2.西表島
〈登場人物〉
守島 朝陽(17)
元気で明るく優しい男子高校生。
黒澤友紀(21)
美大生の女の子。絵を描くことが好き。
出島雄大(26)
大卒フリーター。遊ぶことと旅が好きで世界中を旅するのが趣味。
堀田真由(32)
東京で働く会社員。疲れて休職し西表島にやって来た。
フェリーから降りると、おばあちゃんのそばへ行く。
日焼けした肌とさらりと長い手足。
スキニーデニムにスニーカー、ショートヘアに白いTシャツ。つばが広めの帽子をかぶっている。
60代らしからぬスタイルだ。
こう見ると母さんにそっくりだ。
ただ雰囲気や話し方は母さんよりも落ち着いていて、おっとりしている。
『お婆ちゃん久しぶり。』
『久しぶり。遠いとこからよくきたね。』
『しばらくの間、よろしくお願いします。』
『ふふ、朝陽が来ると楽しくなるね。』
『母さんから預かってきたお土産もあるよ。』
持っているキャリーバックを見せた。
『またたくさん預かってきたのね』
母さんがいつも用意してくる。中身は、ばあちゃんが好きなお菓子とか漬物とからしい。
『奈々はまた仕事なの?』
『うん、そうみたい。』
『まあまあ、仕方ないね‥』
奈々とは母さんの名前だ。
祖母の表情は、少し残念そうだった。
そりゃ、実の娘の顔を見たいだろう。
少し話してからばあちゃんの軽トラに乗り込んで、ばあちゃんの家に向かった。
家に着いたら荷解きをして昼食を食べた後、しっかりと家の庭にあるコーヒー豆畑の草むしりの手伝いをさせられた。まあまあな一仕事だ。
夜は、ばあちゃん手作りの食事を食べた。
朝早くから家を出て午前中に西表島に到着し、コーヒー畑の草むしりを1人で行い、美味しい食事をお腹いっぱい食べた。急に疲れが出てきたのか、縁側でウトウトしてした。
『初日からたくさん手伝わせて悪いね』
『いいよいいよ。気にしないで!楽しかったよ!』
『ありがとう。晴翔は優しい子ね。今日はもうシャワーを浴びて寝なさい。隣の部屋に布団を敷いておいたから。』
『ばあちゃんありがとう』
『いいえ』
シャワーを浴びて。用意された部屋の布団で転がっていると、窓からピカっと二つの光が見えた。
気になってしまい、体を起こして外を見る。
窓からは森が一面広がっている。
するともう一度、草むらからピカっと二つの光がみえた。
『なんだあれ』
気になってしまい、目が冴えてきた。
靴を持ってきて、縁側の引き戸を開けて、外に出る。
光の方へ自然と体が吸い込まれていくように引っ張られている。
昔、おばあちゃんに言われた言葉を思い出した。
ヤマネコピカリャー。
この島に古くから伝わるヤマネコの呼び名だ。
ヤマネコかな?
草むらを掻き分けて歩く。
すると、サガリバナ並木へやってきた。森の中は湿地帯で近くをちょろちょろと小川が流れている。
夏の夜にだけ咲く淡い紅色の花が房状に垂れ下がって甘い香りを放ち花火のように色鮮やかに咲いている。
散った花は、そばを流れている川に落ちると月明かりに照らされて神秘的な美しさを放っていた。
サガリバナの匂いだろうか、その並木やマングローブが生い茂る森の中は甘い香りで包まれており、その香りと神秘的な雰囲気で酔っ払いそうだ。
突然。ガサガサッと茂みから人影が見えた。
知らない人だと思い、少し身構える。
すると、草むらから若い女性が出てきた。
ぱっと見十代後半から二十代前半。朝陽とあまり年齢は違わなさそうだ。
小柄で細身。色白で大きな黒い瞳に長い黒髪をひとつにまとめている。
デニムのスキニーパンツにスニーカー、Tシャツにリュックを背負っており、腰に上着を巻いている。
首から一眼レフカメラが下げられていた。
『あれ?道に迷っちゃった。君も?』
『あ‥あの‥』
『あ。ごめんね!私、黒澤友紀っていうの。大きなヤマネコを見つけてね。追いかけてここまで来たんだけど、見失っちゃった〜。あーでも!ここサガリバナめっちゃ咲いてて素敵!写真撮らなきゃ!』
彼女は、カメラをサガリバナを向けて一心不乱にシャッターを押した。
『花、綺麗ですね』
『サガリバナね。一つ一つの花は一夜限りと短命で、開花翌日の午前には雌蕊を残して散るのよ。種子は水に浮き、漂流して繁殖する。人気の花でこれ目当てに観光ツアーが組まれてるんだから!』
『へー‥』
『花言葉は、幸運の訪れ。こんなに咲いてるところを見られるなんてラッキーだわ〜良いことがが起こるかもよ?』
『良いことね‥流れ星でも見れたら良いのに』
『流れ星ね‥』
『『‥あ!ヤマネコ!』』
2人は目を合わせてヤマネコの目の光を追ってここまで来たのを思い出した。
そして、ヤマネコらしき2つの光があったであろう草むらをもう一度凝視した。
ガザッガササッ‥草むらが揺れる。
『ほら!少年!あっちの方行くわよ!』
『あ、少年って僕のこと‥?』
黒澤友紀と名乗る彼女とヤマネコを目指して、草むらを掻き分けて走り続ける。
ガサッガサッッ!!
急に茂みから草木が揺れる音がする。
何かがこっちへ向かってきていた。
夜中の森の中。何か出てくるのか、。
ごくりと唾を飲み、音がする茂みの方を見つめる黒澤友紀と朝陽。
そこから出てきたのは‥。
『うぉーい。誰やお前ら。』
髪の毛や服に葉っぱや土埃をつけた男だった。
襟足まである癖毛の長い髪にセンター分けの前髪。ロゴTシャツに少しブカブカのシャカシャカパンツを履きブランドロゴ付きのハイカットスニーカーを履いている。
『あなたこそ、誰よ。』
『カップルで夜中の森の中でイチャイチャしとったんかー?ええご身分やな。』
『なにいってんの!?初対面よ!』
『初対面やのに!?見た目によらずやな』
『何もしてないわよ!あんたこそ!すぐそんな思考回路になるなんて随分飢えてるのね!』
『なんやとー!?』
『あ、あの!!』
『ん?』
『えっと‥この辺の人ですか?』
『こんなゴリゴリの関西弁のやつが地元やと思うか?』
『あー‥道とかわかりますか?』
『分からん!』
『‥』
『分からんくて彷徨ってたら人の声が聞こえたからやってきたらこれやで。』
『なるほど‥。』
ヤマネコを追いかけて森の中へ迷い込むと、道に迷った若者が3人集まってしまった。
『とりあえず、海外沿いを出れば。小さな島ですし大通りに出るんじゃないですかね?』
『そうね』
『そうやな』
仕方なく3人で海沿いを目指すことにした。
海の音がする方へ歩いて行く。
『君、高校生ぐらいに見えるけど。高校生?』
『はい。高校2年です。』
『へー!若いなぁ楽しい時やん!彼女とかおるん?』
『いません‥』
『可愛い顔しとるしおると思ってたわ〜。どこからきたん?この辺の子?』
『長野県です。ここは祖母の家があるので、夏休み期間だけ遊びに来たんです。』
『そうなんや。俺は、リゾートバイトしに石垣島へ行こうと思ったら間違えてちゃうフェリーに乗ってもうてん。そしたら、それが最終便でな帰られへんから仕方ないし放浪してた!』
『はぁ‥』
『リゾートバイト‥』
『怪しいとちゃうで!レストランで洗い場とか、調理補助とかそういうのな。そういうあんたは何しにきたん?』
『私は美大生だから、絵を描きに来たの。西表島の豊かな自然を写真に撮ったり、水彩画で記録しようと思ってたの。』
『へー』
『美大生だったんですか!すごい!黒澤さんってどんな絵を描くんですか?』
『えっ、まあ、こんな感じよ!』
友紀は、リュックのポケットから小さなハガキを出した。そこには、豊かな自然の風景画を中心に様々な水彩画が書いてあった。
『すごいですね!』
『うまいな〜さすが美大生。黒澤さんっていうん?』
『黒澤友紀です。』
『へー!友紀ちゃん!よろしくー!俺は、出島雄大。これも何かの縁やしな。仲良くして〜』
『はぁ‥』
にっこりと笑う青年に少し引き気味の友紀。
朝陽は笑顔で菅田に返す。
『出島さんですね!』
『そう!デジでいいで!みんなそう呼んでるねん!
僕は名前なんて言うん?』
『守島朝陽です』
『あさひくんか!かっこいい名前やな!よろしく!』
しばらく歩いたのちに海岸沿いに出た。
夜の海は月明かりに照らされて綺麗な反面、少し怖かった。
『おかしいわね‥、西表島なんて小さな島。出ればどこかしらに出ると思ったんだけど‥』
『ほんまやな、というかスマホも圏外やし』
『確かにそうですね‥、あ!あそこに人がいますよ!道を聞いてみましょ!』
海岸沿いに1人の女性が立っていた。
年は二十代後半から三十代前半。
青白い肌と細身な身体向き。肩につくかつかないか程度の長さの黒い髪をハーフアップにしている。
薄手のカーディガンを羽織って、下はワイドパンツを履いている。
綺麗なOLのお姉さんの休日といった感じだ。
女性はボーッと海を見つめていた。
『あのーすみません!僕たち道に迷ってしまって、ここってどこかわかりますか?』
『えっ‥あ、そうね。西表島の西側だとは思うんだけど。私もあまり土地勘がなくて正確には答えられないの。ごめんなさいね。』
『そうなんですね‥僕たち、西武地区から来たので遠く離れてはないと思うんですかと。』
『すみません急に声をかけてしまって』
『綺麗なお姉さんやな〜』
朝陽と友紀をかき分けてにゅっと雄大が顔を出す。
『ちょっと!失礼でしょ!』
『なんでやねん』
『なんでも!!』
友紀は、女性にヘラヘラと笑いかける雄大の肩を肘でこずいた。
雄大はなぜ怒られているのか心底理解できていないそう。
『ありがとう。貴方達は学生さん?こんな時間までうろついてたら危険よ?』
『ですよね‥家に戻りたいんですけど道がわからなくて』
『それは大変ね。』
ピカッ。
海岸沿いに並ぶ4人は森の中から光る二つの光を見た。
『今の何?』
『ヤマネコだ!』
朝陽はその光を見て追いかける。
それを見た3人は朝陽を追いかけた。
森の中へどんどん入って行く、そして突如。
森の木に石でできた小さな祠が現れた。
石の祠は、大木の影に隠れており、大きなマングローブの木に飲み込まれそうになっている。
そして、その祠の上に凛とした姿です立っていいたのがイリオモテヤマネコ‥。
普通の猫よりも人周り大きく、ヒョウ柄のような暗褐色の斑紋、全身の毛がふさふさと風に揺られている。
黄金色に輝く大きな瞳とそして額や目の周りの白い模様。短く太い足、丸みのある耳。
4人はその神秘的な美しさを持つ生き物を目の前に立ちすくんでいた。
『運ガイイ、ニンゲンダナ。』
ヤマネコが口を開き、急に言葉を話した。
『ネコが喋った!』
『』
『え?』
そういうと、ヤマネコは祠を前にし強い光を放った。
強い光に目を瞑った4人。
目が覚めるとそこは、知らない世界だった。