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猫日記  作者: 田山歴史
7/24

第七話 猫と楽しい草野球(血風変)

 グラウンドでは、ありえないことが起こっていた。

 ドゴッ!!

 まるで光のような速度でキャッチャーミットに叩き込まれる白球。

 ただの直球。しかし、その直球に手が出ない。

 蒼の髪をたなびかせ、美女は不敵に笑う。

「どうした? 小娘、お前はその程度の女なのか?」

「………………ふん」

 美女の挑発に、少女は不敵に笑った。

「球の速さと重さだけで、私と張り合おうなんて百年早いですよ。おばさん?」

「ふ、胸が最軽量級の小娘は、その程度のことしか言えないだろうがな」

「そろそろ、小皺を化粧で誤魔化さなければならない年齢になってしまう不幸よりはましですわ」

「十年後もそう言っていられるか楽しみだ。まぁ、小娘の場合は女っていうよりはどちらかというと『少年』寄りな体だから悲劇にしかならないだろうが」

「んっふっふっふ、言ってくれますねぇ」

「くっくっくっく、そちらこそな」

 周囲の空間が、二人の殺気で歪んでいくような感覚。

 球児も観客も、全ての人間が声も出せずにいた。

 少女は、バットを握り締めた。

 女が球を振りかぶる。

「おっとー、球がすっぽ抜けてしまったー」

 間抜けな棒読みの言葉が響き、しゃれにならない剛速球が少女に迫る。

 明らかな危険球。しかし、少女は悪魔的に笑った。

「あらあら、タイミングがずれちゃったわー」

 少女は、的外れなタイミングでバットを振る。

 そのバットは少女の手をすっぽ抜け、美女に向かって放たれた。


 バシィッ!


 そして、次の瞬間。

 少女の左手には、白球が。

 美女の右手には、バットが握られていた。

 美女と少女は、同じようににっこりと笑った。

「はは、すまんすまん。実は、私は野球をやったことが一度もないのでな」

「いえいえ。私も、箸より重いもの持ったことないんですよ」

 まるで仲のいい友達のように、二人は朗らかに笑う。

 二人以外に笑っている人間は、この場には存在しなかったが。



 見事に三振してベンチに戻って来た冬孤は、目を細めていた。

 ベンチにいるメンバーは冬孤と目を合わせることはしない。しかし、全員が文雄を睨みつけていて、ある一つの言葉を物語っていた。

『お前の妹をなんとかしろ』、と。

 文雄は肩をすくめる。なんとかしろと言われても、この傍若無人な妹を今までなんとかできたためしがない。せいぜい、言葉で丸め込むくらいだ。

「あのー……冬孤?」

「なんですか?」

 ギチリ、と空間すら歪む殺気が文雄に押し寄せる。

「えーとね。女の子がたかが野球で、そんなに不機嫌オーラ撒き散らしちゃ駄目かなーって思うんだよ。うん」

「……………そうですね。た・か・が・野球ですからね?」

 冬孤はにっこりと笑って、文雄の頬をつまみあげた。

「ほうほ、ひはひ」

「ええ、そうですとも。私はたかが野球ごときでかなーりむかついています。そりゃもう、この場で暴れ出したくなる衝動を堪えているわけですよ、ええ」

 冬孤は男が見惚れるほどの笑顔を浮かべながら、文雄の頬をねじり上げる。

「なんですか、なんなんですか、あの女はっ! あんなとんでもないストレート、プロじゃなきゃ投げられませんよっ! いくらなんでも規格外すぎますっ! 某運動靴文庫の、なんでもできる眼鏡っ子じゃないんですからっ!」

「ぎおおおおおおおおおおおおっ!」

 規格外な力でつねられて、文雄は悲鳴を上げる。

「あんな存在を認めるわけにはいきませんっ! この場で始末しないと後々の禍根になりますっ!」

「分かった、分かったから、頼むから手を離してっ! ぼく壊れちゃうっ!」

 必死の叫びが通じたのか、冬孤は手を離した。

「とにかく、あの女にだけは負けるわけにはいかないんですっ!」

「………まぁ、事情は分かったから、とりあえず落ち着いて」

 ちょっと内出血している頬を押さえながら、文雄は溜息をついた。

「あのね、冬孤。いくらなんでもエキサイトしすぎでしょ。たかが野球なんだから、そんなに熱くならないで、リラックスしてやればいいと思うよ?」

 それはこの野球に参加している全員の創意であったが、冬孤は文雄の意見を一笑に伏して、一蹴した。

「勝たなければ意味がないんです。戦略的に」

「いや、その戦略っていうのがよく分からないんだけど」

「とにかく、なんとかして勝たなければならないんです」

 冬孤は目を細めて、思考をめぐらす。

(とにかく、このまま私のチームが勝ってしまうと、あの女が兄さんにキスをすることになって、あっちのチームが勝つと、私がキスをすることになる)

 兄が自分以外の女とキスをしているところを見るのは最高に嫌だし、自分が兄以外の人間とキスをするなんて究極に嫌だ。

 完璧な袋小路に見える。押しても引いても、待っているのは絶望のみ。

 ならば、

(ならば……この試合をぶち壊してやる)

 最後のバッターが女の剛速球に倒れ早々と自分たちの守備になる。

 冬孤はグローブをはめながら、マウンドに向かった。



 女の執念、岩をも砕く。もしくはナイアガラの滝すら逆流させる。

 ばったーぼっくすに立った少年は、ばっとを振る間もなくKOされていた。

「タンカっ! タンカ早くもってこいっ!」

 これで倒されたのは三人目。冬孤が放ったぼーるがばっとに当たり、その球は勢いを失わないまま、上手い具合に打者の顔面に直撃する。鼻血を吹き出して昏倒する打者を、別の選手たちがタンカで運んでいった。

「あらあら、悪いことをしてしまいましたね?」

 冬孤はにっこりと笑っている。その視線の先には、人間に化けた私がいる。

『ツギは、オマエだ』

 その目は、明らかにそう告げていた。

 心の底から思う。この小娘はそのうち世界を握る。

 たった十数年しか生きていないくせに、私に喧嘩を売ってくるこの心胆。私が知っている中でも、十数年であそこまで性根が腐った猫はいなかった。人間にだって二人くらいしかいない。

「あ、姐さん……あ、あの女、俺達を皆殺しにするつもりじゃ……」

「うろたえるな」

「は、はい………」

 眼力でちーむめいととやらを黙らせる。

 おそらく、冬孤が考えていることは明白だ。それは『敗北条件を排除する』ということ。

 あっちのべんちで『あの女には負けられない』と息巻いていた冬孤だが、実際に頭で考えていることは別のことだ。たぶん、『私が他の男ときすをするのは嫌だが、あの女が兄さんときすをするのはもっと嫌だ』といったところだろう。

 ならば、やることは至って簡単。

「なるほど……つくづく、悪魔だ」

 選手を全員叩き潰せば、自分はきすをしなくてもいいし、兄がきすをされることもなくなる。おそらく、冬孤はそう考えている。

 ばっとに当たった球が選手に当たっても、ふぁーるになる。公式な規約は知らないが、ここの『ルール』だとそうなっているらしい。

 しかし、そんな無茶苦茶がまかり通るはずもなく、四人目の打者は見事にひっとを打った。これで、のーあうと一塁。

 が、次の瞬間。


 ドスッ!


 盗塁をしようと走り出した選手のわき腹に、矢のような速球が食い込んだ。

「あらら……手元が狂ってしまいましたわ」

 冬孤は白々しくそう言うと、悶え苦しんでいる走者に心配そうな顔をしながら歩み寄って、さりげなく首筋に手刀を叩き込んだ。

 ぐったりと脱力する走者。冬孤は慌てたような顔をして、叫んだ。

「すみません、タンカをお願いしますっ!」

 その演技まで完璧だった。

 どうやら、投げた球が走者に当たった場合、走者はあうとになるらしい。これも『ルール』でそうなっているらしく、これでわんあうと。

 次の打者はなんとか速球を打つが、この球が私に向かって飛んできたので、私はとっさに素手でその球を受け止めた。

 もちろん、野球で使われている球は硬球である。ばっとに当たったりして威力が半減しているならまだしも、まともに顔に当たったりすればただではすまない。それはもちろんあの悪魔な妹も分かっているはず……。

「…ちっ」

 ……………。

 落ち着け、私。

 大人だぞ、私。

 猫神様だぞ、私。

「あのカブトムシの幼虫でも食べてそうな年増面をついでに叩き潰してやろうかと思いましたけど、ボールのほうが嫌がったみたいですね」

 ……………。

 そうだ。私はなにを遠慮していたんだろう。

 子供は一回ひどい目にあったほうがいい。

 当たり前のことをすっかり忘れていた。

「さーて、どうやってプライドをズタズタにしてやろうかにゃー☆」

 怒りのあまり口調が少しおかしくなっていたが、気にしない。

 ちーむめいとが怯えた目で私を見ていたが、気にしない。

 私は金属ばっとを手に、ばったーぼっくすに向かった。



 八回裏ツーアウト、ランナーはなし。

 チームの人数は入れてぎりぎり九人。

 そんな危機的状況の中で、美女はにっこりと朗らかに笑っていた。

「その程度か、小娘」

「……あいにくだけど、まだまだいけるわよ」

「ならば来い。せめて、私がファールにできない程度の球は投げてみせろ」

「……ええ、これからが、本気よ」

 すでに、冬孤が投げた球は三十球を越える。

 美女はそれらをことごとくファールにしていた。

 これまで完璧にコントロールされたストレートだけで相手を完封してきた冬孤だったが、目の前の美女にはそれが全く通用しない。まるで猫の狩りのように、冬孤をじわじわと追い詰めて弱らせていく。

(本当に……あの女、何者なのよ……)

 もう腕が限界に近い。

 三十級を越える全ての球を渾身の力で投げ込んできた上、一回の表からずっと投げ続けているのだ。いくらタフな冬孤とはいえ、さすがに疲れ切っていた。

「負けたくない……」

 ギリ、と歯を噛み締めて、さらに一球を投じる。

 キィンッ!

 美女は、まるでそれを当たり前のようにファールにした。

「負ける……もんか」

 腕が重い。体がだるい。

 闘志は萎えていないのに、体が限界を訴えている。

 あと一球、いや、百球でも二百球でも投げなくてはならないのに。

 体が言うことをきかない。

 白球を投げようとして、腕が上がらなくなっていることに気づいた。

 ココロが、折れる。

「……ちくしょう」

 もう、投げられない。投げたくない。

 腕が重い。体がだるい。

 いっそのことさっさとヒットにしてくれれば、こんな苦しい思いはせずに。

「その程度か、お前の『想い』とやらは」

「………………」

「お前がその程度ならば仕方ない。さっさと投げて終わらせろ。人生で最初の、決定的な敗北をくれてやる。そして………あれは、私がもらってやろう」

「っ!!」

 冬孤は顔を上げた。

 美女は、意地悪そうににやにやと笑っていた。

 ぶち、と冬孤の中でなにかが切れた。

「ふざけるな」

 腕は痛い。体もだるい。

 だが、それがどうした?

「あれは、私のだ。あんたなんかに渡さない」

 腕はまだある。体もだるいだけだ。

 この勝負だけは絶対に負けられない。腕が千切れるまで投げ続け、体が壊れるまで投げ続けろ。どうなろうと知ったことか。ただ、この戦いにだけは、

 絶対に、負けることは許されない。

 集中しろ。

 全力を込めろ。

 圧されるな。

 どんな卑劣な手を使っても、絶対に負けるな。

 そして、投げ放たれた白球は狙いのコースに放たれた。

 内角低め、ストライクかボールかぎりぎりの微妙なコース。

 そんなコースにも、美女は一瞬で対応する。

 が、その球は今までの球より、ほんの少しだけ重みが違った。


 キンッ!


 球は打たれた。しかし、それは冬孤の読み通り。

 パァンッ!

 銃声のような音が響く。

「……私の、勝ちよ」

 冬孤の右手には、白球が握られていた。

 冬孤は、ピッチャー返しを素手で掴み取っていた。

「そうだな。この回は、お前の勝ちだ」

 美女は笑う。

「だが、次の回はどうするつもりだ?」

「そんなの、決まってるわ」

 冬孤も笑う。

「いつも通りに、全員ぶっ潰すだけよ」

 二人は笑う。お互いを認め合って、笑っていた。



「ばか」

 開口一番。ベンチに戻って来た冬孤に、文雄はきっぱりと言い放った。

 全員が驚愕に目を見開き、文雄に視線が集まる。

 さすがの冬孤も、唖然としているようだった。

「ば、ばかとはなんですかっ!!」

「ばかだからばかと言ったんだ。ばか冬孤」

 文雄は目を細めて、はっきりと言った。

「ばかじゃないって言い張るなら、右手を見せてみろ」

 ぎくり、と冬孤は肩を震わせる。

 文雄は溜息をついて、無理矢理冬孤の右手を握った。

「痛っ」

 冬孤の右手にはいくつか血豆ができていて、しかもそれが打球を受け取った時に、潰れてしまっていた。当然のことながら、手は真っ赤に腫れ上がっている。

「あんなにむきになって後先考えずに投げまくって、次の回に投げられないんじゃ意味ないだろ。エースっていうのは、最後まで投げ切るのが仕事だ」

「……たかが野球じゃ、なかったんですか?」

「たかが野球。されど野球。ここまで来たからには、負ける気はない」

 文雄はにやりと笑って、チームメイトを見回す。

「いくらあっちの実力が上だとしても、12点もあればこっちが勝つ。親善試合に勝つなんて、それこそ五年ぶりの快挙だ。表彰とかされるかもしれないし、なによりこの試合を見に来た子から告白なんてことがあるかもねぇ?」

「ボロ雑巾みたいになってるのにか?」

「なぁに、スパルタってのは同情を誘うもんだ。必死な姿を見て、コロッといっちゃうかもよ?」

 文雄の言葉に、全員がにやりと笑う。

「そーだな。あっちは人数もぎりぎりだし」

「ここで負けたら恥以外の何者でもねーな」

「12点もあるんだし、なんとかなるだろ」

 男とは、単純な生き物である。

 冬孤はテーピングを巻かれながら、つくづくそれを実感した。

「でもよ、ピッチャーはどうするんだ? 冬孤ちゃんはもう投げられねーだろ?」

「僕が投げる」

「お前、ピッチャーなんてできるのかよ?」

「昔、ちょっとかじってたから、たぶんなんとかなるでしょ」

 文雄は肩を回しながら、いつものように笑った。



 ちょっとからかいすぎたかもしれない。

 私は少しばかり反省していた。

「若いというのは無鉄砲なものだな……」

 あちらのベンチを見ると、冬孤が文雄に怒られている。

 これはこれで、なかなか見ものだろう。

「さてと……まだ12対0だが、勝ち目はあるな」

 あれで冬孤は使えなくなった。見たところ、あっちの投手に球威のある球を投げることができる人間はいない。はっきり言ってしまうと、実力ならこちらの選手の方が上。単純に冬孤が双方のぱわーばらんすを崩していただけのことなのだ。

 やはり、一方的な展開というのはつまらない。

 スポーツというのは、こういうぎりぎりのところで争うから楽しいのだ。

「よし。それじゃあ大逆転といこうか、野郎どもっ!」

『へい、姐さんっ!』

 向こうが三者凡退に終わり、九回の裏。

 私たちは反撃を開始する。

 投手は冬孤に代わり、山口文雄。

 冬孤という要を失ったための苦肉の策だろうが、いくらなんでも考えが甘すぎる。打者が一巡し、しかも走者が一塁と二塁に残留で、これで12対6。ここで私が塁に出れば、逆転できる点差である。

 ばったーぼっくすに立つ。今度は私怨抜き。本気で打つ。

 文雄は汗を拭って、言った。

「一つ確認しておきたいんですけど」

「なんだ?」

「あなた、母さんの友人かなんかですね?」

「まぁ、そんなところだ」

「……やっぱり」

 予想していたことだったのか、文雄は溜息をついた。

「どうも過保護なんだよなぁ、あの人は」

 それは呟きか、それとも愚痴か。私には判別できなかったが、とにかく文雄は覚悟を決めたらしい。

 振りかぶって、投げた。

 球は遅かった。冬孤の速球と比べるべくもない。

 やれやれ、いくら文学少年でもこれはないだろう。時速はおおよそ八十キロ。私にとっては蚊が止まって見えるほどの速さだ。

 だが、勝負は勝負。打たせてもらう。


 バン。


 ……あれ?

 ……曲がった?

「スローカーブってやつですよ」

 文雄はにっこりと笑っていた。

「冬孤の速球に慣れた目には、きついと思いました」

「む……。しかし、もうその手は食わんぞ」

「じゃあ、そろそろ本気を出します」

「うむ、来いっ!」


 バン。


「……なぜ球が落ちる?」

「これがフォークです」

 文雄はにっこりと笑っていた。

「こんなへっぽこカーブとへっぽこフォーク、普通に野球やってる人間には通用しませんけどね、『素人』を騙すくらいはできますよ。今みたいに」

「っ!!」

 背筋を寒気が駆け抜ける。

 文雄は、完全に私だけを狙っていた。

 だからこそ、今まで変化球を投げなかったのだ。

 文雄が言うように、ある程度野球の経験を持っている連中に文雄の球は通用しない。だが、『冬孤の直球に慣れ』、『変化球というものをほとんど知らない』私にはこれ以上ない効果がある。なにせ、相手が出してくる手が全く読めないのだ。勝負の場において、これほど恐ろしいことは他にない。

「それじゃ、次で終わりにしますね」

「そうはさせん。打ってみせるっ!」

 だが、この程度のことはいつでもやってきた。

 かーぶだろうが、ふぉーくだろうが、球筋は見切った。

 打ってやろうじゃないか。

 文雄は振りかぶって、投げた。

 

 球は、水平にすべるように、曲がった。


 それが『スライダー』と呼ばれていた変化球であることを知ったのは後のことで、その時の私はとにかく、慣れない変化球になんとか食らいつくのが精一杯だった。後々になって考えればそれはどう考えても『素人』らしい行動だった。

 まぁ、慣れないものを見てむきになっていたということだろう。


 キィンッ! バンッ!


 三塁側に放たれた打球は、『サード』にポジションを変えた冬孤によって、あっさりと取られてしまった。そして、てーぴんぐで固めた右手は、さきほどの矢のような送球を可能にする。

 結論から言おう。

 トリプルプレーだった。


 試合終了。



 〜追記〜


 兄妹が二人、語り合っていた。

「しかしなんていうか……えーと、霞耶猫子かすみやねここさん。いきなりばっくれるだなんて、あの人も滅茶苦茶するよ。さすが母さんの友達って感じだよ。ご褒美がなくなって、チーム全員血の涙流しそうな勢いだったし」

「……無茶苦茶具合じゃ、兄さんも同じようなものですけどね」

「いやいや、僕はちゃんと閉会式まで出たし」

「………肩、大丈夫なんですか?」

 文雄は少しだけ沈黙して、口許を緩めた。

「冬孤の手よりは、大丈夫だよ」

「ならいいんですけど、今後は無茶は控えてください」

「君もね」

 私に言わせれば、二人とも似たようなものだ。

「ところで、なにか奢ってくれる約束でしたね?」

「あー、そういやそうだったね」

「とりあえず、お腹が空いたんでラーメン食べに行きましょう。今日の所はそれで勘弁してあげます」

「はいはい」

「そうだな、確か駅前のらーめんが美味かったような気がするぞ」

「あー、あそこですか。確かに美味しいですよ………ね」

 文雄の顔が引きつっていた。冬孤の顔は引きつりまくっていた。

 私は、久しぶりに愉快な気分だった。

「ん、どうした? らーめんを奢ってくれるのだろう?」

「あ、貴女………いつの間に」

「美女は神出鬼没というのが基本だ。覚えておくといい」

 にやにやと笑いながら、文雄の肩に手を回す。

「やってくれたじゃないか、少年」

「えーと、ナニをデスカ?」

「とぼけるなよ。計算づくだったんだろう? 打順を一巡させることも、私が変化球を打てないことも、さーど方面に球を飛ばさせて、冬孤に取らせるところまで、全部が少年の手の平の上だったんだろ?」

「猫子さん。それは完全かつ完璧な買い被りです」

「まぁ、そういうことにしておいてやる」

 くつくつと笑いながら、私は歩き出す。もちろん文雄の肩に手を回したまま。

「ちょ、貴女っ! 兄さんから離れなさいっ!」

「悪いがこれからでぇとなんだ。邪魔してもらっては困るな」

「そんなもの、誰が認めるもんですかっ!」

「少年も、こんなちんちくりんより私の方がいいだろう?」

「あー、いや、その」

「ほら、完全に拒否してますっ!」

「いやいや、これは肯定だよ。なぜなら、私にはお前にない武器があるからな」

「胸のことは放っておいてくださいっ!」

「いや、胸以前に、お前には色気がない」

「ぐっ!」

 クリティカルな所だったらしく、冬孤は苦しそうに胸を押さえた。

 その間に、私は文雄をエスコートする。

「さて、少年。あんな女は放っておいて、二人で、でぇとと洒落込もうか?」

「そんなの認めるわけないでしょうがっ! いいから兄さんから離れなさいっ!」

 冬孤の叫びが、響き渡る。

「えーと、とりあえず……仲良くできないんですか?」

 文雄はひたすら困っていた。

「そうさな、らーめんにゆで卵をつけてくれたら考えようか」

 私はいつになく愉快だった。



 暇でもなく、忙しくもなく、ただ、楽しい。

 まぁ、こんな一日も悪くはない。

 さて、美味いものを食べに行こう。

と、いうわけで猫はカーブを打つことができない、第七話を送りしました。楽しんでいただけたら幸いです。

次回、あの少女が再登場。恋の行方やいかにっ!

第八回 猫と他人の恋路をお楽しみにっ!

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