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『あーシャバの空気はうまいな』
『シャバって‥』
気持ちよさそうに大きく伸びをするデジ。
そんなデジを呆れた表情で見る友紀。
けど、デジがそうなるのも分からなくもない。
僕たちはあの後、留置所から医療機関らしき建物へ護送された。そして半日かけて全身の健康状態を検査された。ウイルスや感染症を持ち込んでいないか確認するためだそうだ。
そして、その検査が終わると建物から出る前に1人1つ手首につけるラバーストラップの様なものをつけられた。手首にピッタリ密着しており、自分で外すことは出来ないらしい。
僕たちの時代でいうスマートウォッチというものをさらに高性能にし尚且つコンパクトにしたものに似ている。バイタルなどの健康状態を常に把握し、GPSが内蔵されていたりするらしい。
詳しくは教えてくれなかった。
盗聴機能や盗撮機能もついているのだろう。
先ほどの青年が保護観察人というだけあり、僕たちはあくまで不審者なので監視される立場にあるのだ。
『あの、なぜ僕たちを助けてくれたんですか?』
『ん?なぜって面白そうだからに決まってるじゃない。』
にっこり笑いかけてくる李人と呼ばれる青年は、中性的な美青年だ。声の低さや筋肉質や体つきでなんとなく男性であることは分かるが、男である僕も彼に見つめられるとドキッとしてしまう。
一連の流れや周りの大人たちの彼への接し方を見る限り、かなりお金持ちで尚且つ偉い人なのだと思う。
『李人さんって何者なんですか?』
『社長!』
そういうと李人は胸を大きく張りながら右手で胸をトンと叩いてフンッと言わんばかりの鼻息を鳴らした。
『社長‥若そうですけど、おいつくですか?』
『うん。16歳の時に起業して、今は5年目だから、今は20歳だよ。』
『16歳!?』
『うん。今の時代、16歳で働き出すのは珍しいことじゃないよ。』
『大学とかは?』
『小学生以降の教育機関は全て飛び級制度が導入されてるからね、成績が優秀な子達はみんなどんどん進学していくんだ。僕は15歳で大学院を卒業したよ。』
『すごすぎる‥』
『よほど、優秀な方なのね。』
『それほどでも〜』
真由に褒められて、鼻の下を伸ばしている李人。
才色兼備な超人美青年と思ったけど、意外と人間らしいとこもあるようだ。
『すごいな〜俺は26歳!デジや!職業はフリーター!けど、いつか起業するから先輩やな!』
『起業を目標としてるんだね。なぜ起業したいの?』
『人の下で働くのが嫌やからな。偉そうに命令されんのが嫌や。』
『クソみたいな理由ね』
堂々というデジに対して冷めた目で見つめる友紀。
『ははは!分からなくもない!確かに僕は自由で好きなことばかり仕事にしてるよ!』
『そうですね。少しは責任感を持って仕事をして欲しいものです。』
『うわぁ!!!』
李人の背後から現れたのは、切長な猫目が特徴的な美人だ。気が強そうで李人をすごい顔で睨んでいる。
『あ!琴。お疲れ様!どうだった?久しぶりの生肉は美味だったでしょ〜?』
ニコニコしながら琴と呼ばれる女性に笑いかける李人
それは対照的に般若の様な表情で李人を睨んでいる。
『良い加減にしてください!何度目だと思ってるんですか!貴方の代わりにどれだけ仕事をこなしてると思ってるんですか!?』
『仕方ないでしょー君も副社長なんだから、それに桜木議員だって僕より君の方が好きでしょ?』
『そういう問題ではありません!』
かなり怒っている様だ‥。
どうやら桜木議員とかいう人との会食をすっぽかしてこの女性に押し付けてきたらしい。
そしてこの様子を見る限り、日常茶飯事らしい。
『あ!そうだ!琴!紹介するよ!ほらほら!朝話してた子達だよ!みんないい子そう!健康状態も良好だし、しばらくうちで面倒見ることにしたから!』
『‥よろしくお願いします。』
満面の笑みで李人から紹介をされて、暗い表情で僕たちに軽く会釈してきた。
そして、隣に立つ李人を指さした。
『この人の秘書兼副社長をしております。古川琴と言います。』
『この人って‥』
『この人です。』
どうやら、李人は彼女に頭が上がらない様子。
『僕は守島朝陽です。』
『黒澤友紀です。』
『俺は、出島雄大!』
『堀田真由です。よろしくお願い致します。』
『よろしくお願いします。これから身の回りの世話は主に私がメインで務めることになると思います。』
『副社長としての職務があるのに、私たちの世話まで手が回るのですか?』
『大丈夫です。全て私がするわけではありませんし、会社の仕事の方は、彼にしていただきます。そういう約束ですもんね?』
『も、もちろん‥』
気まずそうに視線を逸らす李人。
僕たちを保護する代わりに何か条件を呑んだようだ。
『あ、あと。あの‥クマさんは?』
李人にずっと無言で着いてきていたクマの着ぐるみを被った黒スーツ大男だ。皆、怖がって突っ込まずにいたところを友紀が恐る恐る突っ込んできた。
『ああ、彼は僕のボディーガードをしてくれてる琥珀だ。ちょっと人見知りでね、マスクをつけてるんだよ。不審者に見られるけど、もうみんな慣れちゃってて気にしてなかったけどやっぱり、初めて見ると緊張しちゃうよね!口下手だからあまり喋らないけど、いいやつだよ!分からないことは彼に聞いても良いから!』
すると、琥珀が朝陽たちの方を見て会釈した。
『琥珀だ。よろしく。』
『よ、よろしくおねがいします‥。』
『さて、自己紹介も済んだことだし、君たちお腹すいたでしょ?何か食べたいものあるかい?』
『あ、そうですね‥』
『私はあんまり食欲ないわ』
『私もあまり‥』
女性陣はあまり食欲がないようだ。状況が状況なのもあって食欲がないのも理解できる。
『焼肉!ステーキ!お寿司!ラーメン!』
ここぞとばかりに食べたいものを連呼するデジ。
『分かった。準備しよう。君たちの話もゆっくり聞きたいしね。』
『やった!』
案内されるがまま白い高級そうなリムジンタイプの車に乗り込んだ。
車内は広く後部座席のU字のシートは、表面は光沢がありサラリとしているが、触るとふわふわで乗り心地がとても良い。
『すご!さすが社長さんやな〜高そうな車や』
『そういえば、この世界ではあまり車を見てないわ。その代わりにモノレールやバスや電車はたくさん見たので、自家用車の代わりに公共交通機関が発達してるようね。』
『真由さんの言うとおり!2525年の今は、自家用車は一部の富裕層しか所持できない仕組みになってるんだ。高額な自動車税と他には電気自動車がメインに使用されているけど、一部ガソリンを使用している古典的な自動車も残ってるんだ。石油などの化石燃料は枯渇性資源だからね非常に高額。一部の富裕層や国家で所有するもの以外で一切流通してないんだ。だから、必然的に街中に自動車は走ることはほとんどないんだよ。』
『へー‥私たちの時代は、みんな普通に乗り回してるわね。』
『そうだね。君たちの時代だとそうだろう。その影響で排気ガスが問題になり、オゾン層の破壊が進み温暖化が急激に進むからね。』
『あー‥確かにそんなことニュースでやってたような。』
『けど、それに変わる交通手段の確率が先決だからね。バスや電車、モノレールなどの公共交通機関が発達したんだ。』
『なるほどね。けど、そっちの方が経済的よね。私も自家用車は持っていないけど、自分の生活は電車とバスとタクシーで事足りてるわ。』
『僕は田舎なので車がないと生活できないです』
『朝陽の家は長野県だっけ?』
『うん』
『君は、自然に囲まれて生まれ育ったのかい?』
『はい。実家は葡萄農家なので、畑仕事ばかりしてますよ。』
『素晴らしいな。第一次産業はこの時代でもとても大切にされているよ。良質な土と肥料と太陽の光で育った農作物は、重宝されてるんだ。
あらゆる条件が揃わないと自然なものは育たない。』
『いやいやそんな大したことじゃないですよ。家も貧乏ですし、じいちゃんも父さんも朝から晩まで働きてるけど、コスパ悪いっていつも言ってます。』
『‥そうか。君たちの時代だと、第一次産業はそんなに重宝されていないのか。それじゃあ、廃れていくわけだな。』
『そうですね、どちらかと言うと泥仕事なので。親も大学を出て定職につくようにと言ってきます。』
『なるほど。』
話してる間に市街地に入った。
車の外を見ると、これでもかと高層ビルが立ち並ぶ。
僕たちが走ってる高速道路のような場所もかなり高いがそれよりもさらに高いビルやモノレールのレールが幾つにも重なっていた。
視界の範囲内には街路樹やビルのバルコニーらしきところから見える草木のみでそれ以外の緑は一切なかった。
いくら車が走っても走っても、見えるのはビルだ。
しかし、ビルにはこれでもかと大きな液晶モニターが多く配置されており、化粧品やアパレルの広告や芸能人らしき人たちの煌びやかな映像が流れている。
他にも、報道番組のニュース速報などが見える。
町中に大きなテレビがたくさんある感じだ。
ニュース番組の下に2525年文字が見えた。
本当に未来に来たのだと今でも信じられない。
『まるでSFの世界観ね‥』
同じく外を見つめていた友紀が呟いた。
『はい、漫画やアニメの世界みたいです。』
『ほんと夢みたい』
同じ目線の高さにモノレールが走っている。
モノレールに乗っていた5歳くらいの男の子がもの珍しくそうにこちらを見つめていた。
車が珍しい世界だと話していた。男の子は、この車を見て目をキラキラと輝かせている。
手を振ってみるが、男の子は気づいていない。
その様子を見た李人が朝陽に声をかけてきた。
『車内のガラスは特殊ガラスでね、あちらから車内は見えないようになっている。ちなみに銃弾も跳ね返す強化ガラスなんだよ。』
『銃弾ですか‥』
『そうそう、よく殺されそうになるからさ』
『何をしたんですか‥?』
『何もしてないよ。人を犯罪者みたいな顔で見るんじゃない。』
そのままモノレールのレールが分岐し、男の子の乗ったモノレールは僕たちの進行方向と違う方向へ進んでいった。
『皆さん。あと5分でご自宅に到着します。』
琴さんの声が運転席から聞こえてきた。