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I'm  作者: 城ノ内 ジョウ
第一章
13/25

第十話

 パーティーが始まろうとしていた。控え室を含めた裏方が、にわかに慌しい。緊張感が辺りを包んでいるように見える。どことなく重い雰囲気。

 かすかに聞こえるのは会場のざわめき。あちらはどことなく興奮している様子。

「…………」

 亜子は若干の緊張を感じていた。周りには緊張などしていない、と言っている。しかし、それは必ずしも本心とは言えない。確かに、この手のパーティーは何度もやっている。今回は久しぶりとは言え、緊張する必要もない。新体制発表をかねているが、それは隼人の仕事であり、亜子はせいぜいフォローをすればいい。

 ならば、なぜ緊張しているのか。それは、自身が風邪を引いているからだ。表情に出してはいけない。周りに迷惑をかけてはいけない。今より体調を悪くしてはいけない。全てやりきらなければいけない。でなければ、このパーティーを最後まで終えることが出来ない。自分に出来るだろうか。いや、やらなければいけない。

「…………」

「本当に緊張しているみたいね。大丈夫なの?」

 話しかけてきたのは、この企画の仕掛け人である中田絵里。心配しているのだろうか。表情は軽いが、口調は真剣そのもの。どうやら本当に心配しているようだ。これは困った。

「だから、何度も言っているけど、緊張してないから」

「あたしにはそう見えないけど」

「あたしより、斉藤の心配して」

 心配してくれるのはありがたいが、今は勘弁してもらいたい。自分より心配すべき人物がいるだろう。そいつに矛先を向ける。すると、

「斉藤は、結構落ち着いているよ。やっぱり外に出したのがよかったのかもね」

「本当なの?」

 にわかに信じられないが、思い出すのは先ほどの誠也の言葉。

『心配いらないだろ。あいつはああ見えて本番に強い』

 どうやら誠也の言うとおりになっている。それが何となくシャクだ。今や、隼人より自分のほうが心配されているという状況もシャクである。

「ま、あいつに不安があるのは変わりないけど、あんたのことが心配なのも、本当だよ」

 すでに心配をかけてしまっているようだ。これではいけない。今は、緊張している、というところに目が行っているようだが、この心配に対して思考を進めていくと、自ずと体調に目が行くのではないか。

 反論したいのは山々だが、ここは素直に認めておこう。このままではパーティーを終えることが出来ない。そのために亜子は行動しなければいけないのだ。

「確かに、緊張しているかも」

「ようやく認めたね」

「でも、あたしがやることはあまりないし、運営は全部絵理と歩美に任せているし、あたしは大船に乗った気持ちでいるよ」

「それでいいよ。亜子はいつもみたいに、可愛く笑っていればいいから」

 可愛く笑っているだけ、なんてことは今まで一度もなかったのだが、これはおそらく絵理なりの冗談だろうか。

「あたしはお人形か何かなの?」

「黙っていれば、お人形になれると思う。口を開くとお転婆だね」

 そんなにお転婆だと思っていないのだが。ま、絵理が言うならそうなのかもしれない。

「おーい」

 突然ドアが開くと、歩美が声をかけてきた。

「亜子ちゃん、そろそろ出番だよ」

 本来なら主役である亜子は、司会進行役に紹介されて登場するのが筋だろう。しかし、今日はファンクラブの幹部の紹介を兼ねているため、まず亜子が登場。そして、亜子の紹介によって、隼人が登場し、その後の進行を引き継ぐ形になっている。

「分かった。ありがと」

 飲み物を置き、立ち上がる。

「じゃ、よろしく」

「うん」

「亜子ちゃん、頑張って」

「ありがと」

 二人に見送られて、控え室を出る。

 舞台である大広間に入る手前で、隼人に会った。

「あ、琴吹さん」

「うん。調子はどう?」

 亜子がそう聞くと、恥ずかしそうにはにかむ。

「あぁ、おかげさまでちょっと落ち着いたかな?」

 ちょっと、ということはまだ緊張しているらしい。

「ま、ほどほどに頑張って。あんた、本番に強いんでしょ?」

「え?誰がそんなこと言ってたの?」

 自覚はないらしい。本当に本番に強いのだろうか。

「笹原が言っていたけど、違うの?」

「本当?あいつ、他人事だからって適当なことを……」

 頭を抱える隼人。

「やけに自信満々に言っていたけど」

「自分では本番に強いって思ってないんだけどなぁ」

 苦笑しながら答える隼人は、どう見ても頼りない。だからと言って、他に頼るわけにも行かないので、

「とりあえず今日で終わりだから、頑張って。期待しているから」

 本当はあまり期待してなかったけど、奮起を促すために言ってみたら、

「あ、はい!頑張ります」

 思った以上に効果があった。

「う、うん。じゃあ呼ぶから、しっかりお願いね」

「はい!」

 さて。あとは、会場スタッフの合図で大広間に登場するだけだ。亜子はその瞬間を待ちながら、ふと思う。

 そういえば、誠也はどこにいるのだろうか。誠也は会場スタッフに混じって、ウェイターをやっているらしい。ということは、すでに仕事をしているのだろうか。直前に少しだけ、打ち合わせをしたかったのだが。とりあえず、頭痛薬と風邪薬は持っているが、体温計は持っていない。何らかの合図も決めておきたかった。でも仕方がない。

 会場スタッフから合図が出た。亜子は大きく深呼吸をすると、両開きのドアが開かれ、強烈なスポットライトが浴びせられた。思わず目がくらみ、足元が不安定になる。しかし、気持ちだけで会場の中に足を踏み入れた。

 自分の席にたどり着くと、一礼。そして、

「今日はお越し下さいまして、ありがとうございます。短い時間でありますが、みなさん、楽しんでいって下さい」

 言って、また一礼をした。頭を下げると、頭に血が上る。あまり大きな動き、機敏な動きをすると、身体によくない。ゆっくり頭を上げる。すると、またしてもスポットライトが目に入った。この体調の中、強烈なライトというのは辛いものがある。

「えっと、さっそくだけど、紹介するね」

 堅苦しい言葉を止めて、自分の言葉で話す。出来るだけ普段どおり。これが亜子のスタイルだった。もっとも、今日はその普段どおりが難しいわけだが。

「今までずっと秘密にしていたファンクラブのスタッフ。あたしと同じ学校の、斉藤隼人」

 亜子の紹介によって、スポットライトが亜子から移動。これだけでもほっとする。

 登場してきた隼人にライトと視線が集中する。同じ学校なら、隼人を知っている人間も多いだろう。まばゆいライトの中歩いてくる隼人は笑顔で、周囲に手を振っている。先ほどの様子からは信じられてない光景だ。

 隼人が司会台にたどり着くと、声を張る。

「ただいまご紹介に預かりました、斉藤隼人です。今日は司会を務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」

 言って、頭を下げる様子は、様になっている。人前に出ると、ここまで変わるのか。声も震えていない。メモを見ているわけでもない。これだけでも亜子は隼人を見直した。



 隼人が登場すると、本格的に司会役を務め始めた。亜子は着席すると、ゆっくり水を飲んだ。ここまでくれば、亜子はひとまずお休みだ。隼人の様子を眺めているだけでいい。とはいえ、スポットライトは隼人とともに亜子を照らしている。相変わらず注目度は高い。笑顔でないといけない。

 隼人が滑らかに新しく決められたルールを話している。その声を聞きながら会場を眺めていると、ようやく誠也を発見した。亜子をほっといて、一体何をやっているのかと思ったら、亜子からもっとも距離のある会場の端でスタッフと話していた。

 今頃段取りの確認だろうか。何やら誠也が説明をして、スタッフが相槌を打っているように見える。当然声など聞こえない。気になった亜子は、しばらくじっと見つめていた。すると、誠也とスタッフが同時にこちらを見た。

 え?何だろう。気付かぬうちに何かしてしまったか。それとも亜子が見ていたことに気付いたのか。若干パニックに陥った亜子だったが、誠也は再びスタッフと話し、一言二言言うと、スタッフは頷いて、会場から出て行った。おそらく誠也が何か指示を出したのだろう。

 スタッフを見送ると、再び亜子を見た。目が合うと、誠也は自分の眉間を指差した。

「…………?」

 亜子は誠也が何をしているのか分からなかったが、不意に気が付いた。

「あっ」

 思わず小さく声を上げてしまった。おそらく誠也の動きを集中して見ていたからだろう。眉間にしわが寄っていた。誠也はそれを指摘したのだろう。

 亜子は即座に眉間を揉むと、誠也に向かって、

「バーカ」

 声は出さず、口だけ動かした。すると誠也は、ここから見ても分かるくらいあからさまにため息を吐いた。はっきり言ってバカにしている。頭に来た亜子だったが、

「堅苦しい話はここまでにして、とりあえず乾杯しましょうか。あ、もちろん、会場にはソフトドリンクしかありませんので、ご心配なく」

 隼人の話が終わり、会食が始まろうとしていた。隼人の話は全くと言っていいほど聞いていなかった。こんなことではダメだ。誠也のことなど無視して、亜子は集中し直した。

「えー、みなさん、グラスに飲み物は入りましたか?では乾杯のコールを、我らが琴吹亜子さんにお願いしたいと思います!拍手!」

 どうやら話しているうちに、テンションが上がってしまっているらしい。隼人は先ほどまでの緊張感など、まるで感じていないようだった。こっちがいろいろ苦労しているのにいい気なもんだな。亜子は思わずため息を吐きそうになった。気を取り直して、亜子は立ち上がる。なるべくライトを見ないようにして、なおかつ会場にいるみんなの顔は見て、

「おいしいもの用意したから、残さず食べてね!乾杯!」

 全員に聞こえるように声を張る。意識はしたが、あまり通るような声は出せなかった。今日一日これだと辛いな。あとでマイクを用意してもらったほうがいいかもしれない。亜子は静かに着席すると、ゆっくり水を飲んだ。すると、

「っ!」

 亜子を煌々と照らしてたスポットライトが、若干弱くなった。これなら眩しくない。パーティーが進み、照明が変化したのだろうか。それとも亜子が眩しそうにしていることに気づき、弱くしてくれたのか。とにかく亜子としてはラッキーだった。食べれるものだけ食べて、薬を飲もう。と思ったのだが、

「…………………」

 亜子の体が受け入れてくれそうなものはなかった。食欲はあるが、油っこいもの・味の濃いもの・硬いもの・重いものは食べる気がしない。とりあえずサラダを食べてみたのだが、これだけでは何となく物足りない。本当は食べたほうがいいのかもしれないが、無理しては元も子もない。ま、一応おなかに食べ物入れたし、これで薬を飲もう。と思ったのだが、

「あっ」

 気付けば、グラスの水はほとんど入っていなかった。これでは薬が飲めない。あまり人とは話したくなかったし、顔を見られるのも躊躇われたが、背に腹は代えられない。しょうがない。ウェイターを呼ぼう。

 と思った時、

「お飲み物のおかわりはいかがですか?」

 ちょうどいいタイミングでウェイターが現れた。

「あ、はい。じゃあ水を……」

 と言って、顔を上げると、

「あっ!」

 そのウェイターは、なんと誠也だった。

「でかい声を出すな。周りに気づかれるだろうが」

「あ、あんたがいきなり現れるからでしょ」

 亜子が反論すると、誠也はまたしてもため息。いちいち頭に来る反応。しかし、

「飯は食ったのか?」

 誠也は亜子の隣に来ると、しゃがみこんだ。これで視線は亜子より下。亜子にとって、楽な姿勢である。

「食べた。サラダだけだけど」

「そうか。食欲はあるのか?」

「うん。割と」

「こんなこともあろうかと、こいつを持ってきた」

 誠也は自ら持ってきたお盆から、ゼリーとヨーグルトを取り出した。

「本来ならおかゆがいいのだろうが、さすがにそれは用意できなかった」

 それはそうだろう。そんなものを頼めば、誰か体調が悪いのかと疑われてしまう。

「どっちがいい?」

 ヨーグルトは今朝食べたので、

「ゼリーがいい」

 言って、ゼリーを受け取った。そして、

「あとこれ」

 誠也は続いて、体温計を取り出した。それは最新型のではなく、脇にはさんで測るタイプのそれだ。

「ちょっと時間がかかるのが気になるが、俺が協力する」

 誠也は亜子の目の前に立ち、壁になる。

「見ないでよ」

「………」

 誠也は黙って目をつむった。その様子を見ると亜子はドレスに手を入れ、素早く体温計をセットした。

「このタイミングで薬も飲んでくれ」

 誠也は亜子のグラスに水を注いだ。亜子は頷くと、体温計に注意しながら薬を取り出すと、口に放り込む。そして、水で流し込んだ。

「一分後にまた来る。そのときに熱を聞くから」

 誠也は亜子の返事を聞かずに、丁寧に頭を下げると、踵を返した。

「……………」

 どうやら誠也は亜子のことを気にしてくれていたらしい。そう言えば、先ほどのスタッフとの会話も、もしかしたらスポットライトのことを話していてくれたのではないだろうか。タイミングを考えてみても、あり得る話だ。

 ここで、体温計が音を立てる。計測が完了したらしい。亜子は周りの目を気にしながら体温計を取り出す。見ると、三十七度五分。まだ誠也の指定したリミットには達していない。最初に測ったときは三十七度三分だった。若干上がっているが許容範囲だろう。まだまだ問題ない。亜子は体温計をテーブルに置くと、ゆっくり水を飲んだ。そして、またなくなってしまう。無意識的にウェイターを探すと、またしても誠也と目が合った。

「どうだ?何度だった?」

 誠也は怪しくない程度に、急いできてくれた。またしても亜子の横にしゃがみこむ。

「三十七度五分」

 亜子は測ったままの体温計を差し出す。その数字を見て、誠也は頷く。

「本当ならとっとと家に帰して、睡眠を強要したいレベルの発熱だが、」

「言ったのはあんたでしょ。約束は守りなさいよ」

「分かっている」

 体温計をポケットにしまうと、誠也は立ち上がって、

「水飲むか?」

「あ、うん」

「水はどんどん飲め。で、どんどん出せ」

「あ、あんた、女子に向かって何言ってんのよ!」

 思わず激昂してしまったのだが、誠也は極めて冷静に、

「汗だよ。着替えも用意しているんだろ。一応タオルを渡しておく」

 言われて、亜子も冷静になった。女子として恥ずかしいのは、むしろ自分のほうだった。

「何かあったら、すぐ呼べよ」

 誠也は小さく頭を下げると、足早に亜子のもとから去って行った。

「あ、」

 またしても、礼を言うことができなかった。ライトのことも、タオルのことも、全て亜子のことを考えてのことだ。先ほど冗談で『あたしのことほっといて何してんだ』と思ったが、むしろ亜子のことを最優先に考えてくれているようだった。

 今度来たら、礼を言おう。亜子はそう心に決めて、またしても水を飲んでしまうのだった。


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