010 ドキドキ
青の星香草を手に入れたオレは、さっそくウリンソンに戻ってきた。
まだ日が昇った直後だからみんな寝ているかと思ったのだが、ウリンソンは朝早くから活気に満ちていた。
ウリンソンの樹上都市にはいくつも即席の屋台が立てられ、朝食が売られている。朝日がキラキラと輝く木漏れ日の街は、混然としたおいしそうな匂いに包まれていた。
オレは一刻も早く協同組合にクエストの完了を報告したいのをグッと堪え、初日にエルフさんに教えられた宿屋に行く。
宿で適当な個室を取り、たらいと布を貸してもらったら、やることは一つだ。
「クリエイトウォーター」
たらいに温水を溜めたら、服を脱いで体を拭いていく。本当は風呂に入りたいところだが、ウリンソンには風呂がないらしい。落ち着いたら風呂を作るのはありだな。
たらいのぬるま湯に頭を突っ込み、手持ちの石鹸で洗っていく。
「おほお! 気持ちいい!」
思わず声が出るほど気持ちよかった。文化的な生活は一週間ぶりだからね。仕方ないね。
これから人生の最推しであるフアナちゃんに会うんだ。抜かりなく隅々まで綺麗にする。
「こんな感じかな」
体を洗い終えたオレは、温風の魔法を使って髪を乾かしていく。
さっきの水を創る魔法や温風の魔法は、ゲームでは登場しなかった魔法だ。ゲームだと、魔法は攻撃手段って感じだったからな。だが、バルタザールの記憶には、いろいろとオレの知らない便利な魔法が記憶されていた。
「それって、オレの知らない魔法があるってことだよな」
オレの持つゲームの知識の正しさは証明されたが、それだけがすべてじゃないということだろう。
むくり、とこの世界のことをすべて知りたいという欲求が首をもたげる。
だが、そんなものはすぐに霧散した。
「オレにとってフアナちゃんがすべてだからね。世界なんてどうでもいい」
やろうと思えば、オレは世界征服だってできる。オレを倒せるフェリシエンヌだって、今はまだレベル1のか弱い少女でしかない。
たとえば、今ここでフェリシエンヌを殺してしまえば、オレが倒される未来もなくなる。
その場合、オレの知らない別の脅威が現れるかもしれないが、まぁ、それは置いておこう。
ランゲンバッハ帝国に戻って国を支配し、世界に君臨する。そんなことだって可能だ。
だが、それのどこが面白いのだろうか?
オレはべつに世界を支配したいとか、人の上に立ちたいとは思わない。
だって、面倒くさそうじゃん? 世界を支配するのって。
「よし! こんなところだな!」
髪を乾かし終えたオレは、さっそく収納魔法から新しい服を出して着替える。石鹸で洗ったから髪がキシキシするが、これはトリートメントがないので仕方がない。油を塗るという手段もあるが、あれあんまり好きじゃないんだよなぁ。ベタベタして。
すべての準備を終えたオレは、ルンルン気分で宿屋を出た。
たどり着いた協同組合は、なんだか大盛況だった。みんな真剣な顔をしてクエストが貼られたクエストボードを見てクエストを吟味しているようだ。
「これとかどうだ?」
「うーん……。報酬がなぁ」
「それは俺が先に目を付けてたんだ!」
「先に取ったもん勝ちだね!」
前に来た時は、クエストボードの前には一人もいなかったのだが、時間帯によって何か違うのだろうか?
「まあ、いいか」
オレは盛り上がっているクエストボードを通り過ぎて、カウンターに並んだ。エルフさんがにっこりと笑ってオレを迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。今日はどうなさいましたか?」
オレは収納魔法を展開すると、青の星香草を取り出した。
「それはッ!?」
「クエストの完了報告に来た。この通り、青の星香草を持ってきた」
「か、かしこまりました。すぐに依頼人に連絡いたします! 念のためこちらで処置しても問題ないでしょうか?」
「ああ、頼む。依頼人に会うことは可能だろうか?」
「はい。おそらく、依頼人の方もお会いしたがると思います。お部屋をご用意いたします」
「ああ、ありがとう」
こうしてオレは協同組合の個室に通された。今頃、協同組合の手配で青の星香草を薬に調合している頃だろう。
そして、ついにフアナちゃんに会える時が近づいてきてるんだな。もうドキドキだ。まだ朝食を食べていないので腹が減っているはずなのだが、まったく空腹を感じない。
代わりに感じるのは、胸がギュッと締め付けられるような感覚だ。冷汗まで出てきた。
これは恋だな。そうに決まっている。
オレの大好きなゲームである『姫騎士のリベリオン』。登場キャラはどれもたしかに推しと呼べるほど大好きだが、フアナに関しては格が違う。
これまでオレが触れてきたすべての中でのダントツ一番の推し。
最推しなんてレベルじゃない。もう人生の推しとでもいうべき存在だ。
そんなフアナとこれから会うことになる。
オレの心臓は大丈夫なのだろうか? 破裂したりしないよな?
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