タクミとの出会い
マッスル学園での初めての授業が始まった。それは、まさに学校の名にふさわしい、筋トレの授業だった。天野コウスケは、まだ学校の環境に馴染むことができず、クラスメイトたちが皆、筋肉隆々であることに圧倒され続けていた。彼の手に握られている教科書には、「筋トレ入門」と書かれており、驚くことに授業内容は全て「ベンチプレス」「スクワット」「デッドリフト」といった本格的なトレーニング種目で構成されていた。
体育館には巨大なトレーニングマシンが並び、筋トレを開始する生徒たちの姿があった。彼らは次々とベンチプレスで100kg以上のバーベルを軽々と持ち上げ、歓声と歓喜の声が響き渡る。コウスケはその光景に圧倒されながら、どうすればいいのか全く分からずに立ち尽くしていた。
その時、コウスケに声をかけてくれたのが、タクミだった。タクミはクラスの中でも特に筋肉が発達しており、見るからに力強い体格を持っていたが、どこか優しそうな表情で微笑んでいた。
「お前、初めてだろ?俺が教えてやるよ。」
コウスケが「はい」と答えると、タクミは親切に説明を始めた。
「まずはベンチプレスからだ。周りが100kg持ち上げてるけど、無理はするな。お前の体格なら50kgから始めてみようか。」
タクミの言葉に促され、コウスケはベンチに横たわり、タクミがバーベルに50kgの重りをセットした。見た目には普通に見えるその重りだったが、コウスケがバーベルを手に取ってみると、信じられないほどの重さを感じた。
「よし、ゆっくり下げてみろ。大丈夫、俺がサポートしてるから。」
タクミが言う通り、コウスケはバーベルを胸の位置までゆっくり下げていった。しかし、そこからが問題だった。上げようと力を込めた瞬間、バーベルがまるで石のようにびくともしない。
「う…上がらない…!」
コウスケは必死に力を込めたが、筋肉は全く反応しなかった。結局、タクミが軽々とバーベルを持ち上げ、コウスケを助けた。
「最初は誰でもこんなもんさ。焦らなくていい。」
タクミの言葉に少し安心したものの、コウスケの気持ちは落ち込んでいた。ベンチプレスだけでなく、その後のスクワットやデッドリフトのトレーニングでも同様に苦戦し、すべての種目でクラス最下位の成績を取ってしまったのだ。特にスクワットでは、バーベルを肩に乗せた瞬間、脚がガクガクと震え、持ち上げることすらできなかった。
「なんでこんなにみんなすごいんだ…俺はどうしてこんなにダメなんだ…」
一方、ペアを組んだタクミは全ての種目でクラス最高の成績を叩き出していた。彼の筋力と技術は圧倒的で、コウスケはタクミの姿を横目に見ながら、自然と羨ましい気持ちが湧いてきた。
トレーニングが終わり、コウスケが沈んだ表情でロッカールームに戻ろうとした時、タクミが声をかけてきた。
「コウスケ、順位なんて気にするなよ。」
コウスケは少し驚いた表情で振り向いた。
「でも…タクミはクラストップだろ?俺なんて最下位だし、全然ダメだよ…」
タクミは優しい笑顔で首を振った。
「筋トレは他人との競争じゃない。自分との戦いなんだ。お前が今どれだけ持ち上げられるかじゃなくて、これからどう成長していくかが大事なんだよ。」
コウスケはタクミの言葉に少し驚いたが、同時に納得したように頷いた。
「なんで、タクミはそんなに優しいんだ?」
すると、タクミは少し考えた後、静かに答えた。
「トレーニー(筋トレに真剣に取り組む者)は、常に自分に厳しくする。だから、他人には厳しくできないんだよ。俺たちが本当に競うのは、昨日の自分だ。周りを気にするより、自分の体と向き合うことが大事なんだ。」
その言葉はコウスケの胸に深く響いた。タクミの言う通り、筋トレは他人との勝負ではない。自分との戦いだ。コウスケは、その瞬間に「トレーニー」というものの本質に触れた気がした。
そして、コウスケは決意を新たにした。今はクラス最下位かもしれないが、それはスタート地点に過ぎない。これから自分の体を鍛え、少しずつでも成長していけばいい。
こうして、コウスケの本格的な筋トレ生活が始まるのだった。