30 フアナとフェリシエンヌ②
「フェリ、まるぶらんしぇおうこくってどんな所?」
村の広場の外縁部。日陰になった所に置かれたベンチでフアナとフェリシエンヌがおしゃべりしていた。
フェリシエンヌはここのところ毎日のように虎族の村にやって来ている。フアナと会うためだ。ゲーム通り、何か通じ合うものがあったのか、二人の距離は急速に近づいていた。
今ではフェリシエンヌのことをフェリと呼ぶことを許されているほどである。
当たり前だが、王族の名前を略して呼ぶなんてなかなか許されないことだ。それだけフアナだけではなくフェリシエンヌもフアナを気に入ったということだろう。
ゲームでのフアナは兄や姉の存在に憧れを持っていたからなぁ。フェリシエンヌの存在はフアナの中で姉的な存在として認識されているのだろう。
おかげでオレとフアナの時間が減ってオレは悲しいです。
「そうですわね。ウリンソン連邦と比べると、石が多いでしょうか。石でお家を作ったりいたしますわ。石を作り出したりもしています」
「? 石を作る? 魔法?」
「違いますよ。レンガというのですけど、土を練って焼くとできるみたいです」
「へー」
フアナとフェリシエンヌは、仲睦まじい姉妹のようにピッタリとくっついてベンチに座っている。フアナの後ろにオレ、そしてフェリシエンヌの後ろにエステルがそれぞれ立っていた。
「ばるたざーる、しゅわしゅわおかわり」
「はいはい」
フアナとフェリシエンヌ、エステルの手には木漏れ日にキラリと輝くグラスが握られている。グラスにはそれぞれ飲み物が注がれている。オレが用意した物だ。
「フェリシエンヌもおかわりするか?」
ちょうどフェリシエンヌのグラスも空になりそうだったので尋ねてみる。
「では、わたくしにもしゅわしゅわ? をいただけますか?」
「ああ」
どうやらフェリシエンヌもフアナがあまりにもおいしそうに飲むから気になったようだな。
「念の為に確認いたしますが、お酒ではありませんわよね?」
「違う。酒精は含まれていない。エステルもおかわりするか?」
「いえ、私はもう十分にいただきました」
「そうか?」
「エステルも立ったままでは大変でしょう? 座ってもいいのですよ」
フェリシエンヌが自分の横の空いたベンチに触れる。
だが、エステルは静かに首を横に振った。
「いえ、どうかお気になさらず、このままで」
さすが、マルブランシェ王国にその影ありとまで謳われたアギヨンの一族。この程度では主従の関係は揺るがないようだな。
「どこまで話したかしら? そうそう。ウリンソン連邦ほどではありませんけど、マルブランシェ王国も自然が豊かな国です。別荘からは大きな湖が見えて、船で遊んだりもしました」
「船?」
「はい。船は木で作った……なんと言えばいいのかしら?」
フアナにウリンソン連邦の援軍の派兵を訴えても無駄だと言うのはフェリシエンヌもわかっているのだろう。一応、用心のために二人の会話はすべて聞いてきたが、軍事的な話になったことは一度もない。
だが、ならどうしてフェリシエンヌはフアナに会いに来ているのだろう?
直接訊いてみるのもいいかもしれない。
「はぁ……」
それまで楽しそうに話していたフェリシエンヌが一瞬だけ鬱屈そうな表情を浮かべて溜息を吐く。
「どうしたの?」
「え? なにかありました?」
自覚がないのか、フェリシエンヌはきょとんとした顔をしていた。
「フェリ、とても悲しそうな顔で溜息吐いてた」
「わたくしが……?」
「ん。心配……」
「その……。少し考えてしまったのです。わたくしの知っている景色が、もういくつ残っているのだろうと……」
「フェリ……」
フアナが切なそうな顔でフェリシエンヌを見た。だが、なんと声をかけたらいいのかわからなかったのか、困った顔でオレを見る。
どうするかな。オレだってフェリシエンヌの境遇を思えば悲しみと怒りが巻き起こるのを禁じえない。前世で何度モニターの前で叫んだことだろう。
だが、彼女をこのどうしようもない境遇に押しやったのは他でもないオレ自身だ。
オレはフェリシエンヌの祖国奪還の悲願よりもフアナの安全を優先した。その結果だ。
オレはフアナに首を横に振ることで応える。
フェリシエンヌの祖国を先頭に立って蹂躙していたのはこのオレだ。オレはフアナ以上に彼女の対して言葉を持たない。
安っぽい気休めなど論外だし、オレがなにを言ったとしても皮肉と受け取られるだろう。
こんな思いをするくらいなら、素直にフェリシエンヌに協力して帝国打倒を目指すのも悪くなかったかもしれない。そう思わされる。
だが、その過程でフアナが傷付くのが怖い。ゲームなら、キャラが死ぬことはなかった。だが、ここは現実の世界だ。
怪我ならまだいい。だがもし、取り返しの付かない事態になってしまえば?
オレは悔やんでも悔やみきれないだろう。
だから、オレはフェリシエンヌを切り捨てることに決めたのだ。
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