第二話 猫と犬
私は猫である。名前はファリエル=ナムサ=オーレリア。毛並みは青に近い黒を持つ、まごうことなき美雌猫である。
さてさて、今日は人間にとっての休日である。つまり土曜日とか日曜日とか祝祭日とかそんな感じの日である。
まぁ、猫にとっては毎日が日曜日と同じなのでどうでもいいと言えばどうでもいい。
休日とは、人間にとっては英気を養い、己の精神と体を休める日であるといえる。猫にはまったく関係ないのだが、今日だけは少々事情が違っていた。
「で、なぜお主がここにいる? 大人しく外で飼われていればいいものを」
「知るか。俺とて貴様の匂いが充満しているこの家に足を踏み入れたくはないが、家主の意向なのだから。仕方あるまい」
そいつは、ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らす。
名前はククロ。全身が黒の、えーと…フラットコーテッド・レトなんとかとかいう血統を受け継ぐ犬らしい。命名は当然のことながらねーみんぐせんすぜろの山口家主人(真)の山口リンダである。
しかし、なぜこいつがククロで私がプーなのか。せめて逆にしてほしかったと切に願う今日この頃である。
からかうと心底楽しいわんこちゃんに、私は鼻で笑いながら語りかける。
「己で序列を決めたがる性質を持つ犬は大変だな。だが、上位者に対してその態度はいただけぬと思わんか?」
「ほざけ。誰が貴様を俺より上位と認めるか」
室内犬が人間に逆らったりするのは、外で飼わないからだと誰かが言っていた。なんでも、『群れ』に入れないことによって犬は自分が一番下であると理解するらしいとのこと。
その理屈でいくと、私も上位者ということになるのだが、どうやらこの犬は年功序列にしろ実力順にしろ、私を上位者とは認めたくないらしい。
あれだけボコボコにしてやったにも関わらず、懲りない男だ。
まぁ……それはそれで男として可愛い面ではあるが。
「下らぬ意地だな、ククロ。お前の世界では自分以上の実力を持つ存在に対しては腹を出して情けない鳴き声を上げながら屈服するのが常ではないか? ああ、それとも……私のような猫に負けたのがそんなに悔しいか?」
「……貴様」
「その程度の挑発に乗るようでは、私に勝つのは五十年ほど早いぞ。いっそ、今ここでやるか? 私としてはいつどこでやろうが負ける気はせんがな」
肌を刺す殺気を心地よく感じながら、私はククロの眼を見つめる。
うむ、血気盛んな若者の目である。実に可愛らしい。
「…いいだろう。やってやる。表に出ろ」
「それはかまわんが、用をすませてからだな」
「なに?」
と、ククロが怪訝な顔をした瞬間――死の宣告が響いてきた。
「さてと、それじゃあ洗おうか」
「ええ。兄さんはククロをお願い。私はプーをやるから」
「お前なぁ、たまには手間のかからないほうをやれよ」
「あら、兄さんは可愛い妹に手間のかかることをさせようというのですか? さすが近所の幼稚園で遊ぶ子供たちを物欲しげな表情で見つめているだけはありますね」
「……頼むから、頼むからそういうことを学校で言うのはやめてくれ。僕の人格とか疑われるから!」
「考えておきましょう。考えるだけですが」
「やれやれ……」
和やかな兄妹の会話が耳に届くと同時に、ククロの顔が引きつる。
「き、貴様……まさかこれを見越してっ!?」
「当たり前だろう。ククロと無駄な喧嘩をするほど私は暇ではない。まぁ、主人に怪我をさせたくなければ暴れないように自分を押さえつけることだな」
「お、おのれぇぇぇぇぇぇぇっ!」
冬狐に抱えられて風呂場に強制連行されるククロ。
そして、しゃわーの音にまぎれて、ククロの心の絶叫が聞こえてきた。くっくっく、実にいい気味である。
さてと、愉快に笑ったところで、そろそろ私も逃げなければ。
私はあいつ以上に体を洗われるのが大嫌いなのだ。文雄には悪いが引っかき傷の一つは覚悟してもらお…。
「?」
はれ? なんか、体が…。
「プー、今日は僕も本気でね。最終兵器を用意した。君に気づかれないようにさっき餌にこっそりと、マタタビの粉末を混ぜておいたんだよ」
は…謀られた!
今日に限って妙に匂いが強い餌だと思ったら、そういうことだったのか!
「さてと、それじゃあククロも終わったことだし、行こうか?」
ああ、力が出ない。文雄の手は間違いなく死神の手であるというのに、それにごろごろすりすりしてしまう自分が憎い。
地獄の門が口を空けているのに、なにもできないもどかしさ。
や、ちょっと、そこはだめ。
にゃあん……。
追記。
その後、私は文雄の体に傷一つつけることなく風呂場から開放され、どらいやーで強制的に乾かされた。実に不愉快だったのでとりあえずククロの宝物を掘り出して、天日に干しておいたら後日喧嘩を売られたので、きっちりと始末をつけておいた。
猫を風呂に入れると、誰かが怪我をする、という話。
ククロ登場。犬も猫もいいですよねぇ。
というわけで、次に続きます。
2008/06/17:改定
そもそも、最初の問題として猫が主人公である必然性がない。
純粋に頑張る少年を描きたいのなら文雄少年を主人公に据えればいいし、純情少女を描きたいのなら冬孤少女で十分だ。日常を描きたいのならリンダ母でも十分いける。我輩は猫であるという前半面白いが後半ダルダルな夏目さんの作品があるが、別にあんな感じで日常を描いても良かったんじゃねーの、過去の俺よと思わなくもない。
そもそも、猫って『存在』として少しばかり強過ぎるしね?
というわけで、改定第2弾。ひっそりと更新中。