68 代役
「だーかーら!」
座ったまま、それほど広くもない室内を鳴らす、明け透けな少女の声。アリアーヌ・デュムーリエは魔族の王を前にしても尚、変わらず自然体であり続けていた。
「クロナは今いないし! でもだからって私があいつの代理だなんて――その、クロイツェルさんって言ったっけ? あいつの知り合いだか何だか知らないけど、急に来て役割がどうとか言われても困るって、私はそう言ってんの!」
平凡な円卓を囲んでは向かい合う三脚の椅子。その一つを埋めるクロイツェルは、話に聞いていた通りだなとその日、何度目かの平行線をアリアーヌと辿る。
「しかし現状はそうと物語っている。何よりもこうして私の前に座っているのが良い証拠。それともお前はまだ、あいつの妹としてそこにいるつもりか?」
「そんなこと言われたって……私は、その、とにかくそっち側に回る気はないんだってっばっ!」
「そっち側、ね……」
クロイツェルはふと自然な笑みをこぼす。アリアーヌは自分の立場をよく理解している。ただ受け入れるかはまた別の話。ではどうするか。
言葉では納得しそうにないアリアーヌを前に、ならばと人知れずやり方を変えるクロイツェルは、黙って卓を囲むもう一人の女性へと目を向ける。
「私の妹をあまりいじめないでくださいますか? クロイツェルさん?」
ただその間髪入れずに返された反応は、クロイツェルからしても予想の斜め上を行くものだった。
「姉さまっ」
「サラ・ディ・トマソと言ったか。お前はあいつの代理という立場を受け入れてこの場にいる。そうではなかったのか?」
「そのあいつという呼び方。少々気に障るのでやめていただけます?」
「あぁ……」
クロイツェルは思わずと頭をかく。そうして僅かな間を求めるように窓の外を見やれば、そこには平然と人の街を闊歩する、亜人たちの姿があった。
「特別扱いも過ぎれば毒か。その通りだな、サラ・ディ・トマソ。悪かった。その芯の強さからして、流石はエヴァの代理を名乗るだけのことはある」
「それはもしかしなくても皮肉ですか?」
「いやいや、実際、エヴァはこうと言ったら聞かないだろう?」
「ふふっ。どうやら私の勘違いだったようですね。申し訳ありません。クロイツェルさんよければ、お姉さまのお話、またゆっくりと聞かせてくださいねっ」
「ゆっくりか。腐るほどあるからな……」
「それは楽しみですっ」
漂いかけた不穏な空気もどこへやら。すっかりと打ちとけた二人を前に、そういうことならとアリアーヌはため息交じりに卓へと手をついては立ち上がる。
「アーノルド」
「問題ない」
「うん。悪いけどあとは任せた……って、思えば面識もあるみたいだし、始めからアンタに任せておけばよかったわね」
「それは違う。俺はネクロマンサーから事のあらましを聞いているに過ぎない」
「え? アーノルドも私が適任だとか言い出すわけ?」
「いや、そういうわけではなくてだな。その、上手くは言えないんだが……」
「冗談だって」
「ネクロマンサー……」
クロイツェルは不意にその名を懐かしむように一度だけ繰り返す。
「お知り合いですか?」
「さあ……どうだろうな」
クロイツェルは誤魔化すように笑い、そっと席を立つ。話は終わり、そう告げる一連の流れに待ったをかけたのは、サラに名前を呼ばれたサラブレッドだった。
「ヒヒーン?」
クロイツェルの進路を塞ぐように差し出される、適当にちぎり取られたような紙片。サラブレッドからそれを受け取ったクロイツェルは、思わずと苦笑する。
「サラをよろしく……」
「宛名が分からなくて困ってたんですっ。でもやっと、それが誰だか分かりましたっ」
ふふんっと胸を張るサラ。クロイツェルからしてその自信がどこから満ち溢れてくるのか分からなかったが、目じりの下がった愛らしい両目は爛漫と輝いていた。
「まあ……なんだ。アリアーヌ・デュムーリエ、今日は急に押しかけて悪かったな。あいつを疑うわけではないが、直接話をしておくべきだとも思ってな」
「それは別にいいけど……でも私は私、それはもう決めたことだから」
「いいさ。私は何も誰かの代わりになれと、そう言っているわけではないのだからな。それに今ならよく分かる。この街を――夢の国をお前に託した理由がな」
「アリア。あいつがそう呼ぶから最近はよく分かんないやつもそう呼んだりしてるけど……それでもお前よりは、ずっといい」
「そうか、そうだな。ではアリア、また会うこともあるだろうが……いや、これ以上は却って邪魔になるかもな」
「へ?」
「気にするな。それからサラ……ブレッド」
「えぇっ」
「主人を思うのなら王国で大人しくさせておくんだな」
「ヒヒーン?」
クロイツェルは言うが早いか、嘶くサラブレッドに紙切れを押し付けては、逃げるように扉へと向かっていく。そして不意に掴まれる腕――強引に引き留めたサラは、背後を気にするようにずいと顔を近づける。
「私のこと……お姉さまにお願いされましたよね?」
「早まるな。詳細はサラブレッドに渡してある」
「え――」
「まったく……」
意外なところで似てないなと、クロイツェルは今度こそと、足早に扉の向こうへと消えていく。直後にサラブレッドへと猛進するサラ。潜めた会話を聞いていたかのように紙片を差し出されては、すぐにその一文が目に入る。
皇国には近づくな――。
「分かってたのなら教えてくださいよ……もうっ」
サラのふくれっ面に返されたのは、だからといって何も変わることのない嘶きだった。
「ヒヒーン?」




