59 アリスンとヤナ/思索する影
木漏れ日が差し込む窓辺にて。エルフのアリスンは、ふと椅子に座ったまま、背伸びする。
「ふぅ……」
そうして吐き出した息は決して軽いとは言えないが、それほど重くもない。政治的な闘争の真っ只中にある連合国の今を思えば、それぐらいで丁度良かった。
「誰のためにか……」
原因を考えれば、軍部の独断専行に行き当たる。ただそれで救われた同胞は少なくない。実際に感謝する一人として、その選択が間違っているとも思えなかった。
ただ議会を無視し続けた軍部の暴走は、糾弾されても仕方がない――。
そんな中で、これ以上ないほどの成果を上げた対帝国戦に、軍部は図らずも世論を味方につけてしまう。思えばそれが余計だったのだろう。
すでに多大な犠牲を払ったあとの軍部に、世論は帝国との決着を望んでしまったのだ。
「無責任というか、間が悪いというか……」
議会が世論に押される形で、戦争へと一気に舵を切ったのもそのころだったのだろう。継戦を訴える議会に、軍部は重ねての独断専行を余儀なくされてしまう。
その結果、掌を返したように批判的になる世論相手に、軍部とそれ以外という対立構造は、短期間で社会の二極化を招き、ついには連合国を内側から二つに割ってしまった。
「臆病者か……」
そう今の軍部を謗る者もいる。ただ実際のところ、誰よりも帝国に怯えていたのは、議会の主流である穏健派であり、大勢を占める内陸部だったのかもしれない。
その証拠にそれまで頑なだった彼らが、連合国優勢と見るや、自らの態度を軟化させてまで歩み寄ってきたのだ。
ただ惜しむらくは、最後までその足並みが揃わなかったことだが……。
「やっほー!」
突然の来客に驚くアリスン。振り返った先で、まずはと目に飛び込んできたのは、鮮やかな魚頭だった。
「ヤナっ」
「あらら? もしかして私の声ってそんなに特徴的?」
聞きなれた声に既視感の塊のような被り物。アリスンは間違えようがないと自信満々で答える。
「むしろそんなことするのヤナぐらいしかいないってっ」
「そう?」
「うん。そうそうっ」
「うーん、まっ、そうかもね?」
ヤナは鮮やかな魚頭を脱いでは、ふとした瞬間に笑顔を見せる。
「元気だった?」
「そっちこそっ」
「まー、私はいつも通りって感じよねー?」
「見たら分かるってっ」
「そう? でも何となく被ってみて分かったけど、これはこれで、案外いいものよ?」
「そうなの?」
「だって、誰も私だって気づかないのよ?」
「それ本気で言ってる?」
ヤナの顔をわざとらしくのぞき込んでは、アリスンは思わずと笑う。
「まっ、根を詰めてないか気になってたし、今日は息抜きがてら様子見にね」
「そんなことのためにわざわざ来てくれたの?」
「そんなことって、あんたね……」
「分かってるって。うん、でも私は私で、ここで頑張ってみようと思う」
「そう? ならいいんだけどさ。もし本当に困ったらいつでも言いなさいよ? なんたって私、中立だから」
「ウソばっかり。軍部に肩入れしてるの私、知ってるんだからね?」
「いいのよ、議会にも同じぐらい肩入れしてるんだから」
ヤナがあっけらかんと言っては、はいはいとアリスンは机の上を片付け始める。
「アリアからの手紙、読む?」
「もちろんっ」
アリスンは満面の笑みでそう答えた。
♦
「公国のバカが死んだ?」
「奴は死なんよ」
「詭弁だな」
人であれば数十人は座れるであろう長机を囲っては、立ったままやり取りを続ける巨大な影。その場の少数派として椅子に収まる小さな影は、不意に手を叩く。
「そんなに奴の安否が重要か?」
「しかし見せかけでも王は必要だろう」
「まさか、擁立しようという気でもあるまいな?」
「あの粗野な娘を? 冗談だろう」
「なら始末するか?」
「誰が?」
しんと、水を打ったように静まり返る場。誰からともなく顔を見合わせては、仕切りなおすようにまた手が打ち鳴らされる。
「話し合うほかあるまい」
「迎え入れるつもりか?」
「お前の立場が危ういな」
「戯言を」
言うが早いか一斉に立ち上がる小さな影。先んじて巨大な影が出口へと押し寄せては、無駄のない列が出来上がる。
「牛……魚……タコ……!」
「いけませんよ」
大小様々な影たちは、手際よくその場を後にした。




