60 線上にて
近づくほどに現実離れする光景、縦に抉り取られた山脈。大地に残された傷跡を端から遡るクロナたちは、半ば導かれるようにして公国へと足を踏み入れていた。
「しかし見事なものだな」
感嘆の声を漏らすエヴァ。馬車の先頭で手綱を握るその背中は、広がる悲惨さを余所に、どこかあっけらかんとしている。
「これほどの傷を残しながら、未だに原型をとどめる街……見渡せばかつての面影がすぐそこにあるような気さえする。できれば、もう少し早く来たかったな」
「うん……人気がないのはきっと、分かってたんだろうね」
「何だ、やけに感傷的だな?」
エヴァは不意に馬車を止めては、クロナを見る。
「知り合いだったか?」
「そういうわけじゃないけど……なんていうか、あるべき場所にあるものがない。街に人がいないっていうのはどうしても寂しく感じるよね」
「外側だけ丁寧に作っておいて、中身の伴わない空虚さに悶えるか。だが人でなければ致命傷というわけでもあるまい。住民が今も街に戻らないのはどうしてだ?」
「それは……」
全員で線上を見据えては、それぞれの目に映る黒――。
「魔族……」
ほとんど間を開けずにそう呟いては、一人馬車を飛び出していくエカテリーナ。咄嗟にエヴァと視線を交わすクロナは、ちらとネクロマンサーを見やる。
「いいから行ってこい」
「彼女を頼んだよ」
分かったから行けと肩を竦めるエヴァ。荷台から降りるクロナを見送っては、すぐに線上へと目を向ける。
「帰るまでが遠足とは言うが……」
なぜか線上に増えている強烈な桃色。そして同じ線上に佇むエカテリーナは、見えないそれを大地へと突き立てる。
「エカテリーナさん……?」
「遅い」
やっとのことで追いついたクロナが、その余裕の笑顔と対面するのは、実に三度目のことだった。
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くすんだ金の冠、その下で風になびく艶やかな桃色。それらは一目で少女が特別であると、そう世界に印象付けるものだった。
しかしいくら鮮やかであろうとも、いくら他人の持ち合わせない色であろうとも、その色だけは支配することができない。
桃色を待ち構える漆黒に、その場の王が誰であるか、それは明白だった。
「この世界は何色だ?」
問いかける桃色に漆黒はありふれた微笑を返す。
「白か黒か……桃色じゃないのは確かだな」
「なら――」
桃色はまざまざと見せつけるように、頭上の冠を指さす。
「塗り潰してやる」
そうして瞬く間に放たれた桃色の拳は、何故かその鼻先でピタリと動きを止めた。
「余計なことを……」
漆黒の目に映る後頭部、それは相反した二色を持ちながらも、どちらにも染まらなければ、かといって混じりあうこともない、白と黒のまだら模様だった。
「何故止めた?」
「止まったのは君だよ」
「わたしが……?」
当たり前のように答えるまだら模様に、桃色はぽかんと口を開けたままになる。時間にして数秒、堰を切ったように笑いだしては、すぐに真顔へと戻る。
「冗談は嫌いだ」
また一瞬で振りぬかれては、鼻先で動きを止める逆側の拳。遅れて風だけが吹き抜けては、掴んだ手を含めて、まるでそこだけが時間を止めたように微動だにしなくなる。
「くだらない仲間意識だな?」
「孤独に酔いしれるな」
桃色が凶悪な笑みを浮かべては、漆黒がそれをたしなめる。そして――不意に桃色の背後に現れた純白は、斬りかかった勢いそのまま、一人線上を遡っていく。
「やり過ぎだよ」
「吹っ飛んだのはあいつだ」
おかしなことを言うなと、桃色はまだら模様相手に片方の眉を吊り上げる。
「手加減も知らない赤子であっては、この世界は生き辛いだろうな」
漆黒がそれとなく手を離しては、すかさずと振りかぶられる三度目の拳。また寸前で動きを止めては、流れるようにまだら模様の鼻先を中指が弾く。
「その胆力だけは認めてやる」
鼻で笑っては、颯爽と線上を引き返していく桃色。何も言わずに見送る漆黒の横で、当てはと、まだら模様がその小さな背中を追いかける。
「うるさい。ついてくるな」
「北に向かうといいよ」
「ふんっ」
そっぽを向く桃色。対するまだら模様もそれ以上は追いかけない。
「親の心、子知らずか」
漆黒は言いながら、まだら模様の隣へと並ぶ。
「行くと思うか?」
肩を竦めるまだら模様。漆黒はおいおいと苦笑そのものを浮かべる。
「相変わらずみたいだな」
「そう伝えておけばいいのかい?」
「おまえが、相変わらずなんだ」
「君たちの時間で物事をはかられてしまうと、僕はその内に干からびてしまうよ」
「心配するな。あいつはやるさ。きっと――もっと早くな」
互いに背を向けては、それぞれの道へと戻っていく二人。待ちくたびれたと馬車の上で手を振るエヴァとネクロマンサーに、クロナの足は自然と駆け出していた。




