本の集う場所、そこは静粛に在りて
なんか予定よりちょいと遅れた(。ŏxŏ)……。
古びた紙と、少しばかり墨の匂いが漂う場所。それは、校舎の古臭い歴史が感じられる事を意味する。
そんな棚からでも本は引き抜かれ、その人自身の手で貸出し名簿が記入されていった。
この場にいる者全ては常連で、故に手慣れた手付きで事は済まされる。そんな受付に立つ紫暮は飾りに過ぎない。彼女は貸出し時に目を配るだけで留まり、楽に浸る。
ここは騒がしさから程遠く、安心を得られる良き場所だ。
この学校は賑やかさを絶やすことなく。物静な時間を求める末に紫暮は昼の間、図書館の一角に身を置くのが日常と化す。そんな日々あってか司書の者に一目置かれ、その仕事の大半を任された。
無論押し付けでなどでは決して無く、家庭の都合に身を焦がし、やむおえないと悟った結果の表れである。
五人もの子を授かったと聞けば、同情するのも必然だ。
とはいえ、あしらわれた業務を不備なくこなし、他の教職員に有無を言わせぬ仕事ぶりを見せつけた。今や図書室の扱いにおける権限は彼女の手中に収まっていた。
それからというもの。新学期の始まりから、密かに本棚が増えたそうな。
静かなこの場所へ、廊下から歩み寄らんとする足音が響き渡る。それに気づくと間もなく戸が開かれる。
「いるな紫暮。今日も学徒の書を借りたい」
眼鏡を身に着け背も高く、清楚系感溢れる青年。名を水城榛という。麗しき美男な顔たちの通り、優秀な成績を持って学年上位を揺るがさぬ天才である。
ちなみに彼はニ位で私こと紫暮が一位だ。
僅かでしかないが大きな差。それによって嫉妬心に動かされていた頃もあったようだが、今では良き学友となっていた。
そんな学友の願いに応じるべく、紫暮は席を立った。そして、受付の裏で隠れるべくして並べられた本の列から目的の冊子が引き抜かれた。
それが本であることに変わりはなく、ただ、紙を紐で結んだだけの古臭い様式。それも人の手で丁寧に記述された物と見受けられる。
「後ろの席も借りるぞ」
受付の背後に連なる本の壁、さらにその奥に隠された秘密の空間。これと言って特別な物など一つもないが、強いて挙げるなら、謎の札が貼られた花瓶に彼岸花が生けられているぐらいだろう。これを始めて見た水城に、趣味が悪いと言われた代物だ。
グラウンドを見通せる窓より照らされ、机といすが並ぶ個室。それを彩るは、例の花瓶ただ一つ。確かに、いい趣味はしてない。
そんな空間でも、水城は例の冊子を開き、共にノートと筆記用具が並べられた。ふと机の真ん中に目を向け、赤き奇形の花を見る。
「…………やはり趣味が」
「嫌なら来なければいいだろ」
「……古馬!?」
「やっほ、水城。驚いたか?」
困惑が声に漏れる。場所が場所なだけあり大声を出すまでに至らなかったようだが、その心情を想像するには十分であった。
紫暮の親友であり旧友の男。彼ほどこの図書館が似合わない生徒はいないだろう。それでも、窓から見える晴れ渡る風景に照らされながら読書に耽っているようだった。
「なんでここにお前がいるんだ。いつもならこの時間、グラウンドにいるはずだろ」
「別にいても文句ないだろ。なんせ、ここのこと教えたのは俺なんだし」
「ごもっともだな……クソッ」
普段なら冷静さを欠くことのない彼だが、犬猿の仲だと叫ぶ古馬の前ではそうもいかぬようだ。成績こそ水城に劣るが、付かず離れずも同じ成績上位であることが気に食わぬようだった。
どうも嫉妬心に熱い男のようである。
「そんな吠えるなよ、ここ図書室だぞ」
「俺はここで勉強をするために来た。目障りだから出ていってくれ」
「いやいや、酷くない? 俺だって用事も無しにここには来ないぞ」
「じゃあ、そんなお前は何を読んでいるんだ」
「……妖怪全集」
「ふざけてるのか」
叫ばないだけ良心的と思える手前、これまた別の気迫が空気を凍らせる。それ比喩にあらず、身に浮き出る鳥肌がその事実を決定付けている。
「い、いやいやフザケてなんかないさ。ほら、最近噂になってるだろ。出るって噂」
「ああ、その手の話は耳にした。だが根も葉も無い噂に興味を持つほど暇じゃない。お前と違って」
妖怪が出るという噂。紫暮の耳に初めて入る噂だが、流石の二人。人に頼られやすい立場なだけあって、そういうところは詳しいようだ。しかし、妖怪などという怪談の類など、現代においては娯楽以上の何者でもない。昔こそ、人面犬だの口裂け女だの流行りはしたが廃れていった。例にもれず、その噂も世の風潮に流されて行くだけではなかろうか。
「まあ俺も、真に受けてるわけじゃないさ。せいぜい子供の悪戯なんだろうな」
「お前と気の合いそうな子供だな」
「どういう意味だよ」
「いたずら常習犯のくせして、心当たりも無いのか?」
「俺はあんな奴……ぃでぇっ!??」
声を上げんとする古馬に対して、閉じられた扇子がその脳天に鉄槌を下した。
水城は驚愕し、館内に点在する一般生徒らも横目で苦笑していた。
「な……え?」
「痛た。ナニコレ、痛ったぁ!?」
そんな困惑する二人に紫暮は指さして見せた。そこには『お静かに』と書かれたポスターがある。
この学校は賑やかを絶やすことはなく。故に人との交流は日常茶飯事である。ただ、煩いのはいただけない。紫暮はここの主として、旧友にも容赦するそぶりは見せなかった。
寺子屋で使われていた様式の……あれって正式名称ってどうなんだろうか。古い本のとしか、検索する単語が思い浮かばないため、ようわからん。