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メールに潜んだ暗号


 パソコンと仕事の資料に囲まれたスチールデスクで、趣味のアマチュア無線雑誌をめくりながらモーニングコーヒーの香りを楽しんでいた雨宮の視界に、どうもさきほどから部下の姿がちらつく。うろうろとしてはどこかへ消え、また彼の視界に戻って来る。それがいい加減面倒臭いと、顔をしかめ雨宮は部下の名を呼ぶことにした。

「何か用か、佐々木?」

 ため息交じりの声が、コーヒーカップから登る湯気を押し流すと、スーツ姿の部下、佐々木雄一郎が、新聞紙とタバコを持って、立ち止まった。

「え、あ、お、おはようございます。雨宮主任」

「ああ、おはよう」

 他愛ない朝の挨拶。そのはずなのだが、どうも佐々木は、そのまま動こうとしない。

 雨宮、佐々木の勤める会社は、中堅の投資ファンド。為替取引や土地取引など、一分一秒で利権を争う会社だけに、こういった時間が無駄に思えて仕方ない。佐々木だって同じ教育を入社当時に受けたはずなのだが、どうしてこう時間を無駄にしようとするのかと、雨宮はコーヒーカップをデスクに置き、佐々木のおどおどとした顔を睨みつけた。

「なんだ? 何か言いたいのか? だったら早くしろ。今日、明日と玉城君が休みなんだ。仕事のしわ寄せがこっちに回ってきている。ボーっとしている暇なんてないぞ」

「す、すいません。あのですね――」

「なんだ?」

「この新聞記事を見てもらえませんか?」

 と、佐々木が持っていた新聞を雨宮のデスクに広げようとするのに眉間を寄せつつコーヒーカップを再び手に取る。

 そして滑り込まされた新聞記事に、雨宮は口をへの字に曲げた。

「で、この新聞記事がどうしたんだ? 政経関係でもない、ただの地方欄じゃないか」

 雨宮の言う通り、佐々木が広げた記事は地元の記事を大々的に取り上げている地方欄。そこから、どうしたのかと佐々木を見れば、彼の指先がある一点を指差した。

「あの、これです」

「これ? なんだ? 交通安全教室がどうかしたのか?」

「え、いや、その……、息子が、ここに映ってまして」

「おい佐々木、お前まだひとり身だろう? 息子って何だ? アレか? 朝から下ネタか?」

「そ、そうでした」

「おい。どっちの意味でだ? ひとり身の事か? 下ネタの事か?」

「それは……」

 煮え切らない部下に、雨宮は我慢の限界だ。

「いい加減しゃきっとしろ! ――ああ、怒鳴ったら頭に響く。もう、どこかへ行ってしまえ!」

 しっしと蝿を追い払う様に、手を振るが、佐々木は動かず、更に上司へくらいつく。

「主任」

「なんだ?」

 眉間に皺を寄せ、あからさまに不機嫌な顔をする。しかし、差し出された物に目を丸くした。

「これをどうぞ」

 そう言って差し出されたのは、先ほどから持っていたマルボロ。

「どうぞってお前、俺はタバコをやめたんだ。どういう神経してんだコラ。ふざけるのもいい加減にしろ!」

「す、すいません」

 頭を下げる佐々木。頭を押さえる雨宮。いったいなんだと言うのだ。朝っぱらから佐々木と漫才をするつもりなんてさらさらないにも関わらず、ちぐはぐな会話が続く。いつもならこれだけ怒鳴れば佐々木は退散する。が、今日はしない。実に奇怪で困ったものだ。

 雨宮の口からため息が漏れた。時計を見れば業務開始まで二十分少々。

「佐々木よ。お前、何を隠してる?」

「え、わかるんですか?」

「わからいでか。だ。いいか、仕事で失敗したんだったら、ちゃんと報告しろ。ただでさえ時間が命の仕事だ。リカバリーだって一分一秒を争う。下手をすればそれひとつが会社を傾かせる。いいか、今なら“そこまで”は怒らん。だからちゃっちゃと言え」

「仕事で失敗はしていません。完璧にこなしてます」

 今までとは違い、さらっと言い切った佐々木の態度に、雨宮の堪忍袋は緒が切れることなく破裂した。

「ああ!? なんだと佐々木! じゃあ、何を隠してるって言うんだ? それを言え、お前の口から、今すぐ、ただちに、可及的速やかにだ!」

 事務所一杯に雨宮の声が響く。視線を集め、時間を止めた。それに雨宮は睨みを効かせ散らすと、原因である佐々木を噛みつくかどうかの勢いで見据える。

「ほら言え、何を隠してる」

 びくっとなった佐々木だったが、「やっぱりダメだった」と零しながら、雨宮へ携帯電話を開き、操作すると、雨宮のデスク、広げられた新聞の上に置いた。

「これを、見てもらえますか?」

「あん?」

 これが何だと、顔をしかめ見た液晶画面は、どうやらメールの受信ボックス。その中のひとつを展開いたようだった。それを見て、雨宮は内心ケツが浮くほど驚いた。文面ではない、件名とメールの差出人についてだ。

「おい、佐々木。玉城さおりって、今日休みの玉城君か?」

「はい」

 頷く佐々木。それにひとつ驚き。

「愛してる。って、お前ら付き合ってたのか?」

「はい」

 もう一度頷く佐々木。これにしこたまショックを受けた。

 玉城さおりは雨宮の同期入社の女性社員だ。ぱっとしないと言われるが、雨宮はそうも思っていない。どちらかと言えばタイプの人間だった。いや、正直言えば好きだった。しかし、入社以来、会話の内容も仕事の話ばかり、食事に誘っても仕事が忙しいと断られ、それからというもの、遠巻きから眺めている程度。それでも雨宮は諦めたわけではなかったが、今この時、その思いは打ち砕かれた。この場所にいる、新米ペーペーの佐々木にだ。

 めまいにも似た感覚に、打ちのめされそうになるが、佐々木がそれを許さなかった。

「隠していてすいません。実は、玉城さんと十カ月前からお付き合いをしていまして、今朝、こんなメールが届いたんです」

「そ、そうか……、ああ、よかったな、うん、良かったな」

 ぐわんぐわんと揺れながら、砕かれた気持を悟られないように、雨宮は言うが、佐々木はまだ、残酷な事を言う。

「本文を見てください。そして僕に休みを下さい」

「休みをくれ?」

 そこである程度雨宮は正気に戻った。忙しいこの時期に、お前は休みを欲するのかと。

「はい」

「どうしてそうなる?」

「メールの本文を見ていただければわかります」

「本文を……か」

 正直、見てみたいものだが、見たくないものだ。好きだった人が、佐々木と愛を語っているメールなど……、メールなど、トラウマにしかならない。そうだろう、世の中の草食男子諸君! なぜこのような残酷な仕打ちを神は試練として与えたもうたのかぁ!

 っと、メタ発言であった。自嘲する。違う、自重する。

 それでも雨宮は、その携帯を手に取り、本文に目を通した。静かにスクロールし、心で泣きながら彼が見た内容は次の通りだ。



差出人:玉城さおり

件名:愛してる

本文:おはよう。ユウちゃん。朝日が眩しいです。昨日の為替取引、お疲れ様でした。

打ち上げでかなり飲んでたみたいだった。千鳥足でフラフラしてたけど、無事帰れた?

ま、このメールを読めるんだったら、大丈夫だよね。

実は友人から、宇宙戦艦ヤマトの先行鑑賞券を手に入れたんだけど、どう、明日?

って、休み取れない? ってか、休みを取れ。これは命令だからね。いい? 絶対だよ。

この前みたいに中途半端じゃなくて、お終いまでちゃんと付き合ってもらうからね。

為替市場に出入りしなきゃいけないのはわかってるけど、一日くらいだったらもらえるでしょ? 上司の雨宮さんだっけ、ちょっとだけ無理言ってさ、貰って欲しいんだ。

一応、私もそれなりに雨宮さんあてで手紙を書いたんだけど、切手を貼らないまま投函しちゃって、たぶん届かないと思う。

だからマッチョな雨宮さんに新聞紙で適当な記事を見つけてさ、こじつけて、タバコでもプレゼントすれば貰えそうな気がするんだ。

それでだめなら、このメールを見せても良いから、何とか休みをもらってきてね。

って、絶対に!



「絶対に……か」

 そう零しながらも雨宮は、[上司の雨宮さんだっけ]にショックを受けていた。同期なのに、食事にも誘った事もあったのに、だっけとは、酷い。酷過ぎる。それに俺はマッチョじゃない。心の叫びが、手に取る様だ。

 やはり、見たくはないものだ。見るべきではなかった。

 が、これを見て、雨宮自身、不思議に思う部分もある。

 文面に一貫性がないのだ。雨宮の知る、涙なしでは語れない玉城の印象は、文章に対して鉄壁のチェッカーであった。報告書、起案書、全てにおいて彼女の文章は完璧だった。そこにも惹かれた。けれど、それはもう忘れなければいけない。それよりも、そうであった彼女のメールが、これでは本人も納得のいかないものではないかと思ってしまう。

 内容の行動にしてもそうだ。手紙を書いて、切手も貼らずに投函? どこのうっかりさんだ?

 疑問は積み重なり、ひっかかりとなる。生まれた違和感に再度頭から見返し、最後まで読み終えると、雨宮はある事に気がついた。

 これは、このメールは暗号だ。それも、雨宮にしか気付かないよう、作られた暗号だったことに気がつく。

 これを仕込んで、玉城はどう思ったのかそれはわからないが、よくもまあ、調べたものだと、逆に笑みが零れる。表面や本心はどうであれ、一時でも自分をターゲットにしてくれた。忘れずにいてくれた。観察してくれた。それだけでいい。悲しいかな、幸せを祈ろう。

 雨宮は、携帯を閉じスーツの内ポケットから長財布を取り出すと、一万円札を抜き出し、それと一緒に佐々木へ渡した。

「え、主任。このお金……」

「やるよ。それに休みも取っていい」

「本当ですか?」

「ああ……、別に、今から取ったって構わない。いや、今から取れ」

「え? 今からってそれじゃあ主任に仕事が全部」

「構わん。これは上司の命令だ。今すぐ有給を取れ、そして会いに行くんだ」

「しかし……」

「行けと言ってる! これ以上俺を怒らせる気か!」

 再び、室内に怒号が響き、視線を集め時間を止めたが、雨宮は睨む事をしない。静かに、諭す様に言う。

「クビって意味じゃない。いいから、会いにいってやれ。待ってるはずだ」

「はい」

 そう言った佐々木は、雨宮の言葉通り、その日有給を取った。たぶん、かなりの衝撃が待っている事だろう。それを思い、雨宮は誰も残っていないオフィスでひとり、残業にいそしんでいた。本日の取引に関する報告書が山のように積まれた中で、最初で最後、玉城さおりから届いたメール画面を時折のぞき、涙しながら……。

「お幸せにな、コンチクショウ!」


差出人:玉城さおり

件名:ありがとう雨宮君

本文:



 おしまい。


読んでいただき、ありがとうございます。藤咲一です。

久しぶりに書きました、暗号系。

単純にしたら、こんな感じです。

見事、込められた暗号を解読された方には、私の一方的な愛をもれなく皆様へ。

もし、暗号が解けなかった場合でも、挑戦していただけた事に対する感謝の気持ちを受け取ってくださいまし。

それでは、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


あ、解答編ですが、後日適当に投稿します。

それでは、またどこかでお会いできる事を夢に見ながら、失礼いたします。

藤咲一でした。


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