は座ろうと思っていたはず。だが、隣にいたのが亜子だと気付いて、一瞬躊躇したのだ。その一瞬の躊躇が亜子で亜子は不審に思い、亜子は顔を上げたのだ。

「座るよ」

 どうやら観念したようだ。ま、座らない、と言ったところで無理矢理座らせたのだが。

「あんた、こんなところで何してんの」

「病院に来る理由なんて、そう多くないだろ」

 分かっている。分かっているが、そう聞かざるを得なかった。

「あんた、風邪ひいたの?」

「どうやらそうらしい」

「あたしが移したの?」

 亜子は当然そうだと思っていた。何せこのタイミングだ。誠也は、亜子に付きっきりだったし、昨日からずっと誠也は体調悪そうにしていた。そして、今日学校を休み、病院に来ている。しかし、

「さあな。風邪の原因なんてそこらじゅうに転がっているし」

 誠也は否定した。確かに、何が原因で風邪をひいたか、なんていうのは分かるはずがない。風邪の原因なんて、数えきれないほどある。ただ、今回ばかりは特定していいと思う。「妙な気遣いしないで。このタイミングであんたが風邪を引いたのよ。あたしが移したとしか思えないじゃない」

 誠也は横目でちらりと亜子を見て、

「かもな」

 と言った。その言葉を聞き、

「……やっぱそうだよね」

 すると、隣で誠也が大きくため息を吐いた。

「あんた、一体何がしたいんだよ」

 思わず誠也に顔を向ける。当の誠也は興味なさそうに、正面を見ながらつぶやいた。

「自分で言わせといて、落ち込むな。リアクションに困る」

「……悪かったわね」

 呆れたように、大きくため息を吐く誠也。確かにその通りなのだが、こうもあからさまに呆れた雰囲気を出されると、ふつふつと煮えたぎるものがある。

「どうでもいいが、」

「はぁ?」

「もう少し声を落とせ」

 言われて気付く。誠也に言い分に、頭に血が上ってここがどこだか忘れていた。そう、ここは病院だ。あまり騒いでいい場所じゃない。はっとした亜子は思わず辺りを見渡す。注目の的、ということはないが、ちらちらとこちらを見る人が何人かいる。やはりうるさかったようだ。周りの様子を見て、若干冷静になった。

 しばらく黙り込んだのちに、誠也が静かに話しかけてきた。

「ところで、あんたはどうなんだ?」

「あ?あたしが何?」

「体調。よくなったのか?」

 この期に及んで、まだ亜子の心配をするのか。誠也の思考回路は一体どうなっているのだろうか。

「どうもこうも、この中であたしが一番健康だよ。医者や看護師も含めてね」

「そりゃ重畳。じゃあ何でここにいるんだ?」

「念の為って言って、無理やり連れて来られたの」

「学校へは行ったのか?」

「うん」

 だいたい今日学校を休んだ誠也が、普通に登校した亜子のことを心配するのはどう考えてもおかしいだろう。

「あたしのことはいいの!あんたはどうなのよ」

「俺は普通に体調不良だな。まさしく風邪をひいている感じだ」

 だから、風邪をひいているのだろう。この男は何を言っているのだろうか。

「出歩いて大丈夫なの?」

「出歩けないほど悪いわけじゃないからな」

「そっか」

 おそらく今日一日安静にしていたのだろう。こうして、この時間に病院にいるということは、今の今まで出歩ける状態じゃなかったのではないか。どうしても悪い方向に考えてしまう。誠也には何となく罪悪感があり、表面上の態度はともかく内心では強気に出ることができない。

「ファンクラブの様子はどうだった?」

 亜子が口を開けずにいると、誠也が話をそらしてくる。

「…………」

 心配かけまいとしているのか、この話題が嫌なのか。真意は分からないが、亜子としてはこの話に乗るしかない。

「絵里に聞いたところによると、評判いいみたいよ」

「そりゃ重畳だな」

「でも、握手がなくなったところに不満があったみたい」

「まあ仕方ないだろう。代わりに写真撮ったんだから、それで許してもらえ」

 もとよりそのつもりだ。ファンの気持ちをいろいろ考えて、ファンクラブの幹部を紹介したり、こうしてイベントを開いたりしているが、亜子は一応女子高生なのだ。ファンの望み全てを聞いてあげることはできない。

「ファンって言うのは、何にしても欲張りだからな。ある程度のことは我慢してもらわないと」

「そうね。でも、不満が増えるのは、やっぱりあまりよくない気がする」

「だからって、連中の言いなりになるのはおかしいだろう」

「それはそうなんだけど、不満がたまるとその分絵里たちに負担が……」

 と言いかけて、ふと気が付いた。またしても亜子は誠也に相談事をしている。どうしてこう誠也に頼ってしまうのだろうか。

「あんた、ファンクラブ関わる止めたんじゃなかったっけ?」

「その通りだ」

「ってことは、あんた無関係よね?余計な口出ししないで」

 今まで散々頼っといて、今も亜子が勝手に相談し始めたのに、この言い草はあまりに身勝手すぎるだろう。さすがの誠也も少しは頭に来るかと思ったが、

「そう言えば、そうだな」

 と言って、黙り込んでしまった。本当にこの男は何を考えているのだろうか。

「っもう!」

 この男と一緒にいると、本当にペースを乱される。このままでは誠也のペースに合わせてしまいそうだ。誠也から言い出したことだが、少し近づきすぎたのかもしれない。

「どうした?」

「どうもしないわよ」

 ここでタイミングよく亜子が診察室に呼ばれる。亜子は返事をして立ち上がると、

「とにかく明日は学校に来なさいよ。あと、ファンクラブに関わるの止める、っていうことは自分で言いなさい」

「分かっている」

「あと、借りは返すから」

「はいはい」

「あんたねぇ……」

「さっさと診察室に行ったらどうだ?」

 相変わらずマイペースで、正論を言う。とりあえず誠也との関係はここで終わり。亜子は一つ大きく息を吐くと、診察室に向かった。



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