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悪知恵の姫、悲劇をやり直す。〜リア王転生録〜  作者:


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第2章 追放の言葉を止めろ


 姉の長広舌が終わると、広間に再び沈黙が落ちた。

 残るは末の妹、コーディリア。

 彼女は、真珠のような瞳を静かに伏せていた。

 原作を知っている私は、その一呼吸がどれほど危ういものか、痛いほどわかっていた。


 このあと彼女は――正直に「愛を言葉にできません」と答え、

 父王リアの逆鱗に触れて勘当される。

 そしてそれが、すべての悲劇の始まり。


 私は無意識に椅子の肘掛けを握っていた。

 指先に血が通わなくなるくらい、強く。


「さあ、コーディリアよ。」

 父王の声が響く。

「お前はこの父を、どれほど愛しておる?」


 コーディリアはゆっくりと顔を上げた。

 静かで、真っすぐな瞳。

 彼女の美徳は、まっすぐさだ。

 けれど、この場でそれは――毒にもなる。


「父上。私は、父上を……」


 やめて。

 言葉の続きを知っている。

 “愛していますが、言葉にはできません”――それだけで、父は怒り狂うのだ。


 私は立ち上がった。


「父上!」


 ざわめきが走る。

 姉が驚き、臣下たちが顔を見合わせる。

 けれど構っていられない。

 このままでは、コーディリアが追放される。

 歴史を変えるなら、今しかない。


「どうした、リーガン。」

「申し訳ございません、父上。……妹は緊張しております。少しだけ、時間を与えてくださいませ。」


 私は妹の方を見た。

 コーディリアは不安げに私を見返す。

 優しい子だ。

 この子の正直さを、どうやって守る?


 私は一歩進み、父に向き直った。


「父上。愛を量ることは難しいと、先ほど申し上げましたが――」

「うむ。」

「もし、誰かが“言葉で愛を飾らぬ”としても、それは偽りではないと、私は思います。」


 父の眉が動く。

 空気がぴり、と張り詰めた。

 でも怯まない。ここで退けば、彼女は消える。


「言葉よりも、行いで愛を示す者もおります。

 ……たとえば、父上が病に伏したとき、そっと水を運ぶような娘。

 そういう愛も、この世にはあるのです。」


 その瞬間、父の視線が妹に移った。

 コーディリアは、息を呑んでいた。

 それでも、ほんの少しだけ――笑った。


「姉上……」


「続けなさい、コーディリア。」

 私は頷いた。

「お前の言葉で、話せばいい。」


 妹は一歩前に出て、深く頭を下げた。

「父上。私は、父上を心から敬い、愛しております。

 けれど……その愛を、言葉で飾ることは、私にはできません。

 父上の御恩は、これからの生き方でお返しいたします。」


 静寂。

 父の瞳が細められる。

 怒りか、それとも理解か。


 私は祈るように手を組んだ。

 頼む、どうかこの人が、“赦す”方を選びますように。


 長い沈黙の後、父は杖を軽く突いた。


「……面白い娘だ。わしの血を引いておる。」


 広間にどよめきが起きた。

 私は胸を押さえた。心臓が暴れている。

 怒鳴り声が返ってこなかった。

 追放の言葉も、まだない。


「愛を言葉で飾らぬとは、まこと正直よ。

 だが正直は、時に不敬にもなる。わかっておるか?」

「はい、父上。」


 コーディリアが頭を垂れた。

 その姿に、父は小さく笑った。


「よい。お前はまだ若い。今はそれでよい。」


 ――……生きた。

 この瞬間、私は本気で泣きそうになった。

 舞台の上では決して訪れなかった“赦し”が、ここにある。


 私は深呼吸をして、そっと目を閉じた。

 ありがとう、父上。

 ありがとう、コーディリア。

 この世界は、もう原作とは違う。


 けれど、安堵に浸るのはまだ早い。

 父王の怒りは沈んだが、彼の心の奥に潜む不安と孤独は癒えていない。

 そのままでは、いずれ別の形で破滅が訪れる。


 だから――今度は、私の番だ。


 “悪知恵”を、使おう。

 父の不安を取り除き、国を安定させるために。

 そして、妹たちの笑顔を守るために。


 暴君と呼ばれた父を、

 “赦しを知る王”に変えてみせる。


 それが、私に与えられた転生の理由。


 心の奥で、静かに決意が灯った。

 この手で、悲劇を赦しへ変える。

 もう二度と、あの舞台のような涙は流させない。




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