Dear......Dear……
「絶対に、私の世界の”あなたたち”に会いに行くから……!」
そう言い残して、ナターシャは自分の世界へと帰っていった。俺たちからそれぞれ受け取った神器を使って、無事に灰色の魔導士を倒せるといいのだが……。
***
あれから、俺たちは定期的に土井さんのお店に集まっては近況報告をしている。
土井さんの料理は相も変わらず、胃にも心にも、そしてお財布にも優しい。そして本当にほっこりとくる美味しさなので、俺はみんなと会う約束をしていないときでも食べに来るくらいだ。しかしそれはみんなも同じようで、土井さんのお店に顔を出すと清水と風村さんのどちらかには必ずと言っていいほど会う。
清水とは、大学のOB会でも顔を合わせる。あいつ、消費するだけのオタクかと思いきや、実は創作するオタクだった。会社勤めをしながら「もっと上手く絵が描けるように」と専門学校にも通い始めたらしい。目標は、風村さんがいずれ出版する本に挿絵を描くことだとか。頑張れ、清水。
風村さんは翻訳家としての仕事をこなしながら、児童書の新人コンテストに応募しまくっているそうだ。作家としての実績を積んで流行り廃り関係なく本を出版してもらえるほどの実力がついたら、ナターシャが主人公の本を絶対に書くんだと息巻いていた。ナターシャと俺たち四人の絆は写真に残らなくても、そして世界を隔てようとも永遠に不滅だろうが、誰にでも見える形でそれを残すということに何らかの意義があるんだろう。俺とナターシャがどのような時間を過ごしたかを見知らぬ誰かに知られてしまうのは気恥ずかしい気もするけれど、それが「彼女はたしかにここにいた」という証明になるのなら、それもまあ、いいかなと思っている。
俺はというと、実は、大学在学中に歌手デビューしていた。軽音部のやつらと一緒にではなく、俺単体でである。しかも、ナターシャが好きだと言ってくれた”俺らしいギター”と”歌”で。ありがたいことにそこそこ売れて、それなりにファンもついた。けれど、俺はそれだけでは満足できなかった。……もっと、もっと、俺の音楽を聴いてくれる全ての人たちに”心”を届けたいと思った。そのためには、独学ではなくきちんと、音楽の勉強をしたほうがいいと感じた。そんなわけで、俺は音楽の修行のため、アメリカへと留学したのだが……
「ナターシャ?」
ニューヨークの街角で、俺はバックパッカーと思しき女性に思わず声をかけてしまった。燃えるような赤い夕焼け色の短髪を振り乱しながら地図とにらめっこしている彼女を見ていると、どうしてもナターシャが想起されてしかたがなかったのだ。
地図に没頭して俯いている彼女が<こちらの世界のナターシャ>であると、俺の直感が、いや、魂が叫んでいた。でもまさか、そんな、本当に……?
俺は胸が早鐘のようにドクドクと言い、それが鼓膜の奥にまで響くのを感じていた。そして、俺の期待と不安を知ってか知らずか、彼女がゆっくりと顔をあげた。
「今、私のこと、呼んだのはあなた? 何で私の名前を知っているの?」
「ああ、ナターシャ。これはナンパのように聞こえるかもしれないけれど、本当のことなんだ。俺たちは実は、会ったことがある。厳密に言ったら、ちょっと違うかもだけれど」
「……ふっ、何それ。そういう口説き文句は、イタリアかフランスの人が言うものだと思ってた。けど、あなた、チャイナかジャパンよね? なんかちょっとおもしろそうだから、話に乗ってあげる。あなた、名前は? ていうか、私、今、この場所に行きたくて困ってたんだけど、あなた、案内できる?」
──その後、俺はナターシャを日本に連れ帰り、みんなに会わせた。そして、例の写真と同じ構図で写真を撮って、風村さんと清水が一緒に出した「これ飲んだら世界救う。」という本に挟んでおいた。それがいつの間にか俺の手元からなくなって<向こうの君>に届くのは、また別のお話。