65 存在意義
投げやりな投げかけから生まれた一つの答え。それは誰が相手であろうとも変わらず、どのような形を成していようとも変わらない、そう思っていたはずなのに……妙に気恥ずかしく感じてしまうのは、久しくその名を呼ばれていなかったからだろうか。それとも単に人前だからだろうか。
少なくともその名を呼ばれる度に思い出す――まだら模様が原因でないことだけは確かだろう。
「好きに呼ぶといい」
その日から私はクレアになった。
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肌で感じる空気の乾き、一面に広がる砂の群れ。そこが初めて訪れる場所だとしても、誰もが砂漠だと理解できるほどに分かりやすく干上がった大地は、生物を寄せ付けないという意味で死地だった。
そして漏れなく否定されては、その場に一時の潤いを与える深紅の液体。崩れ落ちた先でクレアとエヴァを見上げるのは、表面的には傷一つない牛頭だった。
「お前は――」
「だっ、だいじょうぶ、だからっ。エヴァっ」
クレアに感情的に掴みかかっては、視線をきつくするエヴァ。制止されて尚、収まりがつかないと気持ちを優先させるその強硬的な姿勢は、どこかそうせざるを得ない自分へのやり場のない怒りから生じる、八つ当たりのようでもあった。
「らしくないな。それにこういうのはむしろ、お前の専売特許だったと思ったが」
「どっちが、だ」
エヴァの瞳に映る中性的な顔立ち。クレアの背後で一まとめにされた肩につくほどの黒髪が風になびいては、その内側に対照的な白が微かに見え隠れする。
「まあ……確かに、少しだけ浮ついていたのかもしれないな。柄にもなく気を利かせたのが――」
「うるさい」
分かっていると目を逸らすエヴァ。同時に手を離してはその場に膝をつき――それを不満げな目で追うクレアの前で――横たわるクロナの体をそっと抱き起こす。
「あ、ありがと……」
「調子は」
「いいわけないだろ」
「大事なことだ」
「まあまあ二人とも……でも今回ばかりは、流石にだめかと思ったよ」
「何?」
言いながら膝を折るクレア。思わずと耳を疑いたくなるようなクロナの発言に、自然とその容体を確かめようと手を伸ばしては、既の所でエヴァに弾かれる。
「おい」
「冗談に決まってるだろ」
「そうは聞こえなかったが?」
「私のほうが付き合いが長い」
「お前というやつは……私と張り合って何の意味が――」
「クレア」
「何だ」
「ありがとう」
面食らったように息をのむクレア。すぐに誤魔化すように頭をかいては、どこか気まずそうにため息をつく。
「心配して損した」
「なら、なおさらありがとうだね」
「まったく……立てるか?」
差し出しては、また横から払いのけられるクレアの手。そこまでするかと、頑ななエヴァと真っ向から対峙しては、不意に足下の砂地が鳴動を始める。
「お前の出番だ。ああ、専売特許と言った方が良かったか?」
「やれやれ……保つべき体裁が無くなった途端にこれか。お互いに、先が思いやられるな」
皮肉めいた言い回しに浮かぶ二つの微笑。その間も絶えず強弱を行き来する地鳴りに、ふとクロナが何だろうと呟いては、いいから寝てろとクレアが立ち上がる。
「一応言っておくが――」
「私の両手はクロナで塞がっている、か? それなら精々――」
「来たぞ」
当たり前のようにクロナを担ぎ上げるエヴァ。線状に隆起する砂地を肩を竦めるクレアと共に目で追っては、途切れたと同時に、揃って後方へと大きく飛び退く。
直後に下から押し上げられる大量の砂――ほんの一秒前の三人をその大口で飲み込んだのは、動物の腸をそのまま長大にしたかのような軟体だった。
「砂漠にミミズか……もう少し頑張ってもらいたいものだな」
「確かに」
それはエヴァとクレア、珍しくも二人の意見が一致した瞬間だった。




