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数学と筋トレの狭間

マッスル学園における数学の授業は、他の学校とは一線を画すものだった。天野コウスケは初めてその授業を受けた時、そのユニークさに驚かされた。普通の学校であれば、数式や図形、関数の解法などが教えられるところだが、ここマッスル学園では数学も筋トレに特化していた。


教室に響き渡る数学教師・杉山の声は力強く、彼の存在感もまた相当なものだった。巨漢でありながら知的な風貌を持つ杉山は、生徒たちに向かってこう言い放った。


「筋トレはただ重いものを持ち上げるだけの作業ではない。筋肉の成長を効率的にするには、数値でトレーニングを管理することが重要だ。各自、自分の1RM(ワンレップ・マックス:一度に持ち上げられる最大重量)を把握し、負荷の設定を数学的に計算するんだ!」


黒板に描かれた方程式には、「筋肉増強効率」と書かれ、続いて「トレーニングボリューム=重量 × 回数 × セット数」という式が示された。コウスケは、この式の意味をすぐに理解した。進学校出身である彼にとって、数学の授業は得意分野だった。


だが、コウスケの隣の席に座っていたクラスメイト、ナオミは全く違う反応をしていた。ナオミは授業中にも関わらず、教科書を開くどころか、ひたすらダンベルカールとハンマーカールを繰り返していたのだ。コウスケがちらりと隣を見やると、ナオミは大きなダンベルを片手に持ち上げ、もう片方の手にはシェイカーに入ったプロテインが握られていた。


「勉強なんて筋トレにはいらねぇよ。時間の無駄だ。そんな暇があったら筋トレしろってんだ!」ナオミはつぶやき、プロテインをゴクリと一口飲んだ。彼女は1時間に一度はプロテインを補給しているようだった。


「ナオミ!」突然、教師の杉山が彼女に向かって声を上げた。「授業中に筋トレをするな!数学を学ぶことが、より効率的に筋肉を育てるための鍵だということがわかっていないのか?」


ナオミはダンベルを下ろし、教師に鋭い視線を向けた。「筋トレは理論なんかじゃねぇ!やってなんぼだ!私はこの筋肉で勝負してんだ、勉強なんかよりも筋トレだ!」


ナオミの言葉に、クラス全体がざわつき始めた。だが、ここで一歩前に出たのはコウスケと仲良くなったばかりのタクミだった。タクミは冷静な口調でナオミに言った。


「ナオミ、お前の筋トレに対する情熱は認める。けど、理論を無視したトレーニングは効率的じゃない。例えば、今お前がやってる低重量のカールを高回数でやるのは、筋持久力をつけるにはいいけど、筋肥大には向いてないんだ。筋肉をつけたいなら、まず理論を学んでからやるべきだ。」


ナオミは一瞬、タクミの言葉に反応しなかったが、すぐに挑戦的な目つきに変わり、言い返した。


「じゃあ、こうしようじゃねえか!タクミ、次の授業のクラス委員長決めで立候補しろ!そこで私と勝負だ。どっちが正しいか、白黒つけてやろうじゃねえか!」


教室内は再び騒然となり、生徒たちは次のクラス委員長決めに向けて熱い視線を送り始めた。コウスケはその光景を見て、まさかこんな形で委員長が決まるとは思いもよらなかった。


授業が終わり、次のクラス委員長決めが始まった。立候補者は、予想通りナオミとタクミの二人だけだった。選挙とは言いつつも、これは実質的にナオミとタクミの「理論対筋力」の対決だった。生徒たちの期待も高まる中、コウスケはどちらに投票すべきか悩んでいた。


「ナオミの言っていることも分からなくはないけど、タクミの方が筋肉に対して深い理解がありそうだし…」


結局、コウスケはタクミに投票することに決めた。そして投票の結果が発表された。結果は圧倒的だった。タクミが全票を獲得し、クラス委員長に選ばれたのだ。


「私の勝ちだったようだな。」タクミはナオミに向かって言ったが、その表情は決して勝ち誇ったものではなかった。「だがナオミ、筋トレへのお前の情熱は本物だ。理論と実践を両方兼ね備えたら、もっと凄いことになる。これからは一緒に合トレしないか?」


ナオミは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。そして、またシェイカーからプロテインをゴクリと飲み干すと、力強い声で言った。


「あんたには負けたよ、タクミ。けど、私も筋肉をもっとデカくしたい。あんたの言う理論、理解してやるよ。1から勉強し直すから付き合ってくれよ!」


その瞬間、教室は拍手と笑い声に包まれ、二人のライバル関係は友情へと変わったのだった。


コウスケはこの光景を静かに見つめていた。筋トレの世界では、単なる肉体の競争だけではなく、お互いの意見を尊重し合う優しさが存在するのだと、コウスケは実感した。トレーニーたちは、ただ筋肉を鍛えるだけでなく、共に成長し、支え合う存在なのだ。


こうして、コウスケはまた一歩、筋トレの世界の奥深さを知ることになった。

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