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修道院へ向かう馬車

作者: 紡里

いわゆる断罪後のお話です。

 この馬車は修道院へ向かっている。

 外から鍵をかけられ、逃げられないようにされているが……。



 逃げたところで、貴族の令嬢として育てられたわたくしに、行く当てなどないわ。




 ちょっと羨ましかっただけなの。

 淑女たちに眉をひそめられる趣味を、堂々と楽しんでいたから。


 わたくしがお母さまに好かれるために、彼女の趣味に合わせて「くだらない」と切り捨てたもの。

 それを手に、お友達と賑やかに我が道をゆく姿。


 それを、「くだらない」と一蹴する淑女たち。その集団に所属するべきだと思い、必死に迎合して、趣味に走る彼女たちを一緒に見下した。

 でも、心の奥底では、羨ましい妬ましいと指をくわえている自分がいた。



 髪のお手入れ。日に焼けないように、香油で時間をかけて磨き上げる。ぎゅうぎゅうに引っ張られて、流行の形に仕立て上げられる。頭痛も頭皮の痛みも隠して笑う。


 手のお手入れ。勉強をしろ。でもペンだこは作るな。刺繍をしろ。でも手荒れは言語道断。相反する要求に、頭を悩ませる。


 殿方に好かれる仕草。気に入られて、優良物件に気に入られなさい。でも、媚びを売っていると思われ、安く見積もられて手を出されてはいけない。人生経験が少ない中で、そんな難しい綱渡りができると思って?


「普通の令嬢」になるのも大変で、「素晴らしい淑女」になるなら血の滲む努力を涼しい顔でしなければならない。



 それに邁進するわたくしたちを歯牙にもかけず、原稿を持ち寄って本を作って。

 稚拙なそれを、恥ずかしげもなく売りに行って。


 淑女として恥ずべき、「歯を見せて笑う顔」をさらして。


 「愛好家が集まって売る場がある」という情報を母親が入手してくれたと、はしゃいでいるのが聞こえてきたわ。

「んまあ!」と、眉をひそめるご婦人方の中で、さすが母子揃って心臓に毛が生えていること。


 ……家でも、堂々と好きなことをしているのね。こそこそと隠すことなく。




 見た目はきれいだけれど甘いだけのお菓子をジャリジャリと食み、美味しいですわと口でさえずりながら、胃が荒れていくわたくし。


 彼女は我慢することなく「甘すぎる物は苦手なんです」と不調法に言い放っていた。

 主催者の顔を潰すなんてと心の中で憤るわたくしを余所に、「では、こちらは?」と別の物を勧められて和やかに会話をしていた。



 わたくしはと言えば、お母さまが嫌いだという味を「わたくしも嫌いですわ」と言って口にしなくなるという人生。

 それは、わたくしの意思で行動したのだけれど、「わたくしは好きですわ」と言ったらどんなお顔をされるかと……考えたら、勇気がでない。


 お母さまに、どうやったら好かれるのかしら。

 お姉さまは、好みが合うらしい。

 弟は、ようやく授かった男の子というだけで、産まれたときから大切にされている。


 どうして。どうして。


 わたくしは、産まれたとき瞬間から、ガッカリされたまま。

 すぐに、次に妊娠できる状態になるのはいつかと、医師に確認したらしい。


 そんなこと……跡継ぎを産むまで許されないのは、貴族ならある意味仕方ないけれど。

 お茶会で他のご夫人たちに「自分が長男を授かるまでの努力」として語るのよ。


 わたくしが内容を理解できない馬鹿だと思っているのね。

 それとも、視界にも入っていないのかしら。耳を澄まさずとも、聞こえる場所にいるのに。

 わたくしがどう感じるかなんて、一顧だにする必要がないと?




 こんな状況だったら……愛されている同級生に、少し、嫌味を言ってしまっても、仕方ないと思わない?


 ストレスと無縁のあなた方に、わたくしの胃痛を肩代わりしてもらった方が世の中のバランスが取れると思わなくて?



 それなのに……なぜ、わたくしの婚約者が、あなたを選ぶの?!

 あの、恥ずかしげもなく趣味に走った、低俗な本が二人を結びつけたとは……どういうこと?


 瑞々しい感性が素晴らしいですって?

 彼女はまともな社交なんか、できないわよ!


 あなたまで、わたくしの努力を踏みにじるの?

 あなたに選ばれるために、普通のご令嬢たちがどれだけ熾烈な争いをしていたか、考えようともしないのね。




 わたくしに涙を流させた代償に、一滴ほど、仕返しをしようとしただけじゃない。

 それも未遂に終わったわ。

 将来を誓い合った彼に取り押えられて。


 許せないですって?

 許せないのはこちらの方ですわ、浮気者!




 なぜ、わたくしが修道院に行かなくてはいけませんの?


 必死で整えた、髪も、手も、媚びる仕草も、どれもこれも価値を持たない場所。

 すべての努力が水の泡。



 ここまで良い子に、あなたの要望に合わせて生きてきたのに、助けてくれないのね……お母さま。

「子どもの育て方を間違えた」と反省することなく、困った娘を持つ哀れな貴婦人を気取るつもりなのでしょう。




 そうは、させませんわ。


 文章を書いて、あなたの罪を世に晒しましょう。

 法では裁けない程度の、自分を引き立たせるための、小さな虚飾を振りまいた日々。

 子どもを所有物として、都合よく振り回した罪を。



 修道院には同じような境遇の人がいるはず。

 いつか、まだ見ぬ親友と合同で本を出すわ。




 それが出版社の目に留まったら……そのときこそ、わたくしを自慢の娘だと思ってくださるかしら。


心が飢えた状態だと、いろいろと歪んでしまうよね。

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