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I'm  作者: 城ノ内 ジョウ
第一章
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第七話 後編


 誠也が出ていくのを見送ると、亜子は大きく息をつき、ソファーに深く座りなおした。どうにか中止は免れたようだ。しかし、まだ油断はできない。まだパーティーは始まっていないのだから。

 それにしても、気づいたのが誠也でよかった。絵里や歩美では説得する前に中止が決定してしまっていただろう。隼人も押し切ることができたかもしれないが、すぐにぼろを出しそうだ。誠也は協力もしてくれるらしいし、もしかしたらこれが最高の選択だったかもしれない。

 コンコン。

 不意にドアが叩かれる。誠也、ではないだろう。さすがに早すぎる。

「どうぞー」

 亜子が返事をすると、

「お、さすがに起きているね。どう?睡眠不足は解消できた?」

「え?緊張していたんじゃなかったの?」

 入ってきたのは絵里と歩美だった。間一髪といったところか。あと数分、説得が遅れていたら、二人に事態がばれていただろう。少しやりすぎた、と思わなくもなかったが、あそこまでして誠也を説得してよかった。

「というか、ただの低血圧だよ。ようやく調子出てきたね」

「そ。それはよかった。主役があんな状態じゃ、ブーイングされても文句言えないし」

「そんなことないでしょ。うなだれているあたしも、結構かわいいと思うよ」

 軽口を言えるほど、回復している。頭は重いが、無理をしている感じでもない。朝ほどの辛さもない。この調子なら、気づかれずに済むだろう。

「それで、亜子ちゃん、笹原君と会った?」

「え?うん、会ったけど」

 どうやら控室の外で、誠也と出くわしたらしい。何か、余計なことを言ってなければいいが。

「こんな時間に買い物行くって言っていたけど、亜子ちゃん、何か知っている?」

 知っている。おそらく、

「あー、あたしが朝食頼んだ。まだ食べていないから」

 すると、二人は、

「え?」

「えぇ!」

 とても驚いた。

「え?何?あたし、変なこと言った?」

 亜子の言葉に、二人は顔を見合わせて、

「あの笹原誠也をパシリに使うとは……」

「亜子ちゃん、さすがだね」

 何が、さすがなのか分からないが、どうやら誠也は本当に黙っていてくれたらしい。あの男、実は誠実なのだ。亜子の言うことを真面目に考えてくれたし、自分は無関係だと言いながら、真剣に悩んでくれた。

「あいつ、暇でしょ。もう衣装合わせも段取りの確認も終わったみたいだし」

「まあ、暇ということはないと思うけど、笹原がいいなら、それでいいか」

「そうだね」

 絵里と歩美は、よく分からないところで納得した。

 とにかく、誠也はすでに動き出してくれている。病気の隠ぺいにも協力してくれている。となると、亜子のほうも動き出さなくてはならない。まずは、

「あのさ、ちょっと相談があるんだけど」

「ん?何?」

「今日、握手会勘弁してもらえないかな?」

「え?何で?何かあったの?」

「えーっと、昨日からちょっと手が荒れ気味でさ。あまり握手とかしたくないんだよね」

 我ながら、いい嘘だと思った。しかし、

「本当?ちょっと見せて」

 実際に見られてしまい、

「どこが荒れているのよ」

「荒れ始めなの」

「亜子ちゃん、これで荒れているなんて言ったら、世の女性に怒られるよ」

 見破られたわけではないが、反論できなくなってしまい、撃沈。しかし、

「ま、握手会も久々だしね。今日は人数多いし、勘弁してもらおうか。理由は肌荒れで行こうか」

 どうやら気を遣ってもらえたらしい。亜子が嘘をつくほど嫌がっている、と勘違いしたようだ。実際握手自体は嫌ではないのだが、これはこれで好都合なので、申し訳ないと思いつつ、黙っていることにした。

「ごめんね。申し訳ない」

「いいよ。あたしたちもパーティーやんの久しぶりだから、亜子にいろいろ迷惑かけると思うし。ここはおあいこってことで」

「うん、ありがと」

 そして、もう一つ、誠也から条件として指定されたことがあった。それは、

「絵里か歩美、マスク持ってない?」

「え?どうしたの亜子ちゃん。風邪引いたの?」

 おっと、やばいやばい。いきなり正解を叩き出されてしまう。ここは落ち着いて、否定しつつ、誤魔化さないと。

「いや、違うよ。衣装室って空気乾燥しているみたいで、少し喉が渇いちゃったんだよね。また衣装合わせあるから、あったら使いたいな、と思って」

「あー、そうなんだ……。あたしは持ってないな」

「ごめんね。私も持ってないよ」

 まあ風邪をひいたときか、冬場にしか持ち歩かないだろう。

「あー、いいよいいよ。気にしないで」

「スタッフの人に聞いてみようか?」

「それもそうだけど、空調少し弱くしてもらおうか?」

 どちらでも構わないが、あまり大事にしたくない。

「あー、あたしが自分でやるから、二人は自分のことに集中して」

 亜子は立ち上がると、

「とりあえずスタッフの人に、マスクあるか聞いてくるよ。空調はそのあとにする」

「あ、そう。分かった。あんまり辛い様だったら買ってきたほうがいいかもね」

 それもありか、と思いつつ、自分には無理だな、と思った。亜子は極力動かないほうがいい。外に出るなど、言語道断だろう。とりあえず、一息つくためにも控室から出よう。

「じゃあ行ってくるね」

「いってらっしゃーい」

「あっと、絵里。笹原が帰ってきたら、控室で待ってて、って言っといて」

「了解」

 亜子は控室を出ると、一息つく。今の会話は、結構無理をした。テンション高めにしゃべっていたし、それなりに声も張った。だが、まだ大丈夫だ。自分が弱気になったら、一番まずい。気合を入れなおして、フロントに向かった。


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