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I'm  作者: 城ノ内 ジョウ
第一章
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第十一話

 始まる前の会話が嘘のようだった。隼人の司会は、目を見張るものがあった。才能と言って問題と思う。それほどうまい立ち回りだった。何が緊張している、心臓が口から出そう、だ。心配して損した。おそらく、隼人にとって、今日のパーティーは大成功になるだろう。そんな結果が予想できるほどの出来だ。

 対して、

「……………」

 亜子のほうは、かなり緊張しているように見えた。緊張なんてしていない、と豪語していたが、明らかにいつもと違う。普段は全身から自信を発散しているかと思うほどの存在感があるが、今日は小さく見える。風邪の影響もあるだろうが、弱々しく見える。

 本来なら隼人の補佐としてここにいる誠也だが、今日に限って言えば、亜子の補佐を行わなければいけないのだろう。どちらが手間かと言われると、かなり微妙なところである。

 誠也はウェイターとして、会場スタッフとともに接客業をこなしながら、亜子と隼人に目を配る。隼人の会則とそれに伴う注意事項の発表を終え、会食に入っている。亜子は体温を測り、薬を飲み終えている。現在誠也のやるべきことはウェイターの仕事に専念することだろう。

 さて。誠也は慣れないウェイターの仕事をこなしながら、考える。隼人に関することで、誠也が考えることはほぼないだろう。誠也が想定した通り、今日を最後に隼人の補佐から解放されるはずである。問題は亜子のことだ。

 誠也は亜子をちらりと見る。何やら考え事をしているようだが、特別体調不良を訴えている様子はない。今薬を飲んだばかりなので、しばらくは問題ないだろう。ただ、現在も無理をしているのは間違いない。隼人が大成功を収めたところで、亜子の体調が悪化してしまっては、後味が悪い。

 すでにパーティーは始まってしまっている。この状況で考えることではないのだが、どうしても割り切ることができない。ここで中止してしまっては、元も子もない。亜子に押し切られて、パーティーを開始してしまっている時点で、誠也ができることは決まっているのだ。亜子の負担を減らすこと。亜子のため、ファンクラブのため、と言いつつ、自分の罪悪感を軽減させるために動いている。そのことが一層誠也の罪悪感を募らせた。

 ふと亜子を見る。すると、亜子もこちらを見ていたようで、亜子と目が合った。亜子はすぐさま目線をそらしたのだが、しばらく視線を空中を漂わせると、またしても誠也を見た。

 一体何なのだろうか。不審に思った誠也は、亜子のもとに向かった。

「どうした?何か問題か?」

 誠也は亜子の横にしゃがみこみ、小声で問いかける。

「べ、別に問題ってわけじゃないんだけど、」

 誠也のほう見ずに、返事する亜子だったが、どうにも話しにくそうだ。

「あの、さ」

「うん」

「みず」

 水、がどうしたのか。亜子のグラスを見ると、減ってはいるがおかわりするほど少なくはないと思うのだが。いうより、どうしてここまで話しにくそうなのか。誠也はそっちのほうが気になった。何か聞かれると困るような話題なのだろうか。

「水、飲みたいのか?」

「いや、水、飲みすぎたなぁ、って……」

 言われて、誠也は少し考えた。そして、亜子の挙動を鑑みて、答え導き出した。

「あぁ、了解した。少し、待ってろ」

「え?あ、うん……」

 亜子は顔をうつむかせる。どう見ても赤面していた。

 誠也はとりあえずグラスに水を注ぐと、隼人のもとに向かった。

「すみません」

 小声で呼びかける。誠也は立場上、隼人と知り合いであることをばれてはいけない。何のために会場スタッフに紛れているか分からなくなってしまう。のだが、

「おう、誠也。何だ?」

 普通に返事した上に、誠也の名前を堂々と言い放った。こいつ、テンションが上がりすぎて、舞い上がっているのではないか。

「少しは声を抑えろ」

「え?あぁ、悪い悪い。それで、何か用か?」

「琴吹がお色直しだ」

「え?そんなのあったっけ?」

 予定にはなかったが、気にするな。

「あるんだよ。とりあえず、アナウンスしてくれ。お色直しが終わったら、また連絡する」

「あー、分かった」

 誠也は足早に隼人の元から去る。会場から出たところで中の様子をうかがう。すると、

「えー、みなさん。お食事中のところ申し訳ありません。我らが亜子ちゃんがお色直しに行かれます。盛大な拍手でお見送りください!」

 何だ、それは。前言撤回。確かに堂々としてはいるが、どうにもテンションが高すぎて、とんでもないミスを犯しそうな気がする。結局隼人からは目を離すことができないようだ。さりげなく『亜子ちゃん』などと呼んでいるし、亜子や亜子のファンから後でお叱りを受けなければいいが。

 対する亜子はどうだろうか。おそらく、一体何を言い出すのだろうか、と戦々恐々としていたはず。

「…………」

 立ち上がった亜子は、少しだけ戸惑った様子だった。それもそのはず。隼人も言ったが、お色直しなどという予定は存在しない。寝耳に水だったに違いない。しかし、アイドルであるところの亜子が、トイレに行きます、などとアナウンスすることはできないし、かといって、黙って席を立つのも不自然である。これは我ながらいい機転だったと思うのだが。

「…………」

 大勢の拍手に送られた亜子が、会場を出て誠也の前にやってきた。

「…………」

 頬を膨らませて、睨みつけてくる。どう見ても不機嫌そうだ。ただ、このまま黙って見送ると、さらに機嫌が悪くなりそうなので、何でもいい、一言言おう。

「どうだ、あれだけ大勢の人の拍手に送られて、トイレに行く気持ちは」

「っ!」

 割と高いミュールで、思い切り足を踏まれた。

「いってーな!」

「う、うるさい!変なこと言うあんたが悪いんでしょ!このバカ!」

 顔を真っ赤にして大きな声を出す亜子は、明らかに不機嫌だった。

「だから、大声を出すな。会場の連中に聞かれるし、体調に影響が出る」

「あんたのせいでしょ!」

 いらいらした様子で、誠也に食って掛かっていた亜子だが、大きく深呼吸をして、

「でも、ありがと」

 急激に神妙な雰囲気になって、礼を口にした。

「どうした、急に」

「別に!一応言っておこうと思っただけ!」

 亜子は言い放って、控室に向かっていった。不機嫌そうだが感謝はされているようだ。体調に関しては不明だが、元気は出ているようだ。

 しばらく亜子を見送ると、大きくため息を吐いて、会場に戻った。


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