人と魔族のハーフ少女は無自覚無差別たらしさん
聖歴二千百五年、魔王と勇者を筆頭にした人族と魔族の長く激しい戦いは終わりを迎えた。
勇者、そして魔王の死により互いに崩壊していた国は手を取り合い、共に一つの国として生きていくことを決めた。
そうして誕生した王国は今まで敵対関係であった隣人を愛することを良しとし、その先駆けに人族魔族が通う国立の学園を建てた。
しかし、いくら和平を結んだからといって今までいがみ合い嫌い合ってきた隣人をそう簡単に愛すことができるものか、学園が創立してから十数年の時が経っても人々の間にお互いへの偏見や嫌悪が完全に晴れることはなかった。
そしてこれからも、そう簡単に完全な平和は訪れることがないのだろう――
しかしある日、国全体を揺るがすような出来事があった。
今まで疑い嫌い恐れてきたお互い、そのお互いの血を半々に受け継いだ人と魔のハーフである少女――アリアが学園に入学したのだ。
彼女は魔族の象徴である角を持ち、人族の象徴である牙のない綺麗に並んだ歯を持ち、そして各々の信仰する色である黒と白を混ぜ合ったような銀色の輝く髪、双眸を持っていた。それが何よりも人と魔の混ざり物である証拠であった。
アリアを目にした人々はどちら側にせよ、初めはその半分を忌み嫌い遠ざけていた。誰もが彼女を遠巻きに見ていた。
しかしそれも最初の頃だけであった。
「大丈夫?」
彼女は魔族を凌ぐ力で、虐められていた人族の生徒を何度も何度も助けて回った。
「それは違う……と、思う」
彼女は人族と違う視点で、魔族を悪と吹聴していた学者に反論して魔族の名誉を取り戻した。
彼女が学園内に蔓延る悪を成敗するたびに人族の生徒は歓声をあげた。
彼女が捻じ曲げられた事実を正すたびに魔族の生徒は拍手喝采を送った。
人族の誰かはアリアを【勇者の如く正しい人】と称した。
魔族の誰かはアリアを【魔王の如く素晴らしき者】と称えた。
やがて学園の誰もが彼女を慕うようになり、かつて遠ざけられていた事実が嘘のようにアリアは多くの生徒に愛される生徒として一躍学園の人気者となった。
しかしそれでも尚、アリアを嫌い仲間はずれにしようとしたり虐めようとしたりと考える者たちが学園には存在していた。
アリアは一人であることも虐められることも大して気にはしていなかったが、それに反応して怒りを露わにしたのはアリアに助けられた者たち、そしてアリアを慕う者たちだった。
彼女の学友であり国の第三王子であるアーリウスを筆頭に人族の生徒はアリアに危害を加えた、また彼女に悪しき考えを抱いた者たちをリスト化し吊し上げた。
そして彼女の学友でありかつての魔王と同じ系譜にある高位魔族のユウルティアを筆頭に魔族の生徒たちはそのリスト上の生徒に対し常に睨みをきかせてアリアに対しての嫌がらせを制限させた。
彼らは常に情報交換、状況報告を欠かせずに三ヶ月に渡る作戦を実行し――見事、アリアへの嫌がらせは一切無くなった。
その一連は初めて人族と魔族が己らの意思で手を取り合った事例だった。彼らの盛り上がりにまた人族と魔族の喧嘩か、と思った先生たちが事の詳細を知った途端にひっくり返り最終的に国へと報告するくらいには驚愕されたものとなった。またその報告を聞いた王族・高位魔族たちもひっくり返りこそはしなかったが、その文書を何度も何度も読み返し真実を確かめに学園へ調査を送るくらいには驚いた。
そんな周りの驚きようを知らず、初めての協力戦を終えた彼らはお互いに対して認識を改める結果となった。共通の敵というものが彼らの結束、絆を深めたのだ。
「最近、クラスの治安がいい気がするんだ。前みたいな言い合いとか軽い殴り合いを見る回数が減っているような?」
「アリア守護隊の事件からみんな感化されていって、最終的にお互い『あれ? こいつら悪いやつかと思ってたけど普通にいいやつじゃん!』って気付いたらしいわよ」
「ああ、またアリア関連……」
「?」
友人二人に視線を送られ、アリアはこてんと首を傾げる。
彼女の初めての友人である人族の学生のリアム、そしてその次にできた同性の友達である魔族の学生のサーシャ、二人はアリアの良き理解者であり彼女の世間知らず故の偉業の苦労人であった。特にリアムはサーシャが多少アリア贔屓な面もあることから余計に。
「というかアリア守護隊ってなんなんだよ……!?」
「アリアに心酔のおバカさんたちの総称。一回助けられたくらいであんなにアリアアリアって叫んで……本当愉快よね」
「それ、もう一回鏡の前で言ってみてくれないかな?」
サーシャもまた、入学したばかりの頃にアリアに訳あって助けられている。それがきっかけとなって今日日まで彼女と縁が続いているようなものだ。
加えて彼女はアリアにめっぽう甘く、今だってアリアに手作りの菓子にわざわざ淹れてきた地元の名産の紅茶を振る舞っている。
確かに甘いものを口にした時のアリアは普段のぼんやりとした無表情から一転、キラキラと宝石のように目を輝かせて微かに口元を緩めそれを頬張るのだから可愛いと言えば可愛らしいのだろうが……と考えたところでサーシャから睨まれたのでリアムは体を縮こまらせた。
「あんた今アリアのこと変な目で見たでしょ? はい有罪死刑。アリア、席変えましょ」
「ちょ、ちょちょちょ待って! 見てない! 見てないから!! というか席離れられたら俺ぼっち確定だからやめてよ!?」
「二人とも、肩掴まないで……紅茶溢れる……あっ」
瞬間、カップから溢れた紅茶がリアムめがけて飛んでいく――アリアは即座にカップを置いて指先をその紅茶へと伸ばした。
「アッツッッッ!? ……く、ない?」
「……間に合った」
リアムが目を開けば目の前には紅茶の塊がふよふよと浮いており、それは半透明の紅茶越しに見えるアリアによるものだと気付くには容易かった。
それからアリアは指先で紅茶の塊を操り、簡単なことと言わんばかりにそれをカップへと戻す。
「はぁ……アリアって本当に規格外だよね。助けてもらえたのはありがたいけどさ」
「そう?」
「ええ、そこだけはあんたに同意してあげる。相変わらず、魔族顔負けの魔法よね」
一秒にも満たない時間で空中移動する紅茶を魔法で制御する、反射速度といいどの瞬間を切り取っても彼女の人外じみた実力が垣間見えている。
「――ていうか、あんたも魔族に虐められて情けなく泣いてたところをアリアに助けられてるじゃない。あたしに何か言える立場じゃないの自覚してる?」
「な、泣いてはないから! それに俺は別にアリア過激派じゃないからね!?」
あのヤバい連中と一緒にしないでくれ、とリアムが口にしかけた瞬間に背後から声がかかった。
「……君たち、騒がしいんだけど。何事?」
「アリア、おはようっ!」
(や、ヤバい奴ら筆頭一、二……!)
アリアの学友でありアリア守護隊の事の際筆頭にいた第三王子アーリウスに高位魔族ユウルティア、二人は特にアリアへの思い入れが強い人たちであるという認識のリアムは思わず寒気を覚えて壁に寄りかかる。
間違っても彼らの前でアリアに引っ付こうものなら速攻に剥がされて冷たい視線を送られるであろうという確信がリアムにはあったのだ。
「……ん、二人とも、おはよう」
アリアが彼らに視線を向けた途端、どこか冷ややかであった彼らの表情が一瞬で雪解け水と化して花が咲く。
「おはようアリア」
「今日も最高にかわいいよアリアー!」
その変わりようにリアムは一周回って寒気がした。
何故己の友はこういった大物を筆頭にありとあらゆる人に好意を向けられているのか、いや、その気持ちはリアムも多少は理解できるものではあるのだが、しかし……彼女の友達、という肩書きが稀に重く感じる時がある。このような悩みは彼女の成すあれやこれやに対して共に呆れるサーシャにも理解できないだろう。アリアと共にいることで感じる視線の重圧を勝手に感じて勝手に重くしているのはリアム自身である。
(……いやだけどなぁ)
思わずにはいられない、流石に彼女周り……彼女を囲おうとするやつらはヤバくないだろうか。
以前よりも人族魔族の諍いが減った代わりと言わんばかりに、お互いが結託してアリアを囲おうとする連中がちらほらと見えるようになった。宰相の息子と魔騎士団長の息子とか、公爵令息と魔族の商人の娘とか、数え出したらキリがない。
(まあこの人たちが手を組むよりかはマシ、なのかなぁ)
第三王子であるアーリウスに高位魔族のユウルティア、彼らは未だお互いに牽制し合っている……嫌い合ってるとはまた若干違うが、ライバル関係にも似た状況にある。
アーリウスがアリアに対して話しかけようとすればユウルティアがその間に入ろうとし、ユウルティアがアリアに誘いをかけようとすればユウルティアがそれを邪魔をする、と言った風にお互いがお互いの足を引っ張っていた。
そのこともあってか今日この日に至るまで大きなトラブルは起こっていないと言えなくもない。
願わくば皆が皆を牽制し合って何のトラブルも起きず、自分も友人たちも巻き込まれずに無事卒業できますように。
そう願うリアムだったが、数ヶ月後に来る他国からの留学生である王族とアリアがまた一悶着あって結果的に国を挙げて迎え入れそうになるのを学園が一致団結して徹底抗戦を始めるのを知らない。
また、そのささやかな争いの後にかの王族がアリアにアピールを始めたり数多の偉業(?)を耳にしたこの国の第一王子を筆頭としたロイヤリティの方々がアリアを訪ね結果的に気に入られたり、原初の時代に滅んだとされる邪神が復活したと思いきやそれをアリアが倒したかと思えば浄化された神がアリアに懐きクラスメイトに神が追加される未来を、リアムはまだ、知る由もなかった。




