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猫日記  作者: 田山歴史
9/24

第九話 猫と悩める少年

 車にはねられて、大きな怪我をした。

 起きたら、世界はおかしいことになっていた。

 目を開けると、そこにはおかしな世界が広がっていた。

 だから少年は口を閉ざした。自分が見ているものが異常なのだと確信していたからこそ、口を閉ざしてなにも言わなかった。適当に笑って、当り障りのないことを言っていれば世界は適当に流れていくものなんだと知っていたから、なにも言わなかった。


「それで、汝は満足できるのか?」


 当たり前だ。

 嫌なことからは目を閉ざせばいい。

 ぼくは、冬孤みたいに強くはなれない。

 ぼくは、普通に生きて、普通に死にたいんだ。

 特別なんていらない。

 天才になんてなりたくない。


「確かにな……『普通』でないということは、必ずしも幸福ではない。誰もが特別を望みながら、誰もが『特別』な人間を排斥する」


「我の通っていた学校にも、『天才画家』と呼ばれる人がいたよ。彼はあまり頭が良くなかったけど、抜群の感性と鋭い直観力を持っていた。彼の感性は『人の本質』を捉え、直観力は『人と異なる世界』を見ていた。だが……普通の人は彼の作品を理解することはできても、彼自身を理解できなかった」


「そいつは……誰にも理解されずに死んだんだ」


『黒の魔法使い』と名乗ったその人は、

 悲しそうに、ぼくを見つめた。

 世界で二番目に強い人は、

 寂しそうに、ぼくを見つめた。


「だから文雄。普通を求めるお主は強い」

「……ぼくは、強くないよ」

「いいや、強いさ。私がお主くらいの年齢の時は世界に色々と愚痴を吐いていたもんさ。納得しなければならないことを納得できず、大人が汚いと思い込んで自分を正当化しようとしていた、下らない小学生だった」

「………今は、違うの?」

「大きくは違わない。ただ……納得できないことが多くなった」

「納得できないこと?」

「ああ。あいつのように、救われぬ命があることが納得できない」


 昔から分かっていた。

 絶対的な悪なんていない。

 絶対的な正義なんてない。

 救われない人がいて当然。

 ぼくは、それを分かっていた。

 分かっているだけだった。

 

「だから、私はお前に頼みたい」

「………………」

「もとより、私のわがままだ。お前の普通を奪い取って、お前の人生を奪い取って、それでも貫きたい私のわがままだ。強制する権利なんてないのは分かってる。それを口にしたら私が卑怯者になるのも分かってる。それでも……言わせてくれ」



「お前にしか、救えぬ命があるんだ」



 目が覚めると、そこは見慣れた教室だった。

 顔を上げると、数学教諭のほおが引きつりまくっている。

「山口ぃ。私の授業が聞けないなら、帰ってもいいんだぞ?」

「………あーすみません。昨日徹夜だったもんで」

 欠伸をしながら教科書とノートを取り出す。

「よーし、分かった。それじゃあ黒板に書いてある方程式を解いてみろ。前日に徹夜するほど勉強してたんだったら、もちろん解けるよな?」

 こういう真似をするから、この教師は嫌われている。

 宿題の量は半端でなく。授業はやたら早い。しかも私生活のトラブルを授業態度にまで持ち込んでくる始末。人間だから苛立つのは当たり前のことだが、それをぐっと我慢するのが大人の態度であり、仕事人としての在り方じゃないだろうか、と文雄は思ったりしたが、なにも言わなかった。

 欠伸をしながら壇上に上がる。教師はにやにやと笑っている。

「どうした? ただのステップアップ問題だぞ? 前日に徹夜してたんだったら簡単に……」

「できました」

「は? え?」

 黒板の字は汚くて読めたものではなかったが、数式だけは辛うじて読めた。

 それで十分だった。

「う、うむ。正解だ。しかし、授業中に寝るのは感心せんぞ」

「はい。次からは気をつけます」

 無難な返事をかえして、文雄は欠伸混じりに席につく。

 授業はかったるい。眠気を必死でこらえる。

 と、不意に背中を突かれた。

 振り向くと、そこにはそれなりに仲がいい、髪を金色に染めた女子こと出席番号32番、姫宮藤野ひめみやふじのが怪訝そうな顔をしていた。

「山口ぃ、あんたって何者?」

「は?」

「あの問題、樺野かばののハゲ野郎がこれが解けたらたいしたもんだとかなんとか言い出して、黒板に自信満々に書いた問題だったのよ。あたしは、大学で習うような高等数学、高校生風情が理解できてたまるかっつーの。……とか思ってたんだけど、それが解けたあんたは何者?」

「樺野先生は確かにはげてるけど、授業中にそれを言うのはどうかと思うよ?」

「なに言ってんのよ。授業なんてとっくに終わってるっての」

「え?」

 どうやら、眠気をこらえられなかったらしい。

 よく見ると机によだれが垂れていた。

 ついでに、ノートに芸術的な絵が描かれていた。

「あんたが寝入った後、あのハゲ、肩身が狭そうにさっさと授業終えて、最後にあんたのこと睨みつけて帰ったみたいよ」

「……そりゃ、参ったなぁ。教師に目をつけられたくないんだけど」

「あんた、あれだけ盛大に寝ておいてそりゃ説得力がないわよ。昨日なにやってたのよ? ストーキング行為とか?」

「アホか」

「ふーん、それじゃあ……」

 藤野はにやりと笑って、文雄の耳元に囁いた。

「執筆活動、とか?」

「っ!!」

 全身に緊張が走る。

「さっき文雄が鞄からノートを取り出したとき、メモ帳みたいなのが落っこちてたから、ちょっくら拝見させてもらっちゃった★ あれってネタ帳よね? よねよね?」

 心底楽しそうな藤野の笑いは、人の不幸をむさぼる悪鬼のように見えた。

「っ……要求は、なんだ?」

「なんか奢って。それで黙っててあ・げ・る」

「……分かったよ。でも、今日はちょっと用事があるから」

「へっへっへ。分かってますぜ。それくらいは譲歩してあげまさぁ」

「姫宮。口調が山賊みたいだぞ」

「お頭ぁ、あっし、SUSIが食べたいっす」

「……百歩譲って回ってるのならいいよ」

「うお、まじ? らっきー☆」

「こっちはアンラッキーだけどね」

 文雄は溜息をつく。

「あ、それからそれから」

「あんだよ?」

「朝食は夕凪ホテルのバイキング、昼食はらーめん蘇我のちゃーしゅーミソがいいにゃっ★」

「……姫宮。それは、一日中付き合えってことか?」

「うん、まぁそゆことだね。どーせ暇っしょ? 映画でも見に行こうぜー」

 少しだけ考えて、文雄は深々と溜息をついた。

「分かったよ。その代わり、絶対に言うなよ?」

「了解です、お頭」

「あと、『にゃっ★』とか言っても全然可愛くないから。むしろ寒いっていうか怖気が走るっていうか」

「うわ、ひどっ」

 にやにや笑う藤野に背を向けて、文雄は溜息をつく。

「あ、それから」

「……なんだよ?」

「悩みがあるんだったら、誰かに相談したら?」

 ドキリとした。

 振り向くと、藤野は笑っていた。

「……なんてね。あんたがなにに悩んでいるのか知ったこっちゃないし、あたしにとっちゃどーでもいいことだけど、辛気臭いのは苦手だから、一応言っておくわ」

 藤野はそれだけを言うと、さっさと立ち上がって、雑談しているクラスメイトの輪に入っていった。

「……ご忠告、痛み入るよ。姫宮」

 文雄は目を細めて、口許を緩めた。



 時間が経つのは早いもので、午後の三時半である。

 一般の高校生の下校時刻というやつだ。

「というわけで、第一回『文雄くんの好み探し』、ぶっちゃけストーキングを開始しようと思いまーす。参加者は私と冬孤の二人だけ。はっきり言って死ぬほど嫌だけど、目的達成のためなら手段は選ばない私なのでしたー」

「田辺慶子さん……気持ちは分からないでもないけど、それはそっくりそのまま私の気持ちだってことは分かってるのかしら?」

「当然、分かってます。一種の牽制ですよ。威嚇射撃ってやつです」

「じゃあ、こっちは本気で撃ち返すわ。波動砲で」

 冬孤の指がゴキリ、と乙女らしくない音を出す。

 殺る気満々、といった感じだ。

「あー、すみません。とりあえず、その熊も脅えて逃げ出しそうな殺気をしまってください。怖いですから」

「頭か心臓を切除すれば、恐怖なんて感じる暇もないわよ?」

「あ、出てきたみたいですよっ!」

 慶子にとってはぐっどたいみんぐというやつだろう。

 校門から、眠そうに欠伸しながら文雄が出てきた。

 女子高生らしかぬ尾行術で、その後を追う女子高生ふたり。

「文雄くん、いつもは家まで真っ直ぐ帰るんですか?」

「いつもはそうなんだけど、最近、帰りは遅い方よ。図書館とか、本屋とか、適当に寄っていくみたいだから」

「………詳しいですね」

「昔の話よ。今はどうか知らないけどね」

 少しだけ目を細めながら、足音を殺して二人は文雄の後を追跡する。

 ……猫である私とは比べるべくもないのだが、この女子ども、つくづく常識の範囲内で満足して生きられない連中らしい。

「あ、お店に入りましたよ」

「兄さんの一押しの甘味所じゃない? 確か『みつや』って名前の」

「………彼女さんにケーキでも買っていくんでしょうか?」

「いいえ。あれは絶対に自分のぶんね」

 文雄は十五分ほど黙考した後、しょーとけーきとれあちーずけーき、そして三色ちょこれーとけーきを注文した。

「……三つも食べるんですか?」

「普段は一つか二つくらいだけど……」

「なーんか、嫌な雰囲気ですねぇ」

「………………」

 二人の目が鋭くなる。文雄は激烈な怒気がこもったその視線に全く気づいていないようで、ケーキを手に持って、再び歩き出す。

 冬孤と慶子はその後を再び追跡する。

 歩くこと十五分。文雄は家から逆方向の道に進んでいる。その足取りに躊躇はなく、私は冬孤とは別の意味で嫌な予感がした。

 と、不意に文雄は古びた一軒屋の前で足を止めて、そのまま躊躇なくその家のいんたーふぉんを押した。

「はいはーい。どっちらっさまーっと?」

 ガラガラガラ、と今時珍しい引き戸が開く。

「……うわ」

「っ!!」

 二人は、絶句した。

 現れたのは、輝くような金色の髪を腰まで伸ばした絶世の美女。サファイアの瞳に、女性らしいふくらみを有している体型。服装はTシャツにスパッツという軽装。思春期の男子にとっては目の毒以外の何者でもないだろう。

「おや? 文雄くん、お久しぶり」

「どうも、トーコ師。お久しぶりです」

日向ひなたならまだでかけてるけど、中で待つ?」

「じゃあ、そうさせてもらいます。あ、それと……これ、お土産のケーキです」

「ん、どーも。じゃ、それ持って先に中に入ってて。あたしはちょっくら庭に用事があるんでね。茶の間に美味い棒があるから食べてていいよん」

「相変わらずの駄菓子趣味ですね………」

 文雄は半ば呆れながら、家に中に入った。

「さて、と」

 トーコは口許を引き締めていた。

 嫌な予感が、背筋を走り抜ける。

「けーこく。今から五秒以内に君たちの所属、姓名、それからなぜ文雄くんを尾行していたのか説明しなさい。でないと、問答無用でぶっ壊すよ?」

 最悪の展開だった。

 冬孤と慶子は当然のように気配を隠しながら、トーコの警告には応じない。それはある意味当然のことで、二人は自分の実力に自信がある。怠惰そうに見える女(しかも文雄と親しいっぽい)相手に負けるわけがないと踏んでいる。

 それが、その自信こそが……最悪なのだ。

「ごーよんさんにーいちぜろ。……ふーん。そういう態度に出るんだ? それならまぁ仕方ない。警告はしたし、後で恨まないでね? それじゃあ、全破壊開始」

「……無茶を言うな。馬鹿者」

「ん?」

 仕方がないので、私が前に出るしかなかった。

「久しいな、おうの魔法使い」

「ありゃ、ファリエル。久しぶり。今、ちょうど賊を滅却しようかと思ったんだけど、ファリエルも一緒にどう?」

「やめておけ。あれは文雄を好いてる女と、文雄の妹だ」

「あ、そうなの?」

 トーコはそれで納得したのか、ようやく口許を緩めた。

「相変わらずの尾行術ね。全然気づかなかった」

「猫が尾行を気づかれてどうする」

「で、今日は何の用? ミルクでも飲みに来たの?」

「……壱檎に言われてここまで来た」

 私は、目を細めてトーコを見つめた。

「事情を、説明してもらうぞ」



 トーコと呼ばれた美女は、笑いながら家に戻っていった。

「……あれ、なんだったんでしょうね? もしかして一人遊び?」

「そんなわけないでしょ……」

 冬孤は、目を閉じてゆっくりと息を吐いた。

 あの瞬間。『後で恨まないでね』と言ったトーコの目は本気だった。

 殺意が生まれたのは一瞬だけ。しかし、恐怖で身がすくむには十分すぎた。

 命拾いした、というのが正直なところだ。

(なんなのよ、あの化け物は……)

 一刻も早くここから立ち去って、家に帰ってしまいたかった。

「でも、文雄くんってやっぱりああいう人が好みなんですかね?」

「……ああいう人って?」

「や、胸のおっきい女の人ですよ」

「………………」

「私もまあまあだとは思いますけど、あれには負けますね」

「……そう、かしらね」

 恐怖は、一瞬で吹き飛んだ。

 殺意がむくむくとわいてくる。

(そうですね……兄さんがあんな人外魔境の魔女にいいようにされてるんだったら、それを助けるのが妹の務め。いいえ、むしろ二度と兄さんに近づけないように、徹底的に殺りましょう)

 瞳に映るのは業火。拳に宿るのは闘気。

 冬孤はゆっくりと立ち上がり、にやりと口許をつり上げた。

「どうやら、前提が間違っていたようね」

「……冬孤?」

「悪い蟲を全部排除すれば、後に残るのは私か、兄さんにとってもよくお似合いの、私が『姉』と呼んでも差し支えないくらい素敵な女性だけですっ!!」

「うあ、なんか知らないけど冬孤超怖いっ!」

「というわけで全軍突撃っ! あの魔女を火あぶりにするのよっ!」

「軍ってなに!? もしかして私もっ!?」

「当然よ。慶子、貴女は味方よね? 味方以外は死刑だけど」

「しかも選択の余地なし!?」

「あの……」

「それにしても、なんでこう兄さんの周りには変な女しか寄ってこないの? このままじゃ心配で彼氏を探すどころじゃないわ」

「類は友を……」

「誰が類ですって?」

「ふぐおおおおおおおおおっ!」

「往来でネックハンキングツリーはどうかと思いますけど……」

 と、冬孤は、その場にもう一人いることに気がついた。

 慌てて慶子の体をつり上げていた手を離して、弁解する。

「えっと……ち、違うんです。これは、ちょーっとしたおふざけで」

「もしかして、山口冬孤さんですか?」

「へ?」

「あ、やっぱりそうなんですね? 文雄さんにそっくりだから、なんとなくそうかなって思ったんですけど」

「えっと……どちらさまでしょうか?」

「私、東野日向とうのひなたっていいます」

 少女は、にっこりと、ごく自然に笑った。

「文雄さんとは、将棋仲間です」



 動物の強さというのは、『割り切る』ところにある。

 たとえば、『種』のために『個』を切り捨てる。そういう強さを、野生に生きる動物は持っている。いや、野生でなくてもいい。少なくとも動物ならばそういう強さを少なからず持っている。それは、『種』の存続のためには正しいことだ。

 それに、異論を唱えた生物がいた。人間である。

 人間は弱かったが、手先が器用で、小賢しかった。その狡猾さで地上を支配したようなものだったが、人間の中でも最大級の馬鹿がいた。

 よりにもよって、諦めることを……『割り切り』をやめたのである。

 諦めることをやめてしまったそいつは、勝つまで負け続けた。たとえ負けても死にはせず、逃げて逃げて逃げ続け、勝つまで絶対に諦めなかった。

 考えてみるがいい。勝利を目前にしながら、いつの間にか敵はいない。いつもいつもいいタイミングで逃げられる。そして……こちらが不利な時に、最上のタイミングで攻めてくる。これほど恐ろしい存在は他にはいない。


 ここからは、伝説の話になる。

 諦めることをやめ、努力をやめず、戦い続けた存在がいた。

 誰かのために、ひたすらに戦い続けた存在がいた。

 ゆえに、彼らは魔法使いと呼ばれた。

 不可能を可能にし、奇蹟を呼び寄せる『魔法使い』と。


 だからこそ、人神族は、全種族の中でも最強を誇る。

 数は少ないが、その力は一騎で戦況を軽くくつがえす。

 たった一匹の鳥神族を除いて、魔法使いはすべて人間だ。

 

 人神族第一柱 白の魔法使い、ユーキ=シリアスホワイト。

 人神族第二柱 黒の魔法使い、シェラ=オウガ。

 人神族第三柱 灰の魔法使い、カスミ=グレイナイフ。

 人神族第四柱 黄の魔法使い、トーコ=ブロークンハート。

 人神族第五柱 緑の魔法使い、アラヤ=エメラルド。

 人神族第六柱 血の魔法使い、イチゴ=ブラッディレイ。

 人神族第七柱 滅の魔法使い、ユウ=コクトー。


 私は第八柱に位置しているが、私の上位の人神族は冗談抜きで化け物である。

 あくまで、実力の上では。

 そう、実力で負けるのはいい。

 所詮『力』なんてものは戦場でしか役に立たない。

 だからこそ、



 生物として、こいつらにだけは人格と品位で劣るわけにはいかぬ。



 黄の魔法使い、トーコ=ブロークンハート。

 日本名、東野燈琥とうのとうこ

 概念から人間関係までもれなく滅却する、超然たる破壊者。

 こいつが本気を出せば、この街程度は軽く消し飛ぶ。

 元既婚者の、現バツ1。超全的かつ完璧な美女なのだが、性格が全体的に気まぐれなのが欠点。凧のような女。はっきり言って安全装置のない核のようなもの。駄菓子と老人が好む妙に甘くてしょっぱい菓子を好む。趣味、ホスト遊びとパチスロ。

 ……まごうことなき、駄目人間だ。

「うーん、やっぱりトムヤムクン味よね。パクチーの味がなんともいい感じに際立ってて酸っぱ辛くてとっても美味しい」

「そんな奇妙な味を好むのはお前くらいだ」

 サクサクといい音を立てながら、美味い棒という駄菓子を齧っているトーコにツッコミを入れておく。

 ちなみに、トムヤムクンとはタイの名物であるが、その中に入っているパクチーという野菜がカメムシと似たような匂いがする、というのは有名な事実である。

「そもそも、街中でいきなり魔法を使う奴がいるか」

「だって、なんか尾行してたし。とりあえず消し飛ばしてみるのが正解かな、と」

「……真正の阿呆か、貴様」

 自由気ままな発想にも限度というものがある。

 まぁ……だからこそ、日向という『お守』がついているわけだが。

「大体、そいつがただの女子高生かどうか、見れば分かるだろうが?」

「足音と気配を完璧に消してる女の子は、普通の女子高生じゃないと思うけど?」

「……まぁ、そういう女子高生もいるんだ」

「あたしが高校の頃はいなかったよ」

「いるんだよ」

 糸の切れた凧のくせに、なかなか鋭い所をついてくれるじゃないか。

 まぁ、それはそれとして。

「ところで、そろそろ本題に入りたいのだが、文雄はなぜここにいるのだ?」

「それに関しては壱檎ちゃんに聞くべきかな」

「たらい回しにするな。お前の悪い癖だぞ」

「あー、じゃあ仕方ないなぁ。怒らずに聞いてね?」

 ということは、私が怒ってしまうような話なのだろうか?

 とりあえず、確約はしないでおく。

「うむ。努力はしよう」

 努力して駄目だったら、その時はその時ってことで。

 目を伏せて、トーコは語り出した。

「そう、あの日は雨が降っていたわ。私はその日、夕飯の買い物に」

「嘘をつけ」

「まだ冒頭部分にも入ってないのに、いきなり否定されたっ!?」

「お前が夕飯の買い物なぞするわけがなかろうが?」

「じゃあ……そう、ホストクラブで遊んだ帰りでいいわ」

「その時点でお前の話は捏造だろうが?」

「うぐ……」

 私の容赦ないツッコミに、口ごもるトーコ。

 こういう時のトーコは分かりやすい。言いたくないことを隠している時だ。

「……トーコ。そんなに言いたくないことなのか?」

「うーん、まぁ、ね」

 なるほど。そこまで歯切れが悪くなるようなことなわけだ。

「うむ。お前が言いたくないのはよーく分かった」

「うんうん。分かってくれて嬉しいよ。じゃ、そういうことでこの件は壱檎ちゃんにお任せという方向性で……」

「さっさと言え、このうつけ」

 私は、目を細めてトーコを睨みつけた。

「なにを言いたくないのかは知らんが、お前かユーキあたりが関わったことはろくでもないことが多い」

「うう、見事な推理だ。ホームズ」

「単なる経験則だよ、ワトスン君」

 私が最強の力で睨みつけると、ようやくトーコは観念したらしい。

 私をちらりと見て、話し出した。

「えーと、ファリエルの予想通り、ろくでもないことなんだけど……」


 トーコの言葉は、



「文雄くん、世界の存亡とかに関わっちゃってるの」



 私の言葉を遥かに超えて、ろくでもないことだった。



 次回に続く。



 


 小劇場

 

 注、ここからの展開は時系列、作品の本編の展開、その他諸々とは一切関係ないかもしれない小劇場でございます。それでは、はりきってどうぞ。


 〜開幕〜


「少年が悩んでいること、それは世界の不条理でした。

 苦しい煩悶の末、少年は答えを導き出します。

 そして、その時ファリエルは………。

 次回、猫日記最終話『猫と少年の決断』

 あなたは、その手を離せますか?」

「………コッコさん。無駄にデマを広めないで下さい」

「あら、坊ちゃん。始まりがあれば終わりもある。それが人の道ですよ?」

「うん、まぁそれはよく分かってるんだけど、作者がまだ続けるつもりなのに、いきなり最終回っぽい演出はやめてください」

「時々は、こういう演出も面白いかと思って」

「……やめてください、まじで」

「それにしても、今回かなり女性キャラが増えましたね。萌え狙い?」

「また人の話をさっくりと無視するし」

「坊ちゃまはどのような女性がタイプなんですか? ほどよく乳が大きくて、適度に淫乱な女性以外のジャンルでお答えください」

「奇想天外じゃなくて、やたら強くなくて、よく笑う子が好みです」

「もう、坊ちゃまってば、それはメイドと主人の領分を越えますよ?」

「……あと、ちゃんと話を聞いてくれると嬉しいなぁ」

「聞いてますよ。聞いてて無視してるだけです」

「じゃあ、ちゃんと話を聞き入れてください」

「もう少し大人になったら、ですね」

「僕が二十歳になると、コッコさんは……」

「知ってますか? 女性の年齢を推測するのは極刑に値するんですよ?」

「イタイイタイ痛いっ! 目蓋を引っ張るのはやめてくださいっ! まばたきができなくなったら、僕はかなり悲しくなると思うからっ!」

「まったくもう。坊ちゃまはもっと女性の気持ちをお考えください」

「……コッコさんはもっと人の痛みとか、人の気持ちとか、そういう大事なことを考えて欲しいと僕は願うよ」

「いやですねぇ、当然分かってて無視してるんですよ」

「………まぁ、いいけどね。それより、コッコさんの好きな男性のタイプは?」

「え?」

「僕ばっかり聞かれるのもフェアじゃないし」

「え〜と、それはですね……」

「それは?」

「……と、いうわけで、次回、猫日記『猫と小さな命』を、お楽しみにっ!」

「ちょ、コッコさんっ! 誤魔化さないで……ごはっ!?」



 少年の腹にいい感じの拳が突き刺さって、閉幕。




 〜舞台裏〜


「みなさん、ネックハンキングツリーという技を知っているでしょうか? 片手、ないしは両手で相手の首を掴んで吊り下げる技のことで、正直、人間がやっていい技ではありません。特に、良い子は真似しちゃいけません。コッコとの約束ですよ?」

「……あの、コッコさん」

「なんでしょう、坊ちゃん」

「ボディーブローを食らって悶え苦しんでいる人の襟首を掴んで、ずた袋のように引きずるのは、人としてやってはいけない行為だと思われるのですが……?」

「天罰です。坊ちゃんはもっと乙女心を考えて下さい」

「……はいはい」


 ずるずると引きずられながら、フェードアウト。


 

 小劇場『ヲトメゴコロとコッコさん』END。

と、いうわけで次回に続きます。次の話で文雄君の悩み事は一区切りになります。文雄少年の悩みとは一体なんなのか? 

 ちなみに、決して次の話で最終話ではありません。誤解は無いと思いますが、念のため。

 

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