スイーツ男子な侯爵様の婚約話
伯爵家の次女とその婚約者である侯爵の、4度目のデートの日。
植物園での散策を済ませた2人の行き先は、シフォンケーキが美味しいと評判の店だった。
若い男女やご婦人方がよく利用する人気店。店内は満席で店の外にも人が並んで待っていたが、予約をしていたためすんなり席に案内された。
婚約後、最初のデートの時は2人でオペラ鑑賞の後、マフィンが評判のカフェに。
2度目のデートの時は2人で美術館へ行った後、ワッフルが評判のカフェに。
3度目のデートでは2人で図書館へ行った後、クレープが評判のカフェに。
「侯爵はわたしくしのことが好きですの? 嫌いですの? はっきりしない殿方とは結婚したくありません」
デートは4度目であるが、台本が用意されているかのように、毎度同じ質疑応答が行われる。
「家同士が決めただけの婚約者相手に、今の時点では好きも嫌いもない」
「その答え、2択になりませんこと? 好きか、嫌いか」
「今の時点では好きでも嫌いでもないのだから、3択でないと回答が難しいな。どちらでもない、が選択肢に必要なのだが。それだと私は貴女に嫌われてしまうのだろうか?」
「ならば質問を変えて差し上げます。現在はどちらでもないとして、いつまで待てば2択で答えが出ます?」
「さぁ、いつだろうか。結婚してからかな」
「それでは遅いではありませんか。結婚してからの離縁など、困ります」
30代も後半に差し掛かって「若い」と呼ばれることが減り、男振りか上がったと言われる頻度が増した侯爵みずからによる店のチョイス。
頬を膨らませる伯爵令嬢の皿に、侯爵は自分が注文したアプリコットシフォンケーキをナイフとフォークで器用に切り分け乗せてやる。
初めて共にテーブルに着いた際は、各々が注文した食べ物を分け合うことに「マナー違反では?」と幾らかの抵抗を見せた伯爵令嬢だったが、分け合うことで2つの味を楽しめるとの合理性を説かれ納得した。さすが年長者、侯爵は伯爵令嬢より生きている時間が10年以上長いため、人生の経験値の分だけ話術が巧みだった。
婚約後のデートも4度目となるとお互いに慣れたものである。伯爵令嬢も自分がたのんだラズベリーシフォンケーキを切り分けて侯爵の皿に乗せてやり、また、侯爵が皿に乗せてくれたアプリコットシフォンケーキをためらい無く口に運ぶ。
スイーツ男子を自称する侯爵、甘いものには目が無い。
しかしながら、世間様の目というものがあり、男の独り身ではなかなかカフェに行きにくい。
仕方が無いので、家令に命じてテイクアウト可能なスイーツについては頻繁に買ってこさせていた。
早く隠居してのんびりな暮らしをしたいと望んだ父親から爵位を譲られたのは成人してすぐのこと。
爵位を継ぐ前も継いだ後も、やれ見合いだ婚約だといって、釣書きが分厚い束になるほど届いていた。
学生時代にしても成人後に参加するようになったら夜会等の社交場にしても、侯爵にとって女性はほぼ恐怖対象だった。
侯爵家嫡男、高位貴族によくありがちなアイスブルーの瞳にキッラキラの金髪のイケメン顔、脱いだら凄いんです系の細マッチョで、厚い胸板と割れた腹筋保持者である侯爵はモテにモテた。
扇状に広げる札束を夢見たご令嬢方や未亡人達が束になって押し寄せ、鼻がひん曲がるんじゃないかという香水と化粧の匂いに鼻呼吸を我慢し、かといって口呼吸するのも嫌で、息を吸い込む回数を減らせるようにと、体を鍛え、肺活量を増やした。また、食事が不味くなりそうな女性陣の見た目のけばけばしさにはほとほと辟易していた。
婚約者さえもずっと据えずにいた侯爵だったが、3ヶ月ほど前、仕事で通り掛かったパルフェが評判の店の前で、現婚約者の伯爵令嬢と出会った。伯爵令嬢は主に貴族の子らが通う学園の制服姿で、店の外に置かれたメニュー表と1人でにらめっこしていた。侍従に先に戻るように伝え、侯爵は伯爵令嬢に声を掛けた。ほんの思いつき、ただの気紛れである。女性との距離の取り方にかなり慎重であるはずの侯爵は、季節限定のパルフェの誘惑に負けたのだった。
「もし、そこのご令嬢」
そんな風に声を掛け、機知溢れる大人の話術で「決して怪しい者ではないこと」と「2人揃って入店する意義」を切々と説き、はじめましての伯爵令嬢と共にパルフェを堪能したのであった。
しかし誤算があり、先に帰したはずの侍従が命令に従わず、侍従は見た!!的な状況だったのである。命令に背き、窓に張り付いて主の様子を瞬きするのを堪えじっと観察し、侯爵家の家令に事細かに報告した。報告を受けた家令はすぐさま隠居した前侯爵夫妻に伝え、侯爵と共にパルフェを食べた令嬢の身元を調査、特定し、あっという間に婚約話に発展。両家顔合わせの結果、即婚約となった。
伯爵令嬢の社交界デビューまではあと1年あり、侯爵はその間のデート計画を綿密に立てている。
持ち帰りが出来ないスイーツを今までは断腸の思いで諦めていたが、連れがいる今は気後れする理由が無い。
旬の果物を使った期間限定スイーツなど、食べたいものは沢山あるのだ。
「アプリコットは甘さと酸味が見事に融合してとても美味しゅうございますわね。……もう一口、頂けます?」
更に切り分けた追加分を伯爵令嬢の皿に乗せてやる。
姿勢良く無駄な動き無く、上品なテーブルマナーであり、かつ、気持ちの良い食べっぷり。
そして口に含んだ時の蕩けたような表情が何とも可愛らしく、その様子を見ているだけでも美味しさが伝わってくる。
侯爵は考える。
スイーツが好きなのか目の前の令嬢のことが好きなのか。
他の女性達に感じるような嫌悪感は一切無い。
閉じた唇が咀嚼のために動いている。
ごくん、飲み込んだと見て取れる令嬢の細い首、喉の動き。
唇はきっとほんのりと酸味があり、爽やかな甘さに違い無い。
首筋はどんな味がするだろか。きっと甘さの中にほんのりと塩気を感じるのでは、と想像する。
次回のデートでは、毎度お馴染みの質問に対する答えを変える必要があるかもしれない、との考えにようやく至る侯爵だった。
侍従は見た!!の侍従から報告を受けた際、家令には分かっていた。世間様の目を気にする侯爵が、制服姿のご令嬢に声を掛けるなど通常では有り得ないと。下手をすれば援助交際、パパ活の逆ナン……。絶対にそのご令嬢を逃してはならない、家令にはご先祖様の声が聞こえていた。