28 フェリシエンヌの訴え
族長の家の居間。そこでちゃぶ台を挟んでフェリシエンヌとホアキンが向き合っていた。
両者の前にはお茶の入ったコップが置かれている。一応、オレが用意したものだ。
「ご紹介に与りました。わたくしがフェリシエンヌ・マルブランシェ。マルブランシェ王国の王族です」
「虎族の族長、ホアキンだ。で? 今日は何の用だ?」
フェリシエンヌは王族だと名乗るが、ホアキンは少しも気にしてなかった。まぁ、彼は虎族の王とも言えるし、立場上は対等以上と強弁できなくはないか。
「用と言うのは他でもありません。本日はウリンソン連邦でも有力な種族である虎族を率いるホアキン様にお願いがあって参りました。わたくしたちを助けてほしいのです」
「ふむ。助けてほしいとは?」
「わたくしの祖国、マルブランシェ王国は今、ランゲンバッハ帝国によっていわれのない侵略を受けています。悔しいですが、マルブランシェ王国単独ではランゲンバッハ帝国の攻勢を防ぎきれないのが実情です……」
フェリシエンヌは唇をキュッと結んで本当に悔しそうにしていた。
彼女は既にランゲンバッハ帝国にさまざまなものを奪われている。家族、知人、そして今度は国まで奪われようとしている。そんなことは断じて許せはしないのだろう。
ゲームを通してフェリシエンヌの気持ちを知ってはいるが、彼女に同心することはできない。
オレにとっては、フェリシエンヌよりもフアナの方が大事なのだ。
「ウリンソン連邦には、ぜひともマルブランシェ王国を救ってほしいのです! お願いします!」
「ッ!?」
あのフェリシエンヌがホアキンに頭を下げている。エステルが驚いているから、フェリシエンヌの独断だろう。
王族が頭を下げる。その意味は決して軽くはない。それだけの覚悟を持ってフェリシエンヌは頭を下げている。
だが――――。
「頭を上げてくれ。それでは話もできない」
「お願いします! どうか、わたくしの祖国を救ってください!」
「そう言われてもな……」
ホアキンが困ったような顔でオレを見た。
「フェリシエンヌ、ホアキンも困っている。頭を上げてくれ」
「はい……」
やっと頭を上げたフェリシエンヌ。だが、彼女には救いはもたらされない。
「マルブランシェからの客人のことは族長たちの間でも噂になっている。もう知っているだろうが、我々は確かに一族を率いる身ではあるが、単独で動くことはできない。そろほどの大事は、協議の末で決定されるのが通例だ」
「はい、ですからその協議で議題として取り上げていただいて――――」
「無理だな」
フェリシエンヌの言葉をホアキンは切って捨てた。
「協議には議題として出してもいい。だが、誰も賛同しないだろう。恩がないからな」
「祖国を奪還した暁には、必ず皆様に報いると誓います! ですからどうか」
「そうではない。そういうことではないのだ。そなたはまだなにも身の証を立てていないことが問題なのだ」
「身の、証……?」
「そうだ。争いとなれば、死者も出るだろう。一族の者を死なせるのだ。そうしてもよいと一族の者たちが思えるほど、そなたから恩を受けたわけではない。そこが問題なのだ」
「恩……」
フェリシエンヌが黙ってしまった。
そう。彼女が悪いわけではない。悪いのは、オレだ。オレがフェリシエンヌの機会を奪ったのだ。
例えば青の星香草を採取してホアキンを治療したこと。例えば、農場で水路を塞ぐ大岩を退かしたこと。迷子の捜索。ウリンソンボガードの討伐。貴重な鉱石の採取などなど。
これらは本来ならフェリシエンヌたちが解決するはずのクエストたちだった。
そうしてフェリシエンヌたちは、獣人族たちからの信頼を得ていったのだが、オレはゲームの知識を使って、フェリシエンヌが有力な獣人たちに対して恩を売る機会を奪ってきた。
ゲーム通りに事が進めば、フェリシエンヌの主張に賛同した獣人たちによってランゲンバッハ帝国との戦争へと舵が切られてしまう。エルフの拒否権によって否決されるとはいえ、獣人たちの感情を思えば、世論というものを思えば、そんな危険は事前に潰した方がいい。
「どうすれば……」
八方塞がりの現状にフェリシエンヌが喘ぐ。かわいそうだけど、仕方ないね。
「まずは身の証を立てる。それから考えてみてはどうだ?」
「ッ! なにか、わたくしにできることはありませんか!?」
「あいにくだが、我が一族は今これと言って困っているわけではない。小さな困り事はあるかもしれんが、とても命を懸けられる恩となることはないだろう」
「そんな……」
フェリシエンヌ、そしてエステルが今度こそ悲嘆に暮れてしまった。二人とも沈んだように顔を伏せている。
その時だった。
「ただいま」
鈴を転がしたような声と共に玄関のドアが開かれ、白銀の少女が現れた。
フアナだ。どうやら今、学校から帰ってきたらしい。
マズいことになったな……。
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