かぎりなく挑戦的な真相
「えー! 『か』と『ぎ』と『り』が使われていない、って……どゆことどゆことー? どうしてそれが、『真相』につながるのー?」
作者本人のくせに、わざとらしくそんなことを言うアキラ。
彼女のそんな態度はいつものことなので、ナツキにはもう慣れたものだった。相変わらずアキラには背中を向けたまま、ナツキは「名探偵」を続ける。
「文中に『か』と『ぎ』と『り』が使われていないのなら……三つ目の『挑戦』の中にあった、『部屋の唯一の鍵は被害者が持っていた』という記述は、違う意味を持ってくる。鍵という言葉は使えないはずなのだから、『鍵』はカギと読んではいけない。死体があったのが『音楽室』であることを考えると……ピアノの黒鍵とか白鍵とかの鍵、なんでしょう?」
PCで『かぎ』と『けん』と入力して、それぞれ漢字に変換してみせるナツキ。その両方の変換候補には、鍵という漢字があった。
「はい、そうです!」
「まったく。『唯一の鍵』って……音楽室なのに鍵が一つしかないって、なによそれ? おかしいでしょう? これ、ちょっとアンフェアなんじゃない?」
「う……⁉ そ、それはぁ……」
また、「痛いところをつかれた」という顔になるアキラ。
「で、でもぉ……そのあとですぐに、『奇妙な状況』って書いてますしぃ……」
「まあ、いいけどね。とにかく……ロックされた室内で、死体が持っていたのがカギではなく鍵だったのなら、その部屋は別に密室ではなかったということになる。犯人は被害者を殺したあと、普通に部屋の外に出てカギをつかってロックをかけることが出来たわけ。これが、『犯人が部屋から脱出した方法』の真相ね。
あとそれから、その犯人についても……っていうか。これについては、わざわざ言う必要なんてないわよね? だって『私たちにとっては』、犯人なんて最初から、自明なんだから」
「うんうんうん!」
アキラはまた、さっきと同じように満足そうに頷く……ふりをする。
しかし今は、静かに別の行動を始めていた。
ゆっくりと、ナツキの方に近づいていくアキラ。しかし、こちらを見ていないナツキは、それには気づいていない。相変わらず、アキラの小説をネタに「名探偵」ごっこを続けている。
「あと、真相が分かったあとに、下手なドラマとか犯人の言い分とかないのも、私好みだわ。ミステリって、結局はただの推理ゲームでしょう? だから、そういうどうでもいいことにページを費やして欲しくないっていうか……」
そんなナツキに気づかれないように演技を続けながら、表情は完全に冷めきっているアキラ。ナツキの背後を取る。そして、彼女の頭を両手で掴んで……それをひねり上げた。
「ぅぐっ⁉」
予想外の状況に、一瞬うめき声をあげるナツキ。しかしその声はすぐに、錆びた蛇口を強く締めたかのように消えてしまった。
「……」
ナツキを確実に殺すためか、慎重に、時間をかけて、彼女の頭をひねり続けるアキラ。
しかしやがて、その「目的」を果たしたことを確信すると、その手の力を少しずつ抜いていく。それに連動するように、表情も緩み始める。
(ナツキなら……犯人も、密室の叙述トリックも、分かってくれるって思ってた。でも、『犯人の動機』までは、分からなかったね……。ま、そうだよね……。だってあんた、ミステリは好きだけど、人間に興味ないもんね……。人の気持ち、全然分からないもんね……)
事切れたナツキの死体を雑にどけると、彼女が操作していたPCに手をかける。そして、自分の小説のうちの「(本当の)読者への挑戦」のページを表示した。
(私、ちゃんと書いてたのに……。『犯人の動機』、あんたにも分かるように……書いてあげてたのにさ……)
表示しているページの一文をコピーし、オリジナルの文章と並べて、メモ帳アプリにペーストするアキラ。さらに、その片方の何箇所かを、ひらがなに変換しなおしている。
(これは、「かぎりなく挑戦的なミステリ」なんだ……。だから、「(本当の)読者への挑戦」にだって、「かぎり」を無くして読める部分があるんだよ……)
ひらがなにした部分から「か」と「ぎ」と「り」の文字を、削除していく。
(陸上部のエースだった私が、突然の事故で怪我しちゃって走れなくなって……自暴自棄になってたときに、ナツキが声をかけてくれた……。ミステリ研究会に誘ってくれた……。
でも……本当はその事故、全部あんたが仕組んだんだってね? 私がちょっとだけミステリ書けるって知って、それを、ミス研で利用するために……。
それを知った時の私の気持ちが、あんたに分かる……? 自分の夢を、あんたの下らない自分勝手な気持ちで絶たれた、私の恨みが……)
彼女の操作によってPCのディスプレイに表示されている文……それは……。
犯人の動機……それについては、計り知れないことです。
きっとどれだけ時を費やしても、明かには出来ないでしょう。それは無意味なことです。あなたの正義で、あなたの理性で……犯人の気持ちが計れるまで、頭をひねってみるのもいいでしょうが。
犯人の動機……それについては、はしれないことです。
きっとどれだけ時を費やしても、あきらには出来ないでしょう。それは無意味なことです。あなたのせいで、あなたのせいで……犯人の気持ちがはれるまで、頭をひねってみるのもいいでしょうが。
(これからこの死体を音楽室に運んで……。鍵を握らせて……。
ふふ……。相手を殺す前に、そのことを予告してあげる……。それって、結構「挑戦的」じゃない? もしもそんな犯人がいたとしたら……それって本当に、「限りなく挑戦的なミステリ」って言えなくもないんじゃない……?)
そんなことを考えながらアキラは――本名、自明――は、邪悪な笑みを浮かべていた。




