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第二話 仮初の平和

 そして舞台は再び、日本に戻る。


 ここは山梨県にある「ウィンディフォレスト&ファイアーマウンテン」の事務所兼トレーニングジム、地元では少し名の知れたプロレス団体である。


 「くぉら、カラス‼気合はどうした‼」


 ナマズひげを生やした体格の良い男が床を竹刀で叩く。

 それまで倒れていた覆面の若者はヘッドスプリングで起き上がり、すぐに体勢を立て直した。


 「すいません、社長。意識が飛んでいました」


 この覆面の青年の名前は大河サトル、またの名をミラクルカラスといい、スカイザーPのパイロットでもあった。


 「失神していましたって、どういう了見だ?これが有刺鉄線爆破、負けても試合中でもマスク剥ぎ取りデスマッチだったらお前…マスク狩られてたぞ⁉」


 「す、すいません‥」


 覆面レスラーにとってはマスクは命よりも大切な物。サトルは己の軽率さを反省する。


 「俺が若い頃は…」


 竹刀を持った男は白髪が多くなった頭をボリボリとかく。

 この初老の男はかつて一世を風靡した名レスラー、グレート信玄その人だった。


 「来週からは毘沙門プロレスの連中と興行だ。日和ってんじゃねえぞ。レスラーはなあ、魅せてナンボの世界なんだよ」


 「はあ…」


 グレート進言にダメ出しをされてミラクルカラスはガックリと項垂れてしまう。

 前回の発搭乗で戦鬼獣相手に圧倒的な強さを見せつけたがリングの上ではまだまだ実力不足だった。この調子なら次の興行も端役を務めるのがせいぜいといったところだろう。

 サトルの憧れのルチャ・ドール、マスク・ド・本能寺(※正体は安土桃山プロレスの明智光秀)との対戦など夢のまた夢でしかない。


 「ビッグになりてえな‥」


 ミラクルカラスはスパーリングを中断し、首ブリッジを始める。


 「おやっさん。少し手加減してやれよ。サトルはメキシコから渡って来たばかりなんだぜ?」


 髪の毛を茶色に染めた若者がジムに入ってくる。

 常に陽気なムードを纏わせる若者は暗い顔のままのミラクルカラスにウィンクをした。


 「なあ、サトルもそう思うよな?」


 「真田さん…」


 ミラクルカラスは憧れの眼差しで若者を見つめる。

 体型は中肉中背ながらも重量級にひけをとらぬパワーと、軽量級を彷彿させるスピードとテクニック、さらに抜群の戦闘センスを持つ彼の名前は当代最強と名高い真田幸村だった。


 「サトルを甘やかすんじゃねえよ、コイツはメキシコの勘助からの大切な預かりもんだ。今のうちにちゃんと鍛えておかなくちゃなあ」


 「ありがとうございます、社長」


 高校卒業後に父親と喧嘩別れをして単身メキシコに渡った後に同じ日系人という理由だけでサトルの世話を焼いてくれた恩師ヤマモト・ホセ・勘助の名前を出されてはサトルも頭を下げざるを得ない。

 信玄は深いため息をつく。

 礼節を弁えたサトルの態度は好ましいものだが格闘家、或いはプロレスラーとしては正しい対応とは言えない。


 「いいか、ミラクルカラス。てめえに足りないのはガッツだ。レスラーならガッツとタフネスをとことん鍛えろ。それ以外は要らねえ、わかったか‼」


 とんでもない時代錯誤な精神論だがサトルにとっては金言でしかない。以降サトルは二時間ほど首ブリッジを続けた。


 「サトル、そういえばお前、先週ネオ東京ドームで爆発事故があったのを知っているか?」


 ぶほっ‼


 信玄からあまりに唐突な質問を振られてサトルは吹き出してしまった。


 「いえ。全然…」


 サトルは首ブリッジを継続する。


 「ああ、それ知っているっすよ。所属不明のロボットが現われて会場を滅茶苦茶にしたとか…。世も末っすね。サトルもそう思わないか?」


 「べふうッ⁉そうっすね。いやーテロとか恐いなー」


 真田から話題のバトンを渡されてサトルは全身から冷や汗をかいていた。自分では正義のヒーローとして活躍したつもりだったが世間の目は予想外に厳しい。


 「ネオ東京ドームはしばらく使用禁止だってよ。スカイザーPってのは何を考えているのやら…」


 「は、はは…っ」


 信玄の一言を聞いてサトルは奈落の底に落とされたような気持ちになった。


 「これじゃあ大晦日に予定していた合同イベント”バトルロワイヤル・オブ・関ケ原”もどうなる事やら…」という真田の呟きにジムの一同は暗くなる。

 二十三世紀になってもプロレスの興行成績は全盛期である二十世紀後半には及ばない。選手の健康管理、事業計画から会場設営まで全て会社の力でやらなければならなかった。ゆえに一年を締めくくるメインイベントの興行に差し障りが発生した場合は団体の運営そのものが危うい事態に発展しかねなかった。


 (大晦日のイベントにはあの”マスク・ド・関ケ原”も出るんだ…。クソッ‼前回、無理をしてでもDrヴァイパーを逮捕しておくべきだった‼)


 サトルは首ブリッジの角度をさらに高くして自身に喝を入れる。


 「だがな、俺たちのなプロレス道には前進はあっても後退はねえ。明日の毘沙門天プロレスとの合同イベントも負けてはいられねえ、頑張って盛り上げて行こうぜ‼」「おうっ‼‼」


 グレート信玄の言葉に一堂は全身全霊をもって答える。遠くの目標も、間近の目標も達成しなければ無いのと同じ。一つ一つを為し遂げて行けばやがて望みが叶うと信じ続ける。

 その日もサトルは汗が一滴も出なくなるほど鍛え続けた。



 翌日、川中島ドームに”ウィンディフォレスト&ファイアーストームマウンテンプロレス”と”毘沙門天プロレス”の第二十一回目の対戦が行われる事になった。

 毘沙門天プロレスのパラディン上杉は齢五十歳の高齢レスラーではあるが実力では未だに最強レスラーの一飼うと数えられている。

 WFAFM(ウィンディフォレスト&ファイアーマウンテン)のエース”真田幸村”と”プリンス勝頼”も過去に数回、敗北している。

 パラディン上杉こそは生ける伝説、軍神の称号が相応しい。


 「すげえ…。あれが全盛期の社長と互角に渡り合った上杉さんか…」


 ミラクルカラスは今日も前座の試合のアシスト役と会場設営に参加していた。

 リングの上ではグレート信玄とパラディン上杉が物々しい雰囲気で話し合いを進めている。両者であった当初から水と油の人間関係なので秘書役を務めるプリンス勝頼とスマイリー景勝は胃にいくつも穴を空けることになるだろう。


 (ご苦労様です、勝頼さん)


 皆の為に犠牲となっている信玄の実子である勝頼にミラクルカラスは内心、頭を下げる。


 「よお。元気でやってるかい?信玄社長のところろの新人君」


 ミラクルカラスがパイプ椅子を並べているところに「毘沙門天プロレス」のレスラーが声をかけてくる。


 「どうもお疲れ様です‼」


 見るからに好青年といった佇まいの人物にミラクルカラスは姿勢を正して挨拶をする。

 その男は次期「毘沙門天プロレス」の総帥と目されるスマイリー景勝の右腕、"暗黒軍師”直衛・ダークネス・兼続だった。

 試合では無類の悪役ヒールで常に懲罰用の馬便を手放さない凶暴なイメージだが今は素の温厚な好青年だ。


 「今日は楽しく盛り上げて行こうぜ。ウチの社長もあんな風にお宅の社長の前じゃ張り合ってるけど楽しみにしてたんだ」


 ミラクルカラスは兼続の激励を受けて心の底から安心する。世話に行っている手前、あまり悪くは言いたくないのだが信玄の怒りの沸点は思いのほか、低くいつ爆発するかわからない。

 

 実子勝頼さえも信玄の機嫌を窺いながら接しているくらいだ。


 (そうか。上杉社長は大人なんだな…。これならきっとウチの社長も)


 ドガシャアアアンッッ‼


 パラディン上杉が突然、塩の塊を信玄にぶつけた。


 「しゃあ‼んなろーっ‼俺の塩を食らいやがれってんだ‼」


 信玄はトレードマークである軍配で上杉の頭を思い切り、殴りつける。そして電光石火のナックルパート。


 上杉の顔は一瞬で血まみれになっていた。


 「いい度胸だ…。今日は懇親会のつもりで来たが、気が変わったぜ。シャバゾウ、負けた方が会社を畳む、それでいいな?」


 ガズッ‼


 パラディン上杉は信玄の頭を掴むと同時に顔面に向ってヘッドバッドをぶち込む。そして片脚を上げてからの追い打ちヘッドバッド‼ヘッドバッド‼流石の信玄もこの奇襲にはよろめいてしまう。


 「もう戦争じゃすまねえ…。こいつは聖戦だぁぁッ‼野郎ども、甲斐の田舎侍どもを生きて帰すなあッッ‼‼」


 兼続とミラクルカラスは盛大なため息を吐いた後に会場設営に勤しむことにした。



 それから二時間後、午後4時に試合は始まった。

 リングの中央には二人の猛者が立ち尽くす。一人はパラディン上杉、「毘沙門天プロレス」不動のエースにして軍神と称えられる御年五十歳になるプロレスラーである。

 もう一人の男、白い髪のウィッグと二本の角がついたがついた兜を被った壮年の男の存在に観衆が気がついた時に大歓声が巻き起こる。


 かつてストロング今川、キングコブラ道三ら強豪レスラーたちと覇を競った歴戦の勇士グレート信玄が一晩限り現役復帰したのだ。


 「帰って来たぜ、川中島ッ‼‼」


 信玄はこの日の為に身体を調整していた。やる気120%は軽く超えている。


 「甲斐の虎、越後の龍。ふぉっちが強いんだ?」


 根っからのプロレスファンであるミラクルカラスは固唾を飲んで事態を見守るしかなかった。

 だがその時、状況は一転する。ズドンッッ‼‼轟音と共に川中島ドー無我大きく揺れる。そして次の瞬間、ドームの屋根を引き裂いて巨大な星形の怪物が姿を現した。


 「ハーッハッハッハ‼御機嫌よう、愚民の諸君‼」


 怪物の胸部コクピットハッチが開き、黒いマントに身を包んだ男が現れた。


 「私の名は…」


 「くるあッ‼どこの団体のレスラーだあ‼俺より派手な登場しやがって‼」


 「やんのか、こらああッッ‼」


 老頭児ロートルレスラー二人が真っ先に吼える。何よりも自分たちより目立っていたことが気に入らないらしい。


 「ギシャアアッ‼‼」


 星形のボディから龍の首が飛び出し、信玄と上杉を威嚇する。

 あたかも二人に「こっちの番だからまず先に名乗らせろ」と言わんばかりの様子だった。


 「チッ、これだから最近の若いモンは…」


 「年上を何だと思っていやがる」


 二人は申し合せたように文句を言う。


 「ギギッ‼」


 だが怪物の一睨みですぐに黙ってしまった。


 「ありがとう、ダイアモンドオメガプラチナムDX2000。流石は私の戦鬼獣だ。コホン、では気を取り直して…グハハハハハッ‼我が名は腐敗した時代を裁く正義の鉄槌、荒ぶる神の代行者ッ‼その名は…」


 ぶわざッ‼


 Drヴァイパーは華麗にマントをはためかせる。


 次の瞬間、観客席のおばあちゃんたちが黄色い悲鳴を上げた。


 「Drヴァイパーだ。渡曽も警告を無視して今日この場に現れた事を冥土で後悔するがいい」


 びしいっ‼‼


 ヴァイパーは人差し指をドームに集まった人々全員に向けた。次の瞬間スマホのフラッシュと大歓声の海にヴァイパーは包まれる。


 ヴァイパーの名はこの数十秒でトレンド入りした。


 「ケッ、大したヒールっぷりだ」


 「大体どこのレスラーだよ。あのデカいヤツは」


 信玄と上杉の両雄はヴァイパーの雑妙なトークに感心していた。観客たちもまた年季の入ったプロレスファンである為に催し物の何かだと思っている。


 (マズイ。このままでは全滅だ…ッ‼ていうか興行が失敗すれば社長が怒り狂い、地獄の猛特訓が始まる‼)


 敵ロボットよりも味方の事後の動向を恐れたミラクルカラスは急いで出口に向かう。

 明日の己の保身の為、一身上の都合によって正義のロボット”スカイザーPは出動するのだ。


 そして関係者用の駐車場に置いてある自分のバイクのもとに辿り着く。燃料メーターの近くにある秘密のスイッチを押した。するとハンドルのあたりに巨大な拡声器が現れた。

 ミラクルカラスは拡声器を取り上げ、天に向かって叫んだ。


 「来いっ‼フェニックス・プリンス‼」


 ミラクルカラスがその名を叫ぶと空野彼方から勇気の翼をはためかせ、ジェット噴射の轟音と共に無二の友が現れる。


 (空中要塞フェニックス・ベースの維持費って洒落にならないんだよな…)


 父の残した負の遺産について内心、愚痴をこぼしながらミラクルカラスは華麗に飛び上がり、見事にフェニックス・プリンスのコックピットに乗り込んだ。


 「待っていろ、Drヴァイパー、お前には絶対に慰謝料払わせてやるからな‼」


 正義と、私生活の狭間に或る切実な叫びとともにミラクルカラスは操縦桿を握り締める。


 今日こそ悪の権化Drヴァイパーを土下座&陳謝させて今日こそ安心して大好物のタコスを食べるのだという誓いを胸にッッ‼‼

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